2013年2月16日 (土)

シシリー・メアリー・バーカー(Cicely Mary Barker)没後40年

  今日は、イギリスの妖精画家シシリー・メアリー・バーカー(Cicely Mary Barker)没後40年です。
 1895年6月28日生まれ、1973年2月16日没、ということはわりと最近まで生きていたのですね。
 もっと昔の人だと思っていました。
 というか、妖精の絵に引き込まれ、作者のことはあまり考えたことがありませんでした。たまたまWikipediaで知ったのです(便利な時代です!)。
 昔、森永のハイクラウンチョコレートのおまけに入っていた妖精の絵のカード、と言えばわかるでしょうか。
 40代以上の女性は覚えている方が多いらしく、私も集めてた!という話でよく盛り上がります。
 当時、まだ昭和の時代、1970年代は少女マンガが勢いを得てきた頃ですが、海外の可愛いもの、美しいものはそれほど多くは入ってきていなくて、このflower fairiesのカードがそういったきれいなものの先駆けだったようなーー少なくとも私にとってはーー気がするのです。
 中学生の頃、ハイクラウンチョコレートをいったいいくつ食べたかわからない!というほど買って集めていたのに、今、手元に残っているのはこの2枚だけ。

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 1冊にまとまった詩集が手に入るようになり、処分してしまったのか、なんとなく消えうせてしまったのか、記憶は定かではないのですが、このカードの価値というか貴重さに気づいたのは、大人になってからのことです。
 まがりなりにも編集という仕事をするようになって、当時使われていたこのカードの紙質のよさ、色のよさなどに改めて驚かされたのです。
 詩集をめくっても、このカードとつい比べてしまい、なんか紙が安っぽいな、なんて思ってしまう。
 でも、まあ、詩集は詩集で素敵ですけれどね。

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 春夏秋冬と四季ごとの花と妖精が描かれ、詩が添えられた「フラワー・フェアリーズ」シリーズです。
 今めくってみると、花の描写の緻密さ、正確さがこのファンタジーを支えていることがわかります。ふわふわしただけのメルヘンじゃないのです。そして、それぞれの花が衣装化されるとこうなる!というセンスのよさ、妖精たちのはずむような軽やかな動きと、どこをとっても本当に完璧なのです。
 最近はグッズに使われることも多く、実を言うと飽き気味だったのですが、改めて見るとすごいです。

 作者のシシリー・メアリー・バーカーは病弱のため学校には通わず、家庭内で教育を受け、読書と絵画が好きな子どもだったそうです。
 早くから絵画の才能に目覚めましたが、不幸なことに父親を早くに亡くし、家計をささえるために絵を描き続けていたそうです。

「シシリーは内気な性格であったので、外の大人の世界とは隔絶して、家族に守られる生活を続けた。彼女の詩には、純粋さと無垢の要素が維持されたが、このような彼女の生活から来たものとも言えた。」

 その内向的な性格が、ああいった密かな美しい世界を育んだのでしょう。

「シシリーにとっては、しかし芸術家の友人たちよりも、家族の方が一層に親しみ深く、また重要であった。シシリーにとって悲しみであったのは、 1954年に、姉のドロシーが心臓麻痺で世を去ったことだった。老いた母親と二人残されたシシリーは、家事を維持するのに精一杯で、創作活動は休止された。」  
Wikipedia より

 Wikipediaを読む限りでは、生涯結婚もしなかったようです。
 そして、そんな美しい妖精を描き続けたシシリーには、多くの苦労があったんですねえ……。
 あんな才能があったのに、「家事を維持するのに精一杯で、創作活動は休止された」だなんて、なんだかしんみりしてしまいました。
 でも1973年まで長生きもして、晩年は視力が衰えていたそうだけれど、彼女の妖精画は今でも愛されている。
 時と場所を越えて、いつまでも残るでしょう。
 素晴らしい仕事をした人だなと思います。

 それと、「モリナガさん」にも感謝ですね。
 妖精研究家の井村君江さんがあの企画を考えた方にお会いしたことがあると言っていた記憶がありますが、どんな方だったのでしょうか。
 同じ完成度であのカードだけを再発してくれたら(チョコレートはちょっと、もういらないかな)高価でも買うぞ!なんて思っている私ですが……。

 10代の私の感性を開いてくれたのは、萩尾望都のマンガと共に、間違いなくこの「フラワー・フェアリーズ」も入るなと思い出し、書いてみました(シシリー没後40年とは、世の中では誰も言わなそうな感じなので)。

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2012年1月29日 (日)

サラの鍵

 __2 『サラの鍵』ーーまずは原作のことから(タチアナ・ド・ロネ著 高見浩訳/新潮クレストブック、表紙はデンマークのハンマースホイの絵が使われていて、この少し暗い、歪んだ不思議な空間のイメージがぴったり)。
 舞台は、1942年のナチス占領下のパリから始まる。
 ナチスではなく、フランス警察によってユダヤ人1万3千人余が一斉に検挙され、“ヴェルディヴ”(屋内競技場の略称)へ押し込められ、食事も与えられず、トイレも使わせてもらえず、6日間留め置かれ、そこからほぼ全員がアウシュヴィッツへ。
 という歴史的な事実に基づき、物語は展開していく。
 その1万3千人余の中のひとりであった少女、サラ・スタジンスキが主人公。
 彼女は自宅で家族とともに検挙された時、小さな弟を咄嗟に納戸に隠し、鍵をかけ、決して出ないようにと言い渡したのだった。

 舞台は変わって、現代の2000年代のパリ。
 そのかつての“ヴェルディヴ”事件を追うのが、アメリカ出身のジャーナリスト、ジュリア。

 サラとジュリアの物語が交互に描かれていく。

 さて、サラはその後、両親と引き離される。
 収容所への収監にあたって母親と子が引き離されるシーン……実際に子どもがいてもいなくても、ここはどんな人が観ても胸が引き裂かれる思いがするはず。これはフィクションではなく、現実にあったことなのだと思うと、なおさらだ。
 それでもサラは 弟を迎えに行かなければという思いだけで、他の少女と収容所を脱出しーー脱走後、陽光のなか草原を走るシーンだけが唯一の開放感のあるシーンーー親切な田舎の家の老夫婦に助けられる。
 そして、ようやくパリへ向かい、納戸の弟を確認しに行くのだが、果たして弟は……。

 ジュリアの方は、この歴史上の事件を追ううち、フランス人の自分の夫の家族とユダヤ人との関わりから、ある秘密を知ることになる……。

 どうです、先を知りたくなりませんか!
 今までは、結構ネタバレありで書いてきましたが、この小説はぜひ読んでほしいので、今回はネタバレなしにします。

 なので、全貌は書けないのだけれど、現代に生きるジュリアとサラの人生が交互に出てきて、交錯し、最後、見事に重なっていくのがこの小説の醍醐味。
 たぶん、サラの視点のみの小説だったら、そういう悲しいことがあった……というだけで終わってしまうだろう。
 でも、この小説は、読み手の私たちが同時代に生きるジュリアに感情移入することによって、サラの存在をより身近に感じることができる仕掛けになっていてる。
   
 ジュリアが40代半ばにさしかかる年齢なのも、自分とぴったり重ね合わせることができて、とても共感できた。
 決して若くはないが、年老いてもいない、が、夫との関係は微妙……そんなジュリアを著者のタチアナ・ド・ロネはこんなふうに描写する(上手いです)。

ーーーー上がってゆく途中、鏡に映った自分の顔にちらっと目がいった。苦しげに呻いているエレベーターに劣らず年代ものに見えた。いったい、ボストン出身の、あの若々しい顔立ちの美女はどこに消えてしまったのだろう? 鏡の中で私を見返した女は、四十五から五十にまたがるあの恐ろしい年配で、迫りくる皺とたるみに逆らうこともできず、更年期のひそやかな訪れをなす術もなく待ち構えているようだった。

 社会的な出来事(や歴史)と個人は、決して無関係ではいられない。
 自分では無関係なつもりでいても、しっかり社会の中に位置づけられていて、無縁な人はひとりもいない。
 ただ、平和だとそのことをいちいち考えないで済むのかもしれない。
 最近まで、日本はちょっとそういう感じだったかもしれない。
 しかし、311後の原発事故後、そうではないことをいやという程思い知らされることになったが。

 また、私は小学生の頃に読んだ『アンネの日記』から始まって、浴びるほどアウシュヴィッツやホロコーストものを読んだり観たりしてたきので、もうさすがにいいな……という気がしていたのだが、『サラの鍵』は今までの作品と一線を画すと思った。
 それは前述のとおり、ジュリアという現代に生きる女性の視点がある点が大きい。
 ラストは、サラに関しては安易なハッピーエンドは用意されておらず、胸が痛んだ。
 きっとこういう人生を辿った人は、現実に大勢いたのだろう。
 ユダヤ人虐殺から無事生き延びたとしても、生き延びた故の罪の意識のようなものからは自由になれない悲しみ。
 そして、知らず知らずのうちに「加害者」的な立場になった当時のフランス人(サラの夫の家族たちーーあ、ちょいネタバレですが)もまた、その罪の意識を一生背負ってしまう。
 彼らもまた被害者と言えるのかもしれない。
 そういった、善悪をはっきり分けることのできない、人々を引き裂く戦争というもののやりきれなさが本当によく描かれているのだ。
 フランスは、「ナチスに抵抗したレジスタンス」というイメージが強いが、こういう負の歴史が密かにあったことはショッキングでもある(1995年、シラク大統領がこの事件に関して国家として正式に謝罪したそうだ)。

 
 映画の方も、作品の雰囲気をそこなわず、キャストもイメージどおりでよかった。
 特にサラの少女時代を演じた女の子は迫真の演技。
 ジュリア役のクリスティン・スコット・トーマスも大人の女性の魅力が存分に活かされていて、よかった。
 ただし、現代を生きるジュリアと夫とのすれ違い、アメリカ人とフランス人の微妙な関係性などは、映画では時間の関係で省略されているので、ぜひ原作を!
 フランス人の夫、小粋でセクシーないかにもなフランス男という設定なのだけれど、映画ではちょっとしょぼい俳優だった……。
 で、いい男だったはずなのに、だんだん厭味度が増してくると思いきや、ちゃっかりフランス人の愛人がいたりするという設定も原作にあるのだが、映画では省かれていた。そこがあるから、ジュリアのラストのシーンもより一層生きるのだ。
 それでも映画は映画で、なかなか素晴らしい出来映えで、原作を先に読んでいてストーリーを知っているにも関わらず、やはり何度も泣いてしまった。
 
 サラからジュリアへーーーー生きる時代も国も違い、現実の人生では出会うことのなかったふたり(ここもネタバレ!?)が、しっかりと結びつくラストは、重く悲しみを伴いつつも、光が見え、感動的だ。今思い出しても泣きそうになる。

 こういう重みのある作品こそ、今の日本を生きる私にも力を与えてくれるのだと思った。
 原作者のタチアナ・ド・ロネは1961年パリ生まれ。フランスとイギリスとロシアの血を引くそうで、今後の作品も翻訳されることを切に願う。

サラの鍵 はまだ上映中です。
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2012年1月 9日 (月)

2011年の3冊『精霊たちの家』『苦海浄土』他

 昨年、印象に残ったベスト3の本をあげてみる。
『精霊たちの家』(イザベル・アジェンデ著/木村榮一訳/河出書房新社)
『苦海浄土』(石牟礼道子著/河出書房新社)
『サラの鍵』(タチアナ・ド・ロネ/高見浩訳/新潮社)

 2011年は震災があり、原発事故もあり、東京も少なからず影響を受け---というより当事者になったわけで-----考えることが多かった日々。
 それで本が読めなくなるということはなかったけれど、気休めではない、自分にとって価値ある文学を読みたい! 自分もそんなに若くないし、どうでもいいことに費やす時間はない、という気持ちが強くなった。
 といっても「価値」あるものは人それぞれ、あくまで自分にとってという意味であるけれど。
 困難な時代に入ったからこそ、文学が力になってくれると感じられたのが上記の3冊。

 Photo_3『精霊たちの家』は、南米・チリの激動の歴史を絡めながら、ある一家の女性たちを3代にわたって描いた壮大なスケールの文学。決して女性が優位に立てる環境や時代ではなかったが、それ故、女性同士の絆が深く、女性たちが生き生きとしているのが興味深い。
 タイトルのとおり、スペインの女性画家レメディオス・バロの絵画さながらの神秘的な描写も多く(バロの絵が帯に使われているのが素晴らしく合っている!)、残酷さと美しさが共存する、不条理で不可解な人間がみっちりと描かれている。
 過去に映画化もされているが、観た人の話によると、原作の濃密な世界を消化しきれておらず、キャストも酷いので、観ない方がいいとのこと。

「誰もが、自分の国ではそういうことは起こらないと信じているんですよ」とミゲルが言った。「ところが、気がついてみると、自分の身にふりかかっているんです」(本文より引用)

 これはもう一度読み返して、その世界を深めたい。


Photo  

 『苦海浄土』は、私自身、重く暗い公害告発文学という先入観にとらわれており、手に取るのをためらっていた本。
 ところが、読んでみると、まったく違うのだ! 水俣病を告発しながら、水俣の海や漁師たち、女たちがどれほど豊かであったかが、水俣で生きた石牟礼道子の文章で美しく綴られている。
 よって、ドキュメンタリー的要素は存分に入っているが、『苦海浄土』は「文学」なのだと思う。

 これを読むと、チッソは東電であり、水俣はそのまま福島である……ということが厭になるほどよくわかり、ああ、何度同じことを繰り返すのかと泣けてくる。
 歴史から何も学んでいないという空しさ。いやいや、水俣病はまだ「歴史」ですらなく、現在も進行中の病なのだ。
 土地と企業の複雑な関係、地方と都市(あるいは国)、なぜか被害者が差別される構造など、福島とまったく同じである。

 と、この2冊はこんな短い文で説明できないので(なんだか雑誌での紹介欄みたいでどうにも自分でも不満が残る!)、引用など織り交ぜながらいつかちゃんと書いてみたい。
 いつかが、定年後!とかにならないことを祈りつつ、とりあえずここまで。
 2冊とも、河出書房の池澤夏樹編集の世界文学全集。
 特に『苦海浄土』は一部分だけ文庫だったり、高い全集に入っていたりして、手に取りにくかったので、この全集に入った意義は大きい。
 にしても、福島の事故が起きた同じ年に、新装版刊行というのは偶然と思えぬような……。
 石牟礼道子は、病に苦しむ水俣の人たちと深く関わり、自己表現だの自己実現だの、そういうのとは別次元で、また「お金」や「有名になること」などとは無縁なところでこの長大な作品(河出版は2段組み777ページ)をこつこつ築きあげてきた偉大な作家であり、これは本当に奇跡のような文学なのだ!

 さて、『サラの鍵』はフランスの小説。
 映画もやっと観ることができたので、歴史上の事実を元にしたこの小説についてはまた次回へ。

  

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2010年9月20日 (月)

ステフィとネッリの物語

 1__2 この春に読んだ印象的な本の感想です。
 スウェーデンの児童文学。リンドグレーンとかではなく、現代に生きている作家のものを読んだのは珍しいかもしれない。

アニカ・トール著
<ステフィとネッリの物語> 
第1巻『海の島』
第2巻『睡蓮の池』
第3巻『海の深み』
第4巻『大海の光』

(菱木晃子訳/新宿書房)

 
 ウィーンのユダヤ人家庭で生まれ育ったステフィとネッリはふたり姉妹。
 物語は、ナチスが台頭していたウィーンを離れ、スウェーデンの島へたったふたりきりで疎開するところから始まる。
 戦時下、さまざまな悪状況が重なり、両親は収容所へ。2_
 ステフィとネッリは別々の家庭に引き取られ、そこで生き抜いていかなくてはらない。
 言葉や文化の違い、戦争……その中で思春期の女の子が生きていくことはどれだけ大変なことか。それでも、ふたりはあちこちぶつかりながら成長していく。
 と、戦争中、健気に生きる前向きな少女たち……みたいな常套句でまとめてしまうと、どうもこの物語の本当のよさが伝えられない気がする。
 私も読む前は、ナチス時代の話か……と、正直「またか」という気持ちはあったのだけれど、読み始めると想像以上によくて、激しく感情移入してしまった。
 なんというか、十代の女の子の気持ちがとても細やかに描かれていて、時代を越えた普遍性があるのだ。

 というわけで、この4月に(ずいぶん前の話ですが!)スウェーデン大使館にて、著者のアニカ・トールさんの講演会を聞きに行く機会があったので、その時のお話から。 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 この物語は、私の母親の体験が元になっています(補足:アニカ・トールさん一家もユダヤ人です)。
 母は、1938年、ドイツのライプツィヒでクリスタル・ナハトがあった年、12歳を迎えたのです。
 その後、ふたりのいとこと共にスウェーデンの島へ。
 親戚は南半球やブラジルへ、残った人たちは皆亡くなりました。
 母といとこたちは、スウェーデンが受け入れた数少ないユダヤ人の中の一部で、当時スウェーデン政府はハンブルグ・ウィーン・プラハなどから500人のユダヤ人の子どもを受けれていました。
 上限は16歳~18歳、最年少は2歳。
 そのことを15年前に知り、文献を読み漁り、いろいろ調べました。
 「ステフィ」はまだ恵まれている方で、だいたい子どもたちは家の手伝いや無給の仕事をやらされたそうです。

 この物語ははじめ、児童書として出版されましたが、娘や息子が読んでいるのを 親が読むようになり、やがて戦争を知っている当時を生きた人たちも読むようになり、 全世代的な本になりました(補足:スウェーデンではドラマにもなった。ドイツでも読まれていて、一番栄誉あるドイツ児童文学賞も受賞)。
 ただし、残酷すぎること、複雑すぎることは語りきることはできなかったので、スウェーデン政府の難民政策についての大人向けの物語を書くことを構想中です。
 今、さまざまな公文書、覚書き、手紙、ノンフィクションなどをあたっているところです。

 限定された時代・場所ではあるけれど、抵抗する人々の姿には普遍性があるので、
国境だけでなく、読者の年齢も越えて読まれているようです……。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 といったところが、だいたいのお話。
 やはり、物語の背景(当時の状況)を丁寧に調べているのだなと思った。
 
 3 余談だが、会場となったスウェーデン大使館がとても素敵だったので、そのことも少し。
 何しろ、大使館の中に入る機会などめったにないので、知り合いもなく、ちょっとためらいつつも、レセプションにまで参加!
 レセプションの会場となった部屋はゆったりとしていて、座り心地のよいソファがあり、ガラスの大きな器――コスタボダとかそういう、スウェーデンのいいものばかり――にキャンドルが置かれていて、こういう使い方があるのか!と感動。
 はじめはワインなどが出され、別室には立食の軽食の用意が……。
  スモークサーモンとかローズマリーの乗った自家製パンとか、 ミートボールにクランベリーソース添えとか、いかにも北欧!という感じのメニュー。
 立食なので味はあまり期待していなかったのだが、これが本当にどれも美味!(食後のコーヒーとデザートにいたるまで)。腕のいい料理人がいるのだろうなと思う。
 さすが、国の顔となる大使館。
 どこからどこまでも立派で、日本にあって日本ではないというか。堅牢な造りで、インテリアはシンプルな中にも高級感があり、一流ホテルみたいだった(聞くところによると、それはスウェーデンがヨーロッパの中でも経済的にも立場的にも強く大きいからで、そうではない国は大使館の規模も小さいそうです)。
 一瞬、アニカさんがすぐ近くに座ったりしたのですが、物語の感想を即座に英語で話す力もなく……(苦笑)。
 アニカさんは短めのボブで、長く下がるイヤリング(ピアス?)がいい感じでアクセントになっていて、全体に紫──というか北欧のベリーみたいな色合いのグラデーションの装い、60歳になってもこんなに素敵でいられるんだと、しみじみ見とれてしまった。
 とってもやさしそうな表情の、柔らかい雰囲気の方だった。
 
 さて、物語に戻ると――。
 ステフィが姉なのだけれど、子どもの頃の数歳上というのは、凄く大きい。それだけで、妹の何倍も背負うものが増えたりする。そんな、お姉ちゃんは辛いよね……的な気持ちがよく出ていた(私も姉だったから、リアルにわかる)。
 でも、妹のネッリもだんだん成長するにつれ、ステフィとは違う部分での苦悩が出てくる。つまり、自我が出来上がる前に異国へ行かされたので、自分のアイデンティテイが危うくなる、という悩みだ。

 また、姉のステフィは学業の重要性を自覚し、必死で続けようとするのだけれど、お金の問題にぶつかる。そういう現実的な問題もきちんと描かれているのがよかった(逆に、同級生で、すぐに妊娠→結婚してしまうパターンの少女も描かれていた)。
 
 人生の行方をきめるのは、こんなふうに偶然のできごとだ。
 自らの人生を選択する自由な意志。フランスの哲学者の言葉には、とてもいい響きがある。
 でも、それは大人にのみ、通用することではないだろうか。
――『大海の海』4巻より。


 姉のステフィが心の中で思う言葉。人生を自ら選択できない子どもの気持ちだ。

 また、ステフィが恋愛に傷ついた時、女性の教師に言われる言葉。


――あなたがいまどんなに彼に惹かれていても、それは必ずおわりがくる。一年、二年、あるいは五年かかるかもしれない。でも、あたなは、いずれ、別のだれかのことを、いまの人と同じくらい強く想うようになる。遅かれ早かれ、だれか別の人と出会う。いま、想っている人と同じくらい強く惹かれる人に。いまは信じられないかもしれないけれど、これは真実なの――

 うーん、本当に真実! こんな言葉の詰まった物語に、私も十代の頃に出会えていたらなあと思った。
 この本のよさは、こういう部分が丁寧に描かれているところ。
 きれい事だけじゃなく、恋愛に失敗して惨めになったり傷ついたり、そして、少女が決して美化されることなく、ずるさもよーく出ているのだ(この辺が男性作家の描きがちな少女性と違うところ)。

 さて、戦争が終わった後、ふたりが選んだ人生は……。4_
 <ネタバレですが>この物語はストーリーよりも、ふたりの気持ちなど細部に重点が置かれているので、書いてしまうと――
 ふたりはスウェーデンに対する思いや名残、迷いはあれど、残された父親と共に(母親は収容所で亡くなっている)、アメリカへ渡ることを決意する。
 ああ、なるほど、アメリカというのはこういう立場の人たちに可能性が開かれた国でもあったんだな、と、私は新鮮な思いで読んだ。
 で、ステフィとネッリはきっとドイツ語から何とかスウェーデン語を獲得していったように、きっと英語もものにして、ステフィは希望していたとおり、アメリカの大学で医学を志すのだろうな、ということまで想像した。

 こうして親と離れ、「異国」で過ごしたユダヤ人の子どもたちがいたという事実は、今まであまり詳しく知る機会がなかったので、興味深かった。
 アンネの隠れ家や強制収容所などの極限状態ではなくても、多くの困難があったのは事実だ。
 アニカ・トールさんの話にも出てきたが、疎開したユダヤ人の子どもたちはどちらかというと、知識階級出身の子が多く、受け入れたスウェーデンの家庭は田舎の農家などが多かったそうだから、その間にはいろんなぶつかりあいがあっただろう。
 生き延びることはできても、進学などはあきらめ、その後の人生を大きく変えざるを得なかった子どもたちがほとんどだったのだろう。

 でもこの物語は、辛いことも多いけれど、読後はステフィとネッリと共に、すでに大人の自分もちょっと成長したような清々しい気持ちになれる。
 大人も堪能できる力作です。

 

*ちなみに、日本版の表紙のイラストは、日本人のイラストレーターによる描きおろし。
 スウェーデン大使館にも原画が飾ってあったけれど、繊細な水彩画で素敵だった。
 一方、スウェーデンはじめ、その他ヨーロッパで発行されたものも展示してあったが、ペーパーバック版みたいな感じで、ドラマの写真がそのまま使われていたりとか、テキトーな感じ(笑)。日本版が一番立派だった。
 でも、簡易なつくりでも、作品の力だけでたくさんの人に読まれるというのはいいなと思った。凝った装丁が多いわりには、売れ行き低迷の最近の日本の出版状況を思うと複雑……(これも余談ですが)。

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2008年4月20日 (日)

ありがとう、石井桃子さん

 4月2日、桜の季節に、児童文学の翻訳家・作家の石井桃子さんが101歳で亡くなられた。
 昨年はちょうど100歳。私が担当している紙面でも、「石井桃子さん100歳記念特集」を組めたことは、よかったなと思う。
 今を生きている日本人で、子どもの頃、多少なりとも読書体験があれば、誰でも何か一冊くらいは石井桃子さんの手がけた本を読んでいるのではないかと思う。
 海外のさまざまな良質な児童文学を美しい日本語で読めたのは、石井桃子さんの功績。
 本当にたくさんのものをいただいたなと思う。

先生の文章は、本当に密度が濃くて、しっかり芯があって、それでいてある種のしなやかさを持っている。抽象的な単語を使って書くのはお好きではないし、身に沿わないことは絶対にお書きにならない。
――雑誌「この本読んで!」(2007年春号)松岡亨子より


 私も文章を書く時は「抽象的な単語」を使ったりはしないかも。
 それは、大人になってからも児童文学を意識的に読んできたせいかな?
 といって、大人の文学では、「読みやすい」ことだけが、いいわけではないと思うので、難しいところだけれど……。
 でも、身に沿わないことは書かないというのは、これからも忘れないようにしたい。
 石井桃子さん、素晴らしい数々の本の贈りもの、ありがとうございました!
 ご冥福をお祈りします。
 I

 石井桃子さんは、プーさんの翻訳で有名だが、私はエリナー・ファージョンも好き。
 これは、昔の版のもので、西荻の古本屋で発見。
 アーディゾーニの挿画がよい! 
 今も岩波からファージョン作品集は出ているけれど、もっとあっさりした素っ気ない表紙になってしまっている。

 







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2007年11月12日 (月)

ポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』

 Ts  ポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』 (柴田元幸訳)を今日読み終えた。
 前半に「赤いノートブック」という、小説より奇なりな、周りの人間や自分自身の偶然話を集めたストーリー、後半は「その日暮らし」という自伝的ストーリーとエッセイがいくつか。
 自伝的な話だけれど、今までのオースターの小説に重なるような、不思議な「偶然」に満ちて波乱万丈で、そして苦労の耐えない――特にお金の!――世界なのだった。
 南フランスの山中にある屋敷の管理人をしていた若い頃のエピソードが、心に残った。
 仕事のお金がなかなか入らず、無一文で、屋敷の台所にあった小麦粉と玉葱(食料はそれしかなかった)でオニオンパイを焼くのだが……。

――屋敷に戻ってみると、台所には煙が充満していた。私たちはオーブンに飛んでいって、パイを引っぱり出したが、手遅れだった。我々の食事は絶命していた。焼き尽くされ、黒焦げの塊と化していた。
 いまにしてみれば笑い話に思えるが、その時点では笑うどころではない。私たちは暗い穴に落ちてしまったのであり、どうやってそこから出ればいいのか、二人ともまるでわからなかった。私としても、一人前の人間になるべく長年苦闘を続けたなかで、この時ほど笑ったり冗談を飛ばしたり気になれなかったことはないと思う。これは不幸のどん底だった。恐ろしい、おぞましい場所だった。
「赤いノートブック」より

 どうだろう、もし自分がこんな体験をしたら、「せっかくのオニオンパイが黒焦げ! 頭に来る!」なんて空しさを記すので精一杯だろう。何年後かに、記憶を辿って上手く表現しようとしても、こんなふうに書けるだろうか。
 頭に来た!(もしくは、ムカつく!/笑)で終わらせるか、上記のような何行か(もちろんその前後にも関わりのある文がたくさんある)を綴ることができるかが、作家かそうでないかの境になるのだ。
 読んでいると、さらっと過ぎてしまうけれど、マイナスな感情を自分自身でもちょいとばかし斜めに見つめながら、なおかつ他者に共感してもらえるように書くというのは、大変なことだと思う。
 この笑うに笑えない話には、ちゃんと素敵な顛末が用意されている。
 ぜひ、一読を。

 さらに、私が「これは正に私のことを書いてくれている!」と思ったのが、次の文。

――二十代後半から三十代前半にかけて、何に手を染めてもことごとく失敗してしまう数年間を私は過ごした。結婚生活は破綻して離婚に至り、書き手としても挫折し、その上金の問題にさんざんに悩まされた。単に時おり足りなくなったとか、定期的に財布の紐を締める必要があったとかいった話ではない。明けても暮れても金が欠乏し、そのことが私をぎりぎり締めつけ、ほとんど窒息させ、魂にまで害を及ぼし、果てることのないパニック状態のなかに私を閉じ込めたのである。
「その日暮らし」より

 そうそう、そうなの、お金があまりになさすぎると、お金に支配され、他のことは何も考えられなくなり、「魂にまで害を及ぼし」てしまうのだ。
 離婚して、ろくな仕事がなかった私には、痛いくらいわかる。
 国境も体験した時代も一足飛びに越えて、「これは私のこと!」と思わせること。これこそが、文学なんだろうな。村上春樹もそんなふうに、世界のあちこちで読まれているのかしら、なんて思う。

 また、石油タンカーの乗組員として働いた経験も、単なる若さ溢れる体験記には留まらず、自分の無力さを正直に述べつつ、こんなふうに締め括っている。

――醜さは至るところに偏在していた。金を稼ぐという営みに、金を稼ぐ人間に対して金が与える権力に、醜さは深く結びついていた。風景を傷つけることすら。自然界を丸ごとひっくり返してしまうことすら金を稼ぐ者には許される。しぶしぶながらも、私はそのことに対して一種の敬意を抱くようになった。私は自分に言い聞かせた。一番底まで来てみれば世界はこういうふうになっているんだ。こっちがどう考えようと、この醜さこそ真実なんだ、と。
「その日暮らし」より

 それから、ホームレスについて書かれた一文。
 今、この日本に生きる私たちにも、そのまま当てはまる。

――我々の大半は、掛け値なしの困窮から災難一回分だけ隔たっているにすぎない。いくつか災いが続けばあっというまに破滅だ。ニューヨークの街頭を彷徨う男女のなかにも、かつては一見安泰な地位にいた人間が大勢いる。大学を出て、責任ある職に就き、家族を養っていた者も多い。それがいまは、不運に見舞われているのだ。そういうことが自分には起きはしないと、どうして我々に思えるだろう?
「折々の文章から」より 
1999年(ニューヨーク・ホームレス連合発行のパンフレットに寄せた序文)

 「その日暮らし」には、オースターが作家になるまでの下積み時代のことが描かれていて、翻訳、ゴーストライター、脚本の下読みと要約などなど、日銭稼ぎ的なありとあらゆる仕事に携わってきたことがよくわかる。
 そんな生活と絶え間のないお金の苦労のなかで、押し潰されることなく、作家への道を築き上げていったのには心打たれる。
 また、彼の豊かな小説の世界は、こういった現実の実体験に裏打ちされたものであったことを知った。そのうえに類いまれな想像力と表現力、優れたウィットとユーモアがあって、初めて実現される世界だ。
(そして、言うまでもないけれど、お馴染み柴田元幸氏の翻訳が読みやすく、冴えている!)

 以下、蛇足。
 『トゥルー・ストーリーズ』を読んでいたら、自分の日銭稼ぎの、そのなかでも一番悪夢のような仕事を思い出してしまった。
 某自費出版社の小説コンクールで没になったものに、選評を書くのだ。
 人称や視点が混乱している、人物設定が陳腐、時系列が錯綜していて意味不明……という本当のことを書いてはいけない。
 出版社の要望は、「いいところを見つけて、褒める」「決してけなさない」。
 つまるところ、どんな作品でもおだてて、コンクールには落選しましたが、出版するだけの価値はある、我が社でいかがでしょう?と、自費出版に上手くおびき寄せるための作戦。いや、罠、といっていいだろう。
 ギャラは、選評1本につき、1000円。
 400枚の原稿も10枚の原稿も、一律1000円である(一万円ではなく、千円である、念のため)。
 ある程度まとめて引き受けてほしいと言われ、私もその時とにかくお金に困っていたので、40本引き受けることになった。プラスチックの巨大ケースで原稿がどさっと届き、それは仕事が終わるまで玄関の半分以上のスペースに居座り続けることになった。
 やり始めて、深い後悔にさいなまされた。褒めようと思っても、褒めるべき部分がどの作品にもほとんどない。という以前に、おもしろいとかおもしろくないという次元の前に、日本語が成立していない作品も多かった。
 それでも、40本のうち、2、3は好感の持てるものがあり、1つ、とても優れた、若い人の詩集があったけれど。
 皆、どうして小説を書こうと思い立ったのだろうか……。

 売れないなりにも、過去、3冊の本を商業出版している(たぶん、もうすべて裁断されてしまっているにはせよ)私にとって、何かの悪い冗談、ブーメランのようなしっぺ返しのように思えた。
 つまり、おまえだって本など出す才能はたいしてなかった、ただの運だ、だから今、こんな仕事しかないのだ、と誰かに宣告されているような……。

 などと思いつつも、とにかく、1作品に1時間以上かけては、時給1000円にも満たなくなるのだからと、私はその選評書きに集中した。
 昼間は、他に週何日か仕事していたので、夜や休みの日にやった。
 やがて、こなしていくうちに、要所要所を読んで、選評を書くべきコツがわかってくる。         
 とにかくそうやって書きまくった。担当者から、「完璧な選評です!」というお褒め(?)の言葉をもらったが、そんなところで「完璧」と言われても喜べない。
 そして、「今後ともぜひよろしく」と言われたが、選評書きは今後二度と受けまいと思った。
 こんな仕事を続けたら、心が壊れそうな感じがしたからだ。
 しかし、その心配はなくなった。
 およそ一年後、その出版社が倒産したことを聞かされたからだ。

 そして、その後の私は、もう一度小説を書くと心に誓いつつ、オースターのような豊かな美しい小説を書いてみたいと願いつつ、日銭ではなく、とりあ えず月給を稼げる仕事にかろうじてありついたものの、未だ「魂にまで害を及ぼし」てしまうお金の問題に汲々とする日々から抜け出せず、一篇も書いていな い。

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2007年10月27日 (土)

シンクロニシティ――再び村上春樹について

 さっき『村上春樹にご用心』についての文を書いていたら、つけっ放しにしていたJ-WAVEからレディオヘッドが流れてきたので――レディオヘッド特集をしているらしい――そういや、レディオヘッドは、村上春樹っぽいな、世界的に受けているところとか、どことはなしに「傷ついた男心」的なスタンスとか……と思っていたら、その10秒後くらいに、トム・ヨークは村上春樹を意識しているらしい、というナビゲーターの解説が流れ、びっくりした。

 最近、シンクロニシティが多い。
 武田百合子さんを読み終えたら、偶然古本屋で3年前に出たムック本を見つけたり、『富士日記』読んでみたいなと思っていたら、高山なおみさんの日記で、『富士日記』を読み返している、という一文が出てきたり。
 『走ることについて語るときに僕の語ること』を読みたいなと思っていたら、よしもとばななさんが、この本をやはりHPの日記で絶賛していたり。

 ところで、よしもとばななが世界的に読まれていることについて、内田樹氏による村上春樹論のように、誰か面白い解釈をしてくれる人はいないものだろうか?

 あと、今、ちょっと思ったこと。
 村上春樹やレディオヘッドを「傷ついた男」と解釈すると、それが女性たちにも受け入れられるのはなぜか? ナルシスティックと敬遠されず(そう批判するベテランの女性作家もかつていた)、なぜ人気があるのか?などなど、考え始めると、面白くなる。
 それはきっと、この父(神)なき世界で、自信満々にしているマッチョな人なんてどこか胡散臭い――と、女性は、直感的に感じてしまうからなのか?
 村上春樹が高く評価しているスガシカオもその括りのなかに入るんだろうなあ(私もスガシカオの大ファンです)。
 村上春樹と音楽の関わり、村上春樹に触発される音楽家、というテーマも面白そう。

 と、突然、思いつきでさっきの追加記事として書いてみた。

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『村上春樹にご用心』――内田樹×柴田元幸トークショー

 Mh_2 先週の21日(日)青山BCにて行われた『村上春樹にご用心』の内田樹×柴田元幸さんのトークショーは本当におもしろかった。
 私は、村上春樹は全作品読破もしていないし、それ程熱狂的なファンというわけではないけれど、やはり印象的な作品はいくつかあり、気になる存在だった。
 で、内田氏の解釈を読んだり、聞くにつけ、なんとなくいいなと思っていたことの意外な深さというか、滋味のようなものが明確にわかってきて、これからもっと読んでみようという気になった。

 トークショーのなかで、一番印象に残ったのは、内田氏が、30代後半の時、離婚したりして心身ともにぼろぼろだった頃、本など何も読めないなか、それでも自分の心のなかに入っきたのが、レヴィナスとチャンドラーとフィッツジェラルド、そして村上春樹だった、という話。
 チャンドラーとフィッツジェラルド、村上春樹……というのは、傷ついた男の心に寄り添ってくれる(ちょっと笑)のだそうで、なるほど、そんな気がする。
 でもって、奇しくも、チャンドラーとフィッツジェラルドを村上春樹は翻訳しているのだ。
 そう言えば、ファンタジー作家の梨木香歩さんも、同じようなことを言っていた。
「弱った魂が要求するもので、本当に自分が求めているものがわかる」というような話だった。梨木さんは、児童文学のポリアンナを挙げていたけれど、これは傷ついた少女の心に栄養を与えてくれる感じなのだろう。

 村上春樹はなぜ世界でこんなに読まれているのか?という問いかけら、すべての世界、すべての人に共通している「この世に存在しないもの」を描いているから、という話に展開していくのが、凄くスリリングだった。
 「この世に存在しないもの」=父(神)の不在、ということになる。
 カフカ的な統一原理のない世界。
 神がいない世界で、人はどうやって正しく生きていくべきか。

 なるほど、普遍性の秘密はそこにあったのか……。

 その他、、巨大な事件(例えば、オウムとか阪神大震災とか)について、そのこと自体には一言も触れず、その周辺を描き、受け止める人が身を遠ざけようとするふるまいのなかに深刻な影響が出ている。中心にあるのもは空虚である――という話も印象的だった。

 受け手の柴田氏の話も面白く、「文学臭を抜いた、一級の文学作品を皆が読みたがっていた」(それが正に村上文学)と言っていた。

 村上春樹の近著『走ることについて語るときに僕の語ること』については、下がっていく身体能力に従って、自我を組み替えることを書いた素晴らしい本であると、内田氏は絶賛。
 内田氏自身も、長年武道をやっていて、身体全体は下降していくが、バランスはますますよくなっている……とおっしゃっていた。
 
 まあ、これ以外にも深くて面白い話が盛りだくさんだったのだが、版元のアルテスパブリッシング がHPでいずれこのトークショーをテキスト化し、Upしてくれるそうなので、そちらをお楽しみに。
 
ちなみに、このアルテスパブリッシングは、私の知人が立ち上げた出版社で、この後も内容の濃い音楽本などを続々刊行予定(要注目!)。

 それにしても、村上春樹も素晴らしいけれど、内田氏も素晴らしい。
 パワフルだけど、油ぎっていないというか(笑)、若々しく、明るいオーラを放っておられた。
 あれだけの仕事量をこなし、どこにそんなパワーの秘密が……(だって、毎月のように新刊が出るではありませんか。そのうえ大学の先生だし)。
 やはり、武道で鍛錬されているからだろうか。単に筋肉や身体を鍛えるといった感じでではなく、丹田に力が入っている感じ。
 
 身体と頭のつながり(身体と魂?)、柔らかな心としなやかな身体、日常を大切にすること、まっとうであること――そんなところにも、鍵があるような気がする。
 それがあれば、「邪悪なものから身を守る」(これも内田氏による、村上文学の解釈)、ということにつながるのかもしれない。

 余談だけれど、そんな話に触発されて、私もこの身体をちょっとなんとかしたいなと思い――マラソンも古武術も敷居が高いので――しばらくさぼっていたDVDを見ながらのヨガを復活させた。まあ、いつかちゃんとプロに習わないといけないなあとは思いつつ、とりあえずは、自分でできる範囲で。
 ほんと、身体がダメだと、いいものは書けないと私も切実に思う。
 今の私は、体力がなくて、毎日の勤め以外にはエネルギーが回らないのが現実だ。
 
 というわけで、村上春樹の偉大さに改めて気づかせてくれる『村上春樹にご用心』 は、ほんとにおすすめの一冊。
 「誰かがやらないと結局みんなが困る種類の仕事」=雪かき文学(村上春樹の作品)としたり、音楽の「倍音」で解釈したりと、読んでいるとわくわくする。

 私はこの本は読み終わったので、今は「傷ついた男の心に寄り添う」(笑)という、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を読み始めているところ。
 もちろんのこと、村上春樹の新訳です。

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2007年9月30日 (日)

村上春樹にご用心

――お知らせです――
 私の長年の友人が、独立して出版社を立ち上げました。
 このご時世に編集プロダクションではなく、「出版社」というところが凄いのですが。
 アルテスパブリッシング  という版元です。

 Ut_ で、その第一弾がこれまた凄い。
 なんと内田樹氏の本です。
 今日30日の内田氏の誕生日に合わせたかのように、昨日29日から発売されたのが、この本です。

『村上春樹にご用心』

 内田氏が、自身のHPの日記に書き綴ったものに加筆した、村上春樹に関する評論集。
 村上春樹の世界を「雪かき」と表現したり、村上ワールドへのユニークな解釈にはいつも感服していましたが、それが一冊になっているそうです。

 私はこれから読むので、また感想など、おいおい書いていきたいと思います。
 この本には、今を生きるために必要な何かが託されているような、そんな予感がします。

 アマゾンでは53位、bk1では4位という凄い売り上げ数字が出ているとか……。
 興味のある方、ぜひよろしくお願いします。  

*追記
 なお、この本について、10月に行われた内田樹氏と柴田元幸氏のトークショーの感想も書いています。よろしければ、
こちら をご覧ください。

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2007年1月13日 (土)

星の王子さま★小さな王子さま―砂漠が美しいのは

 昨年末に、NHKでサン=テグジュペリの特集番組をやっていた。案内役は、南果歩。前から好きな女優だったけれど、今回もサン=テグジュペリの世界の空気を損なうことなく案内役を務めていて、とてもよかった。もう40代前半だけれど、今でも少女のような雰囲気があり声が可愛らしい。それでいて、落ち着いているし(他人事ながら、某作家と離婚してくれてつくづくよかったと思う/笑。今のダンナさまの方が100万倍素敵)。
というわけで、以前のブログで、『星の王子さま』について書いたことを思い出し、その時の文を元に新たに書き直してみました。

 Ppサン=テグジュペリの『星の王子さま』は、昨年、日本での著作権が切れたので、新訳出版がいくつか出ている。私は、みすず書房の山崎庸一郎氏訳の小さな王子さま が気に入っている。池澤夏樹氏訳の星の王子さま は、小型で布張りのとても素敵な装丁だけれど、やはり山崎庸一郎氏の方が、私にはぴったり来た。巻末の訳註も充実しているし、これを読むだけでも、新たなサン=テグジュペリを発見できる。さて、訳は翻訳者によって、どれくらい違うものなのか扉にある文を比べてみると……。



★星を出るにあたって小さな王子さまは、渡り鳥の移住を利用したのだと思います。(山崎庸一郎訳)

☆脱出の機会を得るために王子さまは、野生の鳥の渡りを利用したのだろうとぼくは思う。(池澤夏樹訳)

 こんなにも違ってくるものなんですね。池澤氏の方がもしかしたら原文に近いのかも知れないし、きっぱりしていてこれはこれで味があるのだけれど。でも、昔、岩波版のちょっと甘い感じ(?)の内藤濯訳に親しんでいたせいか、何か違うなあと感じてしまう。
 それから、山崎氏が『小さな王子さま』としたのは、

本書での題名は原典に忠実に『小さな王子さま』としたが、「星の」という語を付加して王子さまを外側から場所的に固定することを避ける意図も含まれている。

――だからだそうです(訳註より)。

 ところで、『小さな王子さま』って、こんなに深い物語だったのかと改めて心打たれるのは、こんなところを読み返した時。

「あのころのぼくはなにひとつ理解できずにいたんだ! あの花を、言葉ではなく、してくれたことで判断しなくちゃいけなかったんだ。あの花はぼくをよい香りでつつんでくれたし、ぼくの気持ちを晴れやかにしてくれていた。ぼくは逃げ出しちゃいけなかったんだ! 見えすいた策略の向こうに愛情を見抜いてあげなくちゃいけなかったんだ。花たちって、とてもちぐはぐなことを言うもんだから! でもぼくは幼すぎてあの花を愛することができなかったんだよ」

 王子さまが自分の星に残してきたバラのことを思って言う言葉。
 愛し合っているのに、愛しすぎてしまったが故にお互いの首を絞め合うようにして別れざるを得なかった、切ない恋愛映画のようなセリフ。「あの花」というのを、誰か女性の名前、フランソワーズとかマリアンヌとか女性の名前に置き換えたら、まるでトリュフォーの映画の一場面みたい。
 実際にサン=テグジュペリは、ブエノスアイレスで出会ったコンスエロという奔放な女性と激しい恋に落ち、結婚したのだけれど、葛藤の多い関係だったそうだ。彼女はファム・ファタール、いわゆる悪女的な存在。このわがままなバラは、コンスエロだといわれている。
 ふたりとも深く愛し合っていたのに、互いに激しい性格で似ているところがありすぎて、そして理想を追い求めるあまり、ぶつかってしまうことが多かったらしい。

 また、空軍の偵察飛行部隊にもいたサン=テグジュペリは、戦争の暗い影とは無縁ではなかった。この物語そのものも敬愛するユダヤ人の友人に捧げているし、バオバブの木はファシズムを象徴している、など幾重にも深く読み解くことができるそうだ。
 青年時代に経験した弟の死も、反映されている。
 そして、サン=テグジュペリ自身も44歳の時、偵察飛行中に行方不明となってしまったのだ(飛行機の残骸の一部が最近見つかったそうだけれど)。

 NHKの番組で印象的だったのは、サン=テグジュペリとコンスエロとの膨大な手紙(近年、発見されたらしい)。コンスエロからの手紙の封筒は、どれも乱暴にびりびりと破かれていた。サン=テグジュペリは、きれいに封を切るのももどかしいくらいに、コンスエロからの手紙を心待ちにしていたことが読み取れる。
 メール時代の今は、こういう痕跡はもう残されることもないのだなあと思うと、ちょっと寂しい気もした。メールは、データが消失してしまえば、跡形もなく消えてしまうのだし……。
 それから、サン=テグジュペリが乗っていた小型飛行機も保管されていて映像に出てきたけれど、鉄と鉛の固まりというか、よくこんなもので空を飛んでいたなあという印象をもった。操縦席も人ひとり座ると、もういっぱいだ。機械だけれど素朴で、コンピュータ制御の現代と比べると、なんというかモノと人の関わりが密接だった感じ。
 たった100年間での、大きな変化をしみじみと感じた。
 そういう時代だったから、当時、飛行機で空を飛ぶことは命をかけた危険な任務だったはず。
 そんな危険を冒しながら、夜間飛行で手紙を運んでいたサン=テグジュペリは、やはりロマンティックな人だったのだろう。

 それにしても、こんなものを小学生の頃に読んでいたのか……と大人になった今思う。
 でも、この物語の素晴らしいところは、そんな深読みができなくても、十分楽しめること。本質的な部分は、子どもにもきちんと伝わるのだと思う。私自身は、当時はよくわからない部分も多かったけれど、それまで読んできた物語とは違うことを子どもながらに感じた。
 ほろ苦さを含んだ、複雑な悲しみの感情。たぶん、『星の王子さま』を通して、「孤独」というものに初めて触れたような気がするのだ。

「星空が美しいのは、見えない一輪の花があるからだよ……」 
わたしは「そうだね」と答え、なにも言わずに、月の光に照らされた砂の襞をみつめました。
「砂漠は美しいね」と、彼は言いそえました……それは本当でした。わたしはずっと砂漠を愛してきました。砂丘のうえに腰をおろします。なにも見えません。なにも聞こえません。にもかかわらず、なにかがひっそりと輝いているのです。
「砂漠が美しいのは」と、小さな王子さまは言いました。
「それはどこかに井戸を隠しているからだよ……」
わたしは、突然、この砂の謎めいた輝きのわけがわかってはっとしました。少年だったころ、わたしは古い家に住んでいましたが、そこには宝が埋められているという言いつたえがありました。もちろん、だれもそれを発見した者はいませんでしたし、たぶんそれを見つけようとした者もいませんでした。しかしその宝は家全体を魔法にかけていました。わたしの家はその中心深くに秘密を隠していたのです……。
Le Petit Prince 『小さな王子さま』 サン=テグジュペリ/山崎庸一郎訳/みすず書房より

 目に見えなくても、どこか――魂のなか――に井戸や宝ものを隠して、不思議な輝きを放つ人間になれたらいいな、と思う。
 時代の移り変わりに関係なく、一生を通して、何度も読み返したくなる数少ない物語だ。

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