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2012年1月 9日 (月)

2011年の3冊『精霊たちの家』『苦海浄土』他

 昨年、印象に残ったベスト3の本をあげてみる。
『精霊たちの家』(イザベル・アジェンデ著/木村榮一訳/河出書房新社)
『苦海浄土』(石牟礼道子著/河出書房新社)
『サラの鍵』(タチアナ・ド・ロネ/高見浩訳/新潮社)

 2011年は震災があり、原発事故もあり、東京も少なからず影響を受け---というより当事者になったわけで-----考えることが多かった日々。
 それで本が読めなくなるということはなかったけれど、気休めではない、自分にとって価値ある文学を読みたい! 自分もそんなに若くないし、どうでもいいことに費やす時間はない、という気持ちが強くなった。
 といっても「価値」あるものは人それぞれ、あくまで自分にとってという意味であるけれど。
 困難な時代に入ったからこそ、文学が力になってくれると感じられたのが上記の3冊。

 Photo_3『精霊たちの家』は、南米・チリの激動の歴史を絡めながら、ある一家の女性たちを3代にわたって描いた壮大なスケールの文学。決して女性が優位に立てる環境や時代ではなかったが、それ故、女性同士の絆が深く、女性たちが生き生きとしているのが興味深い。
 タイトルのとおり、スペインの女性画家レメディオス・バロの絵画さながらの神秘的な描写も多く(バロの絵が帯に使われているのが素晴らしく合っている!)、残酷さと美しさが共存する、不条理で不可解な人間がみっちりと描かれている。
 過去に映画化もされているが、観た人の話によると、原作の濃密な世界を消化しきれておらず、キャストも酷いので、観ない方がいいとのこと。

「誰もが、自分の国ではそういうことは起こらないと信じているんですよ」とミゲルが言った。「ところが、気がついてみると、自分の身にふりかかっているんです」(本文より引用)

 これはもう一度読み返して、その世界を深めたい。


Photo  

 『苦海浄土』は、私自身、重く暗い公害告発文学という先入観にとらわれており、手に取るのをためらっていた本。
 ところが、読んでみると、まったく違うのだ! 水俣病を告発しながら、水俣の海や漁師たち、女たちがどれほど豊かであったかが、水俣で生きた石牟礼道子の文章で美しく綴られている。
 よって、ドキュメンタリー的要素は存分に入っているが、『苦海浄土』は「文学」なのだと思う。

 これを読むと、チッソは東電であり、水俣はそのまま福島である……ということが厭になるほどよくわかり、ああ、何度同じことを繰り返すのかと泣けてくる。
 歴史から何も学んでいないという空しさ。いやいや、水俣病はまだ「歴史」ですらなく、現在も進行中の病なのだ。
 土地と企業の複雑な関係、地方と都市(あるいは国)、なぜか被害者が差別される構造など、福島とまったく同じである。

 と、この2冊はこんな短い文で説明できないので(なんだか雑誌での紹介欄みたいでどうにも自分でも不満が残る!)、引用など織り交ぜながらいつかちゃんと書いてみたい。
 いつかが、定年後!とかにならないことを祈りつつ、とりあえずここまで。
 2冊とも、河出書房の池澤夏樹編集の世界文学全集。
 特に『苦海浄土』は一部分だけ文庫だったり、高い全集に入っていたりして、手に取りにくかったので、この全集に入った意義は大きい。
 にしても、福島の事故が起きた同じ年に、新装版刊行というのは偶然と思えぬような……。
 石牟礼道子は、病に苦しむ水俣の人たちと深く関わり、自己表現だの自己実現だの、そういうのとは別次元で、また「お金」や「有名になること」などとは無縁なところでこの長大な作品(河出版は2段組み777ページ)をこつこつ築きあげてきた偉大な作家であり、これは本当に奇跡のような文学なのだ!

 さて、『サラの鍵』はフランスの小説。
 映画もやっと観ることができたので、歴史上の事実を元にしたこの小説についてはまた次回へ。

  

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