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2011年3月22日 (火)

長い1週間だった

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 20日の美しい月夜。

 今までの人生で一番長かった、先週の1週間。
 地震当日とその週末は無事でいられたことに感謝するばかりだったが、さまざまなことに直面していったのが、週明けから。
 月曜日の朝の緊張度が一番高かったかも。
 駅の外にまで溢れる人、人、人。しかし、皆、整然と列に並ぶ。
 それしか行動のしようがない。
 誰もが押し黙っているが、不安と緊張感が充満していた。
 電車に乗れるまで40分くらいじっと並んで待った。
 帰りもそんな状態で、電車に乗れないと、また4時間歩くの?という思いに駆られ、ホームで心臓がばくばくしたり(月曜日は、往復約4時間半)。
 その後も、まあまあ普通に走ったり、間引き運転だってよ、それ早めの帰宅だっ! 家に帰れば帰ったで、毎晩のように余震。
 椅子に座っていると、絶えず揺れている感じ。
 本当に揺れているのか、自分が揺れているだけなのか。
 自分の気持ちもぐらぐらと揺れている。

 食料は、生活クラブ生協で注文しているので、ある程度ストックがあるのが幸いだった。
 先週はお財布を開いたのは1度だけ。
 それでも、いろいろなものが尽きかけて、土曜日は意を決して吉祥寺へ。
 コピスで復活した三浦屋の豊富な品揃えに目を見張る。
 まるで人々を励ましているかのような……。
 もともと地方の名産品などきめ細かい品揃えだったので、大手のスーパーより小回りがきくのだろう。
 ほっとすると同時に、東北の方々に申し訳ないような気もして、このところ、こういう気持ちが行ったり来たり。

 先週作りそびれた甘夏ジャムも大量に作った。
 「平和」な時に生活クラブでたくさん頼んでいたのだ。
 このまましなびてしまったらもったいないので、気力をふりしぼって、ジャムをことこと煮た。
 この甘夏は、水俣の人たちを支援するために生活クラブとずっと提携して作られてきたという経緯がある。

 弟は長距離バスの運転手をしている。電話で話したら、本社(民間のバス会社)が長野で、青森などから被災した人たちの輸送支援の依頼が来ているので、近いうちに行くそうだ。
 昔はいろいろ問題が多くて私ともぶつかってばかりだったけれど、こうやって
世の中に少しでも役に立つ社会人になったのかと思うと感慨深い。
 社会人って、もう40代なんだけどね。

 兵庫県に実家のある連れ合いは、もしもの場合は、実家の一室を提供するからとまで言ってくれた。
 一度も会ったことのない私のために、実家の家族は了承してくれたそうだ。
 ありがたい話だ。
 そういう思いに支えられて、明日も仕事へ行こうと思う。
 私は子どももいないし、もう40代だしね(昨年、手術をして、身体を元気にしておいてよかった)、とりあえず今は東京で生きていく。
 子どもがいる人は本当に大変だと思う。

 前からそのシステムに不信を抱いていたエネルギーのことや電力会社のあれこれがすごーくよくわかって腑に落ちた対談→田中優×小林武史 緊急会議(エコレゾウェブ)
  今までと違う道も模索できるのでは?と、希望を感じた。

 2011年3月11日を契機にいろいろなことが変わっていくだろうと感じている。
 いろいろ書きたいことはあるが、今夜はこの辺で。

 東北地方にやすらかな日々が訪れることを祈りつつ。

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