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2010年1月に作成された記事

2010年1月31日 (日)

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団、6月に来日――私と踊って

 昨年の夏、突然にこの世を去ったピナ・バウシュ。
 その「ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団」が今年の6月来日します。
 今まで見逃していた方は、これはもう行かないと!

 昨年の秋に聞いた貫成人さんのトーク・ショーの際、ヴッパタール舞踊団の今後について質問をしてみたのだが、「それは舞踊団のメンバーたちもまだよくわからない状態であり、とりあえず、次の2010年の公演は行うことが決定している」とのことだった。
 また、「ピナの後継者というのは考えられるのか?」という、ほとんどダメ元の質問に対しては、「その辺はとても微妙で、クラシックバレエと異なるので、継承していくのは非常に難しいだろう……」というようなことを仰っていた。
 貫さんもピナとは親しかったとはいえ、直接の関係者ではないので、何とも答えようがないと思うが。
 ピナのダンスは、公演ごとに記録が付けられており、それはアーカイブとなって保管されているそうなので、ある程度までは再演可能だけれど、新しい演目というのは、ピナがいない今となってはそれも非常に難しい……とも。
 それはそうだろうと思う。
 再演するにしても、公演ごとに、練習ごとに、ピナがダンサーたちに細かく質問したり、丁寧に丁寧にやり取りをして、創り上げていくものだったそうだから。
 ピナの代わりになる人はいないだろう。
 今のダンサーは、ピナの教えを直に受け、長年踊ってきた人たちなので、ピナの息吹はまだまだ残っていると思う。
 でも、それが永久に続くとは思えない。
 だから、今回の日本公演はピナがいなくても、その息遣いを感じられる最後のものになるかもしれない……と私は個人的に感じている。
 とにかく、今年がその最後かどうかはわからないが、そういつまでも続くとは思えないので、貴重な来日公演だと思う。

 というわけで、6月なのに、もうチケットをゲットしましたよ!
 2008年に引き続き、今年もまた連れ合いと一緒に観に行きます。
 でも、ちょっとすったもんだがあったのだ。 
 日本文化財団にダイレクトメールをリクエストしていたのだが、郵送されてきたのが、一般発売の直前だったり、それもFAXで申し込み受付、だいたいの希望の席を書いてください、ご希望に添えない場合はお電話します……などとあって、今時、本当にそんなアナログな対応をしてくれるのか?!と非常に心配だった。
 おまけに、ネットでのチケット(民間のチケットサービス)の先行発売はすでに始まっており(その前にダイレクトメールくれればいいのに!!)、確かめてみたところ、ネットではあまりよい席は残っていない(手数料も高いし)。
 そんなこんなで、なんだかよくわからないまま、おそるおそる申し込んだら――お役所仕事的ではあれど、さすが主催元、1階9列が並びで無事取れた!
 おまけにペア券だと、1枚につき500円引き。
 チケットも普通郵便(!)で送られてきたりして(だから手数料かからないんだろうけれど)、いろいろ不安だったけれど、まあ、結果よければすべてよし、ということで(笑)。

 日本文化財団のHPより。photo:エー・アイ飯島直人
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 公演詳細はこちら
 今回の演目は、初期の作品、本邦初公演の「私と踊って」。
 このタイトルだけで、胸に迫ってくるというか、何か感情を掻き立てられるものがある。
 写真も素敵で、この1枚だけでぞくぞくする!
 
 ダンスというものは、すべてを映像に焼き付けられるわけでもなく、絵や小説のように紙の上に残るものでもない。
 踊る者と観る者が、同じ時間と場を共有する中だけに感動がある。
 儚い芸術だなと思う。
 でも、観た者の記憶には、その感動がしっかりと刻まれる。
 そういうものに全人生をかけて生き抜いたピナ・バウシュという人の凄さを改めて感じる。

*ピナについての記事や2008年の公演「フルムーン」の感想も書いています。
 こちら もどうぞ。

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2010年1月17日 (日)

あれから15年

 今日は、阪神淡路大震災から15年。
 東京にいた私だが、あの時の、ニュースの映像を見る度の胸の潰れるような思いは何といったらよいのか。

 さらに、その被害も癒えないうちに起きた、東京の地下鉄サリン事件。
 思えば1995年は、地震が起きた悲しい年であり、サリン事件によって、日本が変わり始めた大きな節目――それも悪い節目――の年だったのではないかと思う(サリン事件の被害を受けた人にとってはもちろん、直接的に受けなかった人にとっても)。

 地震の恐ろしさも経験していないし、何もできなかった私だが……あの時天に昇った人々の魂が安らかでありますように。

 奇しくもハイチでも大地震……あの国のことは、ドキュメンタリーなどで最貧国としてよく紹介されており、災害がなくても、常時緊急事態のような感じであり、特に子どもたちの置かれた状態がひどく……復旧を祈るとか、簡単に言えないが、それでもやはり祈ることしかできないのだ。

 かみさまのいじわる――阪神淡路大震災の時に、作文でそんな言葉を綴った小学生の男の子がいたそうだ(これは全文を読むと壮絶だ)。
 私もそう思う。

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marimekkoのシマシマ

――1月4日付「静かな2009年のクリスマス」の追記――
 さて、marimekko(マリメッコ)の袋の中身は……。

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 赤×白のボーダーTシャツでした。
 連れ合いは、黒×白を選びました。

 その昔、アニエスbというフランスのブランドが大人気で、渋谷系なんていう今にして思えば優雅な“流行音楽“があって、もちろんその中心にいたのはフリッパーズギターなんかで、女の子のバイブルは「オリーブ」で……。
 当時、すでに20代でオリーブ少女とは言えない年代だったけれど、密かに愛読していたものだ。
 アニエスbでボーダーTシャツを何枚か買ったかわからない。
 モノトーン系の黒×白、黒×グレイをはじめ、ピンク×白、ブルー×水色の組み合わせなどなど。
 この上に、やはりアニエスbのスナップボタンのカーディガンを着て、時にはベレー帽を(フリッパースのふたりも、このまんまの格好をしていた!)。
 こういう組み合わせ、というかベレー帽が全然恥ずかしくない時代(笑)。
 オリーブのコンセプトは、リセエンヌ風。
 今にして思えば、フランスのリセエンヌはきっと誰もそんな格好してなかったと思う。
 トーキョーの少女が夢見る、幻のリセエンヌ。
 でも、なんだか楽しかったな。

 という思い出話はさておき。
 この時代に培われたボーダーラブな感情がまた復活してきて、ボーダーを探し始めた。
 アニエスは最近価格が高くなってしまい、伊勢丹の売り場も大縮小で今ひとつぱっとしないので、違うブランドのものがほしい。
 ボーダーの元祖といってもいいのか、SAINT JAMESも考えたが、置いてあるお店がすぐ見つからないのと、以前見たときの記憶では結構厚手で、正に海の上で、そう、ヨットの上で着たいような存在感だった(お値段もそれなりに高い)。
 カットソーものはユニクロか無印でいいんじゃないかというのもあって、両店でも探したのだが、意外とこれ!というのがない。
 ボーダーTシャツ自体はあるのに、配色がきれいじゃなかったり、シマの太さが自分が着たいと思うのと違ったり、全体の質感も今ひとつ、襟ぐりのカットも全体のラインも可愛くない!
 うーん、たかがボーダーTシャツ、されどボーダーTシャツ。
 なかなか難しいものだ。
 と、ほしいものが見つからないある日、美容室でたまたま手にした女性誌に、marimekkoのボーダーTシャツは、シマシマの太さ、配色が絶妙で、生地もしっかりしていてへたれない……と、とあるスタイリストの人のおすすめの記事があり、それで決めた。
 私もmarimekkoのお店で見たことがあり候補にはしていたのだけれど、高かったので、悩み中だった。
 でも、その記事によって、自分の思い描くボーダーTシャツは、たぶん、ここにしかないと思い至った……というわけ。

 結果、marimekkoにして正解だった(クリスマスプレゼントにし合ったのも思い出になるし、よかった)。
 赤×白のきっぱりした感じが清々しく、着ると元気になれる感じ。
 シンプルなものこそ、全体のバランスに完成度が求められるのかもしれない。
 ユニクロのTシャツよりぐ~んとお高いけれど、私たちはここの安さに慣れ過ぎれしまって、何でもそれを基準に考えると、つまらなくなるのでは……なんてことも考えさせられた(まあ、上手く選択していけばよいのだよね)。

 それにしても、フィンランドで買ったら、だいぶ安いんだろうな(笑)。

 ボーダーと言えば、ピカソが愛用していたことで有名。
 昔、ゴルチエもボーダーをよく着ていたのを覚えている(本人がデザインする服はあんなにデコラティブなのにと思った)。
 最近では、アコーディオン奏者のcobaさんとか、パトリス・ジュリアンさんとか(この頃はあまり表に出てこないけれど)。
 ボーダーの魅力って何なのでしょうね?
 性別・年齢を問わず着られるから?
 無理な若作りをしなくとも、自然と若々しい雰囲気になるし。
 いつまでもカジュアルなボーダーを着ていられるようになりたいなと思う(さすがにベレー帽はもうかぶらないけどね)。

 ボーダーよ、永遠なれ!――シマシマ・ラバーのKateでした。

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2010年1月11日 (月)

1周年 111

 今日は1月11日。
 三鷹市の団地に引っ越ししたのが、ちょうど昨年のこの日。まる1年経った。
 引っ越しはほんとに大変だったなあ。
 遠方に住む連れ合いにもはるばる来てもらって、思いっきり力仕事をしてもらった。
 私は、結構力はある方だと思っていたけれど、やはり男の人にやってもらうと全然違うことがたくさんあると思った……最後の立ち会いには管理人にあれこれ言われ、なかなかすったもんだの引っ越しだった。

 そして――1周年といっても別に何をするでもなく、ちょうど今日が配達日だった生活クラブの野菜を受け取って洗って野菜室にしまってと、平穏な日常を送った。
 1年前の騒動がウソみたいだなあとか思いつつ。

 家具の配置や部屋にもすっかり馴染み(1年もいるのだから当たり前だが)、もう10年も暮らしているような気もするし、ついこの間引っ越したばかりのような気もする。
 何度も同じことを書いているが、自分の生活の仕方、暮らしの大きさに、なんだかすっぽりはまってくれている部屋だ。
 ストレスといえば時間どおりに来ないバスといったところか。雨の日は、さらに時間どおりに来ないし、傘をさしてじっと佇んで待ち続けなくてはいけないし、乗れば凄く混んでいるし……といった感じで、特に辛い。でもまあそれも許容範囲。

 以前住んでいたアパートの部屋の辛さを思い出しては(しつこいが)、感慨に耽りながらの1周年。
 この部屋での充足感をもっと活かして、今年はプライベートでまとまったことをしたいなと思う。

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2010年1月 4日 (月)

静かな2009年のクリスマス

 今頃、昨年のクリスマスのことをちらっと(時間がなくて、全然アップできなかった!)。
 クリスマス当日は平日だったので、ずらして週末の26日・27日に連れ合いが来て、ささやかな遅いクリスマスをした。

 珍しく表参道へ行き、イルミネーションなど見たりして。
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 クリスマス当日を過ぎていたので、空いていて、ゆっくり歩けた。

 マリメッコで互いのプレゼントを買って、ピエール・エルメでケーキ、表参道の地下鉄駅構内にあるカフェでパンを買い、コーヒーを飲んで一息ついてから、帰宅。それから、お料理。

 
 鶏の半身をレモン、オリーブオイル、塩・胡椒、ドライハーブでマリネし(出かける前に仕込んでおいた)、オーブンで焼いたもの。
 あとはクレソンのサラダとチーズ、パン、ワインとシンプルながらも、結構お腹いっぱいになった。
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 エルメのケーキ。まるで雪見だいふくにスライスチーズを乗せたかのような見た目だが……これが実に素晴らしい味!
 上に乗っているのはスライスチーズ、ではなく、薄いホワイトチョコレート。
 白いケーキはマスカルポーネなどのチーズをベースに、中に濃厚な味わいのフルーツやナッツが詰まっていて、絶妙なハーモニーを奏でていた。
 見た目の素っ気なさを裏切るゴージャスな味。
 クリスマスケーキはもうなかったけれど、このケーキで十分堪能できた。
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 マリメッコの袋が可愛かったので、記念撮影。
 中味は……何でしょう?(何でも書いてしまうとつまらないので、これは秘密にしておこうか)

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 1泊2日だけで、連れ合いは帰って行ったが、当日を外してのクリスマスも静かでなかなかよかった。

 ひとりになった後、録画してあったNHKの「マネー資本主義」という番組を見る。
 リーマン・ショックとは何だったのか、1920年代の大恐慌から遡って考える番組。
 ニューヨークの冬……教会の炊き出しの様子が写されていた。用意された食事は1万食。老人も多かったが、働き盛りの青年層の姿も多かった。
 クリスマスに温かい部屋でお腹いっぱい食べられること――ささやかだけれど、視点を変えれば、実は奇跡にも近いことなのかも知れない。

 そんなことを感謝したクリスマスだった。

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お正月日記

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 年末に、青山フラワーセンターでお正月用の花束を買った。松に枝ものをあしらったもので、てっきり梅かと思っていたら、蕾が膨らんで開くと……桜だった。
 あまりにせわしく買い物したので、何の枝か尋ねる余裕もなかったのだ。
どこから来た桜だろう?
 一足早い春。

 2日は、年末に作りそびれた筑前煮を作った。
 野菜って切ると、どうしてこんなに増えるのかしらん……というわけで、ル・クルーゼの大鍋いっぱいに出来上がり、筑前煮祭り状態。
 まだまだ冷蔵庫にどっさり。
 ごぼう、京人参、京芋(初めて使ってみたけど、里芋ほどねっとりしてなくて好みの味)、蓮根などが大量に入ったヘルシーな煮物なのだけれど、醤油・砂糖味の煮物はやはりスープのようにどんどん消費できないものである。
 来年はやめておこうかな。
 こういう時、ひとり暮らしは不便である。
 筑前煮の後、がんばって洋ナシのジャムも作る。
 あまり煮崩さす、コンポートっぽい仕上がりになった。洋ナシのブランデーも入れて、まあまあのお味になったのではないかと。

 映画は引き続きWOWOWの松本清張特集、「ゼロの焦点」。
 久我美子が美しい。「パンパン」がまるで犯罪者扱い……実際当時はそうだったのだろう。
 そして、いきなりまったく違う世界の「モーリス」を観る。公開当時も観たけれど、これは本当に名作だ。

 3日、ようやく外に出ることにして、近所の神社へ。
 昨年までは、一番近所の神社が井草八幡宮という、杉並では有名な神社で、3日や4日でも参拝に1時間ほど並び、 屋台が軒を連ね……という華やかな雰囲気だったか、ここはとても小さくひっそりしていた(屋台などひとつもない)。
 やや寂しいような、いや、ひとりにはかえってありがたいような。
 おみくじは、「末吉」。
 可もなく不可もなくというか、「屋移り 騒がないほうが吉」みたいなことが書いてあり、これも関係ないし、まあ、団地ライフ2年目は静かにじっくり過ごしべし、ということだろう。
 それから、新宿伊勢丹のセールへ。
 パンツ類が全滅(お気に入りのが擦り切れた)、寒い冬を乗り切るために1本だけ探すことにした。
 セールは昨日からで、ほしい!と思えるものがあまりない。
 あきらめかけたところ、3階で「残り物に福」的な、黒のクロップドパンツがあり購入する。
「他に何かご覧になりますか?」「いえ、結構です」
 そのパンツだけを持ってレジへ急いだら、「お急ぎなんですか」と店員さんに言われた。
 うっかり他を見てほしくならないためですよ、もちろん。

 4日――職場は今日から仕事始まりなのだが、私は有休を使ってお休み。
 引っ越しして1年間、使いづらいままだった机回りの整理をすることに。
 机上のハードディスク、そのうえに無理矢理乗せたファイル類、机の端からしょっちゅう墜落する書類などを片付けるべく、年末に届いていた無印良品の棚を組み立てる(私はこの組み立て家具が大嫌いだ……が、頑張って組み立てた)。
 うーん、なかなかすっきり。あとは、書類も1つひとつチェックして少しずつ整理していこう。
 とりあえず、今回は見た目・使い勝手を優先。
 と、年頭の目標を少し実行できた気分。

 またまた、WOWOWの松本清張特集、「鬼畜」を泣きそうになりながら観る。というか、後半、泣いた。
 「格差社会」「子どもの貧困」「児童虐待」などが問題になっている今、再び観ると結構きつい映画では……。
 でも、皆、観たほうがいいと思う。
 「負は連鎖する」というのを社会学系の本で読んだりしなくても、この映画1本観れば十分じゃないのか。

 本は2、3冊同時にちょこちょこ。映画ばかりで、読書量が少ない……。

 さて、明日から仕事。年末にばたばたと掃除をしたり、ふだん作らない煮物を作ったりと、それなりにリセットされる感じがあり、年末年始は大事だなと改めて思った次第。

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2010年1月 1日 (金)

2010 A Happy New Year!

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~あけまして おめでとうございます~

 団地の部屋から見た初日の出。

 大晦日は、冷蔵庫の拭き掃除、アイロンかけ、玄関まわりなど、最後の最後までやることがあり、こういう自分を反省しつつも、夜にはなんとか収束。
 で、紅白をつけてみるもやはりどうにも空々しく、J-WAVEで流れるビートルズを聞いている方が気分がよいので、そっちに耳を傾ける。
 カウントダウンは、ジャニーズで。だんだん、年越しの過ごし方が決まってきたみたいだ。
それから、大晦日に、元旦の早朝(4時半前後)、皆既月食が見られるというニュースを聞く。
 東京で見るのは難しいかも知れないし、果たして月がどの辺の位置にあるのかもわからないので、これはさすがにいいやと思い眠る……が、偶然、ぴったり4時半にトイレに行きたくなって目が醒め、せっかく醒めたのだからと、ガウンの上にショールを羽織り、共用の外廊下から空を見上げると……おお、本当に輝く月の左端がすこーし欠けて見えるではないか! 神秘的な光景でした。

また、日本の歴史上、元日に起こる月食は実は初めてと言えるのです。というのも、明治以前の暦は月の満ち欠けをもとにした太陰太陽暦でしたから、元日は必 ず新月であり、満月になることはなく、原理的に月食は起こりません。また、現在の暦への改暦以降では、元日に月食が起こるのは、2010年が初めてになる からです。その意味で、珍しい月食といえるかもしれません。
                  「2010年元日の早朝に起こる部分月食」
Astro Arts より

 
年頭から貴重なものを見たなあと、感激。
 星もよく見えるし、昨年は二重の虹も見えたし、富士山も見えるし(部屋のベランダからではなく、共用の外廊下から)、昨夜は近くのお寺から鐘の音が聞こえ、自然を堪能できる、なかなか風流な団地です。

 年末の疲れが溜まっていたせいか初日の出を見た後、安心して再び爆睡。

 遅い時間に起き出して、お雑煮の支度をしているうち、お昼なんだかおやつなんだかわからない時間になる。お餅も焼いて、生活クラブのミニおせちセットなど、あれこれいっぱい食べる。
 WOWOWで録画した『砂の器』を見て、だらだら。
 2009年は生誕100年だったせいか、再びブームの松本清張。
 松本清張は、若い頃はまるっきり興味なかったのに、最近は面白いと感じる。
 社会派推理小説――戦後の影がまだ色濃い、昭和の暗い、重い雰囲気がなんともいえない。そして、あの貧しさ。
 映像化された作品は、やはり昭和に作られたものの方がいいなあ。
 今の若い俳優さんだと、顔に翳りと凄みが足りないと思う。
 ネットも携帯電話もない時代の捜査。
 あの黒電話や本数の少ない電車を乗り継ぐ風景は、なにかゴリゴリとした手触りがあって、懐かしい。
 新しい文庫版も充実しているので、今年はいろいろ読んでみたい。

 と、相変わらずのひとりの気ままなお正月。

 今年の抱負は――体調を整える、時間の使い方を考える、溜まったままのデジカメの画像はじめモノを整理することを考える――などなど、整理、整えるがテーマかも。
 また、漱石など、日本の近代文学も改めて集中して読みたい。
 この年になると、時間は無限ではないのだということにいろいろな局面で気づかされて――それは体力の衰えが大きいかも(苦笑)――本当に何が一番大事なのかも考えないといけないなあ、なんてことも思う。
 まあ、この年代(40代)でそんなことを言うには早いかも知れないけど。

 というわけで、2010年もどうぞよろしくです。

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