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2009年8月 2日 (日)

金髪のヨハネス

 7月4日に再放送された、BS20周年ベストセレクション「金髪のヨハネス」というドキュメンタリー番組を見た。
 1997年の放送だが、この手のものはだいたい見るほうなのに、なぜ見なかったのかな?と思ったら、当時、BSを見られる環境にいなかったことを思い出した。
 12年後の今、見られて本当によかったと思う。

 ナチスドイツがつくりだした、秘密組織レーベンスボルン(生命の泉)。“金髪”、“青い目”、“長身”という特徴を持つ、アーリア系人種による国づくりを 進めていたナチスドイツ。
 レーベンスボルンは、ドイツ人男性とアーリア系女性との婚外交渉により生まれた子どもをドイツ各地の施設で育てるというナチの人 種政策によりつくられた組織だ。
 現在ドイツのミュンヘンで暮らすヨハネス・ドリガーさんもこの政策によって生まれた子どもの一人。ドイツ人兵士の父とノル ウェー人の母との間に生まれたが、生後すぐに親から引き離され、レーベンスボルンの施設に送られた。本当の親の存在すら知らないまま生きてきたドリガーさ ん。
 両親のその後の人生を辿ろうとするヨハネスさんを取材したこの番組は、丹念な取材と緻密な構成が評価され、ギャラクシー賞選奨を受賞した。この番組を 振り返り、知られざるレーベンスボルンの実態と国の政策によって翻弄されたドリガーさんの自己回復の試みについて考える。

NHK 番組案内より

 アウシュヴィッツをはじめ、ホロコーストに関しては多くのことが公開されているが、この秘密組織、レーベンスボルンについては、あまり知らされていない。
 090704_m1_2 日本人ではこの番組で初めて知ったという人が多いのではないだろうか。
 私も、当時のナチス・ドイツでは、ヨーロッパから金髪、碧眼の子どもをさらって……という話はどこかで読むか聞くかしたことがあったが、これほど大きな組織で行われており、さらうだけでなく、生ませるという計画まで実行されており、その後、そういった子どもたちに大きな影を落としたことにまでは思いが及ばなかった。


レーベンスボルンに連れて来られた子どもたちの写真。
涙をいっぱいに浮かべている小さな子もいて、見ているのが辛かった……。


 この番組に登場するドイツ在住のドリガーさんは、自分の中に何か大きな欠落感を抱えており(幼少期の記憶が抜け落ちている)、それがわからないまま生きてきて、ある日、レーベンスボルンの出身であることを知らされる。
 そこから、自分の根源を知るため、父と母を探す旅が始まる。

 ノルウェー人の母親は生まれてすぐ息子とは引き離され、息子のヨハネスはレーベンスボルンへ(名づけたのも母親ではなくこの施設)、父親はあちこちの戦地へ飛ばされ、消息を絶つ。
 ドリガーさんは、施設を転々とさせられ、戦後はドイツ人家庭の養子に迎えられ育つ。

 過酷な出自を知っていく過程ではあるが、しかし、いくつかの真実がドリガーさんの心を救う。
 自分は単なる政策によって生まれた子どもではなく、両親が愛し合っていたこと、ドイツ兵だった父はノルウェー人の母と結婚するつもりでいたこと、母親は息子にずっと会いたがっていたが、養父母に止められていたこと、母親は晩年に至るまで自分の姉に息子のことを話していたこと(あいにく、母親は彼が訪ねる1年前に亡くなっていたそうだ)。

 番組では、レーベンスボルンで育った子どもたちの調査をした育児学者も登場し、恐るべき実態が語られていた。
 その施設で育った子どもたちは、一見、ちゃんと成長しているように見えるのだが、普通の子どもとは異なることがすくわかったとのこと。
 人に怯えるといった情緒の不安定さや生育の遅れに加え、著しい言語能力の遅れが目立ったそうだ。
 家庭を知らず、生まれた時からこういった施設で育ち、親との1対1の親密な関係なしに生きていると、言葉を失うのか……と改めて、その事の大きさ、深さに慄然とする。
 また、「さらわれた」子どもたちも多くいた(この場合、金髪、碧眼であったことが悲劇に)。
 ノルウェー(北欧に優秀なアーリア人種が多いと考えられていた)、ポーランド、チェコなどからいきなり連れ去られ、親と引き離され、親しみ馴染んだ文化からも切り離され、突然母語で話すことを禁じられ、ドイツ語を強制されれば、そうなるのも当然という気もする。
 自我ができあがった大人ならまだしも、幼い子どもである。
(約20万人の子どもがレーベンスボルンにいたが、ドイツ敗戦後、母国へ戻れたのはたった4万人ほどらしい)
 
 成長後も追跡調査をしてみると、成人後も情緒不安定で、仕事も転々としている者が実に多かったそうだ(番組では語られていなかったが、たぶん、成人後、自殺した人も相当数いたのではないかと私は想像する。事実はわからないが……)。
 つまり、ナチスが夢に描いた、アーリア人種だけによる優秀な民族の大量生産――まさに工場でモノを生産するかのような計画である――は、まったく逆の結果を生んだのだ。
 レーベンスボルン――“生命の泉”というネーミングが、あまりにも皮肉である。

 ……という事実を知らされると、レーベンスボルンの子どもたちに限らず、これはもう理屈抜きに、ひとりの人間が大人になり、人生を歩んでいくためには、家庭というものの存在がどれほど大きいか、ということがわかる。
 実の両親が何らかの事情でいないとしても、その子を心の底から愛してくれる人や環境があればよいのだと思う。
 そして、何より、子どもにとって一番の栄養は、食べものだけではなく、心穏やかに過ごせる、自分はここにいてよいのだという安心感、安定した環境である。

 ところで、このドリガーさんの人生には、さらに悲しい事実があった。
 彼にはふたり娘がいたのだが、長女は20歳の時に妊娠したまま自殺、その後、次女は幼い息子を置いて家を出てしまったという。
 彼は、この家族の悲劇に自分の生い立ちが関わっているのではないかと考えたのも、自分の根源を探る旅の動機のひとつであったという。
 それはまた、残された幼い孫を育てていくためでもあった。
 ドリガーさんの妻の話によると、友だちのようなとてもよい父親だったが、自分の心の内をさらけ出さないところがあるということだった。
 ドリガーさんは心に蓋をして生きてきたのであり(というより、そうしないと生きられなかった)、それが第三者(特に実の娘)にとっては心の壁と感じられ、核心に入っていけないもどかしさ、虚しさに感じられたのかも知れない。それが、自殺や子どもを置いて家出ということにどう結びつくのか、そう簡単に因果関係を説明できるものではないだろうが。
  それに、そういう人間になったのにも彼個人のせいではない。
 なんと人生とは残酷なものか……。
 辛いこともあったけれど、その後は幸せに暮らしましたとさ――とはならないのである。
 前述の育児学者も、単に言葉を話せるようになることではなく、心の内を話せることこそが重要なのです、というようなことを語っていた(レーベンスボルンの子どもたちの言葉の遅れについて)。

 そして、ドリガーさんは旅の最後、父親の最後の記録として残されているラトビアの地を訪れる。
 未だに当時の塹壕がそのまま残る雪原の荒野を歩きながら、父をはじめ多くの兵士たちがどれほど辛く、絶望的な思いを噛み締めながら虚しく死んでいったのか……。
 そうしたことに思いを馳せることができ、ようやく彼は自分の根源について納得するのである。
 今の日本では手軽に使われ、やや手垢の付いた言葉になってしまった感があるが、「癒される」という言葉はこういう時のためにあるのではないだろうか。
  そして、それは自分の根源を探るという、深くて暗い井戸の底に下りていくような孤独な作業と背中合わせなのだと思う。

 人生は残酷ではあるが、美しくもある。
 ホロコーストの生存者、『夜と霧』を記したV・E・フランクルの、もうひとつの著書『それでも人生にイエスと言う』というタイトルの言葉を思い出す。
 ドリガーさんはこの旅によって、不条理な人生になんとか「イエス」を言えたのではないだろうか。

 再放送終了後、この番組について、その後の補足があった。
 ドリガーさんは、番組後、ドイツで『金髪のヨハネス』という本を出版、昨年の5月に他界されたそうだ。
 それから、番組の中で、5歳だった孫のマティアス君。
 ドリガーさんが長期間出かけるというと、大泣きして悲しんでいた。
 きっと、母親に置いていかれたことが甦ったのだろう。
 そしてその泣きじゃくる姿が、汽車に乗るとどこかに連れ去られるのか?と、怯えて泣き叫んだというドリガーさんの幼少期の頃とそのまま重なり、胸をつくシーンであった。
 で、そのマティアス君が現在は、身長180cmの高校生となり、おばあさん(ドリガーさんの奥さん)とにこやかに寄り添っている写真が映し出されたときは、ああ、よかったなあと、なんだかちょっと泣けてきたのだった。

 ちなみに、「金髪のヨハネス」とは、少年の頃、輝くような金髪だったことから。
 しかし、番組に出てきた当時50代前半の彼の髪は、金髪ではなく薄茶色になっていた。
 金髪、碧眼、長身のアーリア人が優等民族。そんなアーリア人が世界を支配する。
 本気でそんなことを考えていたのか、今から思うと悪い冗談のようだが、当時のナチスはそれを真剣に計画していたのだ。
 そんな愚かな戦争や歴史に翻弄されてきた人々の痛み、苦しみや悲しみは、繰り返し伝えられるべきである。伝えることのできる人々も、どんどん少なくなっていくのだから。
 NHKは今後も、そういったことを伝えるための素晴らしいドキュメンタリーを作り続けてほしい。

(ピナの喪を明けることにしたので、またいろいろとスローペースで書いていきます。もちろん、愛するピナのことも引き続き……)

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コメント

Kateさん

こんにちは。
「金髪のヨハネス」という番組は未見ですが、
Kateさんが見事に要点を紹介して下さっているので、
残酷な政策と痛ましい犠牲者のあり方がはっきりと
分かり、衝撃的でした。

少なからず驚いたのは、浦沢直樹さんの漫画
「MONSTER」(小学館)に、ヨハネス・ドリガー氏と
酷似した来歴の人物が数多く登場していたことです。
一見温厚な佇まいなのに、実は感情が遮断されている、
そしてその子供たちは皆自殺している、等々。
おそらく、レーベンスボルンのことも取材して織り込
んでいたのだと、思い当たった次第です。

子供は、周りの大人、特に母親から呼びかけられ続ける
ことによって、次第にその呼びかけの対象を「自分」と
して引き受けていきます。その呼びかけに愛情と無条件の承認が無かったとしたら・・・考えるだに恐ろしいことですね。

恐らく、そう遠くない将来、私達は北朝鮮の崩壊と
ともに、目をそむけたくなるような現実を突きつけ
られるでしょう。

投稿: 灯 | 2009年8月 2日 (日) 19:38

灯さん
コメントありがとうございます。
この記事を書くにあたって、ちらっとググってみたら、やはり『MONSTER』について言及されている方がいて、浦沢氏はNHKの「金髪のヨハネス」にインスパイアされて描いたのではないかということでした。
逆に私は『MONSTER』を全く知らないので、読んでみたいなと思いました。
私も娘さんの自殺に衝撃を受けたのですが(本人ではなく、一世代置いた娘が自殺してしまう)、浦沢氏の作品でもそうなっていますか。

で、正に人は、親に名を呼ばれ愛されることによって自己承認を得ていくのでしょうね。
これが失われると、人間は生きていく根源的な力が希薄になるのかもしれません。
という意味で、たぶん、当事者たちも自殺した人が多かったのではないかと推測するのですが。

フロイト的な心理学――何でもかんでも生い立ちや「過去の封印された記憶」とやらに原因を求めるというのも、どうなのかなあ?と私は懐疑的だったのですが、こういう場合、極めて効果的なのかも知れないという感想も持ちました(実際、ドリガーさん夫妻も、娘さんの自殺後、カウンセリングを受けたそうです)。
ヨーロッパというのは、案外と残酷な歴史を歩んでいるので、心理学とか精神分析というのも、そういう歴史と隣り合わせなのかなと思ったりもしました。

恐ろしくも、素晴らしい番組で、まるで一本の映画を観たかのようでした。

投稿: Kate | 2009年8月 2日 (日) 20:21

Kateさん

レスポンスありがとうございます。

>私も娘さんの自殺に衝撃を受けたのですが
>(本人ではなく、一世代置いた娘が自殺してしまう)、>浦沢氏の作品でもそうなっていますか。

僕が想起したのは、主に「MONSTER」のヴォルフ
ガング・グリマーという登場人物なのですが、
今Wikipediaで確認してみると、「息子の死」と
記載されていて、「自殺」とは書かれていません
でしたから、僕の記憶違いかも知れません。
ただ、グリマーに感情が欠落していることが、
「息子の死」と家庭の破綻に影を落としていたように
思います(曖昧ですみません)。

「MONSTER」を読んだときの慄然とした感触は、
どこらしら、フィクションを超えたところから
来ていたように思ったのですが、おそらく史実に
根ざしていたのでしょうね。

投稿: 灯 | 2009年8月 2日 (日) 20:44

遅いレスですが、この番組を見逃したのは痛恨です〜。
やっぱり日々ばたばたしてるとほんと無駄なものをためこみ大切なものを見逃しますね。「MONSTER」は私も読んで、おそらくそのキンダーハイムのあたりは現実にあったことなんだろうなと思っていましたが、上の方のコメントを読んでますます見たくなりました、、。再放送したらいいなあ。

投稿: mamiko | 2009年8月15日 (土) 12:23

mamikoさん
コメントありがとうございます!
私は今、「MONSTER」を読み始めています。
あの忌まわしい出来事を単に下敷きにしているのではなく、そこから浦沢直樹なりの
世界が創られているので、見事だなと思いました。

番組ですが、自分と深く向き合うのは勇気がいるし、見たくないものも見ることに
なるけれど、それなしでは真実は得られないのだと感じました。
上っ面の感傷に浸っているようでは、ダメですよね(笑)。

投稿: Kate | 2009年8月15日 (土) 13:33

たった今NHKの番組を偶然見ました。
途中から見たので一瞬何の話しかと思いましたが。
レーベンスボルン・・・こんな事が起こってたのですね。
親の愛情を知らないで育ち、喪失感を抱えたまま生きる・・
ヨハネスさんが実の母親に会えなかったのは残念です。
しかし、運命はなぜこういうむごいことを課すのでしょうか?
この世に生まれてくるのは何か理由があるといいますが・・
いつもこういう運命の人を見ますと・・・
彼らに、神がいるとしたら何と言うのか?
私にはわかりません。
彼らに面と向かって、こういう話をされても
なんと反応していいか想像もできません。

投稿: haibe61 | 2009年9月10日 (木) 02:25

はじめまして。
レーベンスボルンの事を検索していまして
こちらのブログに辿り着きました。

実は、Kateさんが観られましたBSでの番組、
そうです、ヨハネス・ドリガーさんのドキュメンタリーを
昨日 私は、たまたま運良く観る事が出来ました。

私は幼い頃から第二次世界大戦及び、
ナチス関連の著書や文献等の資料やドキュメンタリーなどの映像や実話に関する戦争映画などに興味があり、
また色々調べてきていました。

今回は、このドキュメンタリー番組が
あの恐るべき計画のルーベンスボルンの事、
しかも その体験者であるドリガーさんのご両親との関係を探す旅だったりで大変に興味深い事でしたので
私としても観ずにはいられない内容でした。

なかなかこのような事柄には焦点のあたる事がない事だけに、とても貴重な番組だったと思います・・・。

Kateさんが まさに感じた事と私も同感であります。

今尚、戦争に翻弄され
封印したい過去に悩まされた世界中の方々がいるのだと思うととても心が苦しい想いですよね。

私も同じように、NHKさんには是非とも
このような番組をどんどん取り上げて欲しいと思っています。たとえそれが、目を覆いたくなる事実であっても・・・語る人がこの世からなくなってはならないですよね。

私は同じようにゾンダーコマンダーについても
ドキュメントして欲しいくらいです・・・・。
以前、このゾンダーコマンダーに焦点をあてた映画(実話)を観て大変ショッキングでありました。
【灰の記憶】といいます。
Kateさんにも是非、観て頂けたらと思いますが
心臓の弱い方はあまり・・・おすすめは致しませんが・・・・・・

ドリガーさんが あと一年早くお母さんと出逢えていたらと思うと・・・本当に言葉が出ない程悲しくなりました。

突然の書き込み申し訳ございません。。
でも、Kateさんのような方が
同じようにこのようなドキュメンタリーをご覧になって頂けて本当に嬉しく思います。

どちらかというとタブーな事柄は
若い世代や私たちのような世代には 受ける事も
興味すら示さないですから…。

録画出来なかったのが悔しいです;;
またお邪魔させて頂きます。
宜しくお願い致します。

何が【生命の泉】だと思いますよね、ホント。。。

投稿: alex | 2009年9月10日 (木) 17:55

haibe61さん
コメントありがとうございます。

>しかし、運命はなぜこういうむごいことを課すのでしょうか?
>この世に生まれてくるのは何か理由があるといいますが・・
本当になぜなのかわかりません。
人生って不条理ですね……。
でも、その不条理の中で、自分と向き合おうとしたドリガーさんの姿……それを胸に刻んでおきたいと思いました。

投稿: Kate | 2009年9月10日 (木) 22:59

alexさん
コメントありがとうございます。
ゾンダーコマンダーについて、ネットでちょっと見てみました。
これは辛い事実ですね……。
極限状態になったら、人間はそんなふうにもなるということなのでしょうが。
そういった状況に置かれていないことに感謝するしかありません。

それにしても多くのことを考えさせられたドキュメンタリーでした。
戦争、人の心のこと――本当に心が深く傷ついた人間は、むしろその自覚すらないのだということを知りました。

投稿: Kate | 2009年9月10日 (木) 23:15

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