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2009年3月 4日 (水)

揺れる大国 プーチンのロシア

 3月1日2日とNHKで2夜連続で放映された揺れる大国 プーチンのロシアという番組を見た。
 第一夜は「プーチンのリスト~強まる国家資本主義~」。
 ソ連崩壊後、一気に押し寄せた資本主義、市場経済、そのなかで現れた新興財閥。その姿を、リーマン・ショックの少し前から取材していたので、興味深かった。
 大混乱の中、この機会を虎視眈々と狙っていたかのように強気で現れてきたのが、ロシア政府。プーチン首相は、ロシアのエネルギー関連などの基幹産業を握り、外貨を貯め続けていたという。その巨額の資金を企業に振り分ける「プーチンのリスト」というものがあるらしい。
 これは、困った民間を政府が助けましょう、なんていう慈悲の心に満ちたものではなく、助けるから国の言うことを聞け式の「国家資本主義」の始まりなんだという。
 一部の人間だけが富を得るのもいやだけれど、 「国家資本主義」なんていうのも、聞くだけでいやーな、こわーい感じがする。

 第二夜は「失われし人々の祈り~膨張するロシア正教~」。
 ソ連崩壊後、激動する社会に翻弄される人々、増える失業者――社会保障制度がほとんど機能していない(ように見えた)ロシアでは、教会が大きな役割と力を持ち始めているという。革命後、徹底的に否定され排除されたロシア正教が復活し、人々の拠り所になっているのだ。
 日本だと、NPO法人のもやい などがやっているようなことを教会が全部やっている(日本も、もやいがやっているようなことの多くは、国がやるべきことなのだけれど)。
 ホームレスに食事を配ったり、地域でコミュニティ活動をしたり、24時間体制の電話相談をやったり。
 教会だけが救いだ……と語るおばあさんたち。
 で、このロシア正教を大きく後押ししているのが、プーチン。
 うーん。何から何まで、すごーく巧みな企みを感じさせる、プーチン。
 あの冷たい表情の奥で何を考えているのか、東洋人の私にはまったくわからない。 
(給付金を貰うの貰わないのとやってるどこかの国の代表とは、一枚も二枚も……いや、百枚くらい上手だ)

 超格差社会をつくっておいて、人々の絶望を宗教に向かわせ(寄付も集まるし)、教会を保護し、教会に救世主になってもらう(政府はできるだけ何もしない)、その教会を保護しているのだから、プーチンも崇められる……というような。
 ロシア正教が悪いとは思わない。そういうのもひとつの社会のあり方だと思う。でも、プーチンにはなんだか底知れぬものを感じてしまう。まだまだ何か企んでいそうな気配。

 それから、佐藤優さんが、ロシアの男は皆ウォッカでダメになると本に書いていたけれど、まったくそのとおりであった。
 NHKの番組でも、アルコールが元で死亡するのが年間10万人とか?!(問題を抱えた人の数字だったか……どちらかは失念)
 ウォッカをあおって、凍死しちゃう人がいっぱいいるそうだ。過酷だなあ。
 ロシアの男でアルコール依存症でない人を探すのは難しい、くらいの勢いだった。
 番組の中でも、廃墟で酒をあおっている男が凍傷になりかかっていて、「教会に来なさい。病院に行くんですよ!」とか諭されているのだけれど(そういう夜回りみたいなことも教会がやっている)、「いやだあ、そんなことよりウォッカをくれぃ~」などと言っていた。
 冬場は-20℃なんていうのがザラなロシア。
 社会は180度変わっちゃうし、仕事は失う、家もない、家族に見捨てられるわ、寒すぎるわじゃ、確かに人間、自暴自棄にもなるし、壊れるし、ウォッカでも飲んでいないとやっていられないのかもしれない。

 それにしてもロシア正教の教会がバックグラウンドになって(一部の教会だと思うが)、少年たちに銃撃戦を教えている風景には、複雑な思いにかられた。
 その他、お年寄りの年金も激減して、ゴミ溜めのような部屋で暮らしていたり(昔は年寄りを敬い、皆で助け合っていたのに、誰も助けてくれない)、ソ連時代は厚遇されていたのにいきなり放り出された科学者たち……などなど、挙げていけばきりがない。

 社会主義から資本主義、超格差社会、そしてまた国家資本主義、封印されていたロシア正教の爆発的な広がり、内戦などの問題もあるし、昔から今に至るまでロシアは、ダイナミックに変化していく国だなあと思う。
 例えば、安定している福祉国家の北欧より、今のロシアなどの方が優れた文学などが書かれているのではないか?とも思うのだけれど、どうなのだろうか?
 翻訳されるのは英語圏ものが主流だから、これまた全然わからない……。

 と、日本もやばい状況で、よその国を心配している場合でもないのかもしれないが、世界は今、グローバリズムとやらで、怖いくらいつながっているからねえ……私も少しは勉強しなくてはと思うこの頃。

 私の入っている医療(&生命)保険、アメリカのかの某AIGグループの日本支社のやつ。
 昨年度の赤字は8兆だとか9兆だとかで、今、経営再建中だとか、連日ラジオのニュースで流され聞くたびに憂鬱になる。
 今すでに婦人科系の持病がしっかりあるので、他の医療保険には入れないのだ(この前試しに加入の申し込みをしたら、断られた)。
 だから、健康なうちに加入していたこの保険だけが頼り。
 それも、近々治療する(手術とか入院にまで至る)可能性があるので、頼むから、再建してくれ~と祈るばかり。
 少なくとも、私が給付金を申請するまで持ってくれと思う(と自分中心に)。
 こんなところで、自分とアメリカ経済の破綻が直につながるとは。
 10年前に入った時は、トリプルAの安心度とかいうふれこみだったのに。

 ――と、かくも世界は変わるものだということを、ロシアが一番極端な形で見せてくれるわけで、社会とか国家とか、確かなものは何もないんだと……「平和」な日本で生まれ育った私はひしひしと感じるのであった。

 NHKの「揺れる大国 プーチンのロシア」は今月末にもまた次のタイトルで放送される予定だそうです。
 引き裂かれた祖国で ~グルジア紛争の傷跡~(仮)
 国家よ 軍よ 強くあれ ~膨張する愛国心~

 
 

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コメント

Kateさん、こんばんは。プーチン首相は確かKGB出身だったと記憶しています。諜報活動の専門家、いわゆるスパイですね。謀略・工作はお手の物といったイメージがあります。詳しいことは何も知らないのですが。

しかし、根本的な話、なぜ「資本」は剰余価値を生み続けなければならないのか、本質的なことはなかなか分かりません。生産活動によって、地球の重さが増えたという話は、ついぞ聞いたことがないにも関わらず、資本総体としては、剰余価値が生まれ、どこまでもとめどがない。というのは、考えてみれば不思議なことだと思います。

フィクション、幻想、ゲーム、システム、どのように呼んでも構いませんが、そうした実体の無いものが、人間にとって最もリアルであるということ、つまりは生き死にをすら決定すらするものだということ。この倒錯が人間的自然であるとしか考えられないわけですが、その仕組みを理解したいと強く思います。

早い話が、富を平等に分け合えば、飢えて死ぬ人間など出はしないのです。共産主義の理念ですが、これを制度化した国々が、最も非道な抑圧と飢えを達成してしまった、というのは、絶望的な皮肉ですね。

と、こんなことを書いていると、とめどなくなってしまいますから、キーパンチの手を止めて、Kateさんのご健康を心からお祈りさせて頂きます。お体大事になさって下さいね。保険会社もきちんと機能してくれますように。

投稿: 灯 | 2009年3月 6日 (金) 20:09

灯さん
コメントありがとうございます。
プーチンって、そんな出身の人だったんですか?! 
スパイですか。どうりで、ポーカーフェイスだと思った(笑……って、笑い事じゃないかも)。

失業した物理学者の夫と、ロシア正教の熱心な信者である妻が登場していました。
妻は「人間も自然も神がおつくりになった」と言う。
無神論者の夫は「自然は神がつくったんじゃない。ただそこに存在しているんだよ」と語る。
私は夫の言葉の方にどうしても共感してしまうのでした。
しかし、司祭が語る「この経済恐慌は、人々の欲望が暴走した結果の罰なのだ」という言葉にも重みを感じました。
――と、人々の悩みの深さ、存在の仕方が、この現代においてもドストエフスキー的なのでした。
だから、この混迷の時期に、新しい文学が生まれていないだろうか?と思ったのです。

投稿: Kate | 2009年3月 6日 (金) 23:04

Kateさん

レスポンスありがとうございました。Kateさんがおっしゃる通り、巨大な格差(差異)があって、人間性の根源が試される極度に過酷で混迷した現在のロシアから、力のある文学が生まれてくる可能性は十分に高いですね。はっきり言えば、文学は差別と格差とその中であがく人間の迷妄の産物です。チベット仏教の高僧が書く詩は、ただ晴れやかなだけで、つまらない。シャーロック・ホームズ・シリーズは、大英帝国の植民地文学です。英国紳士がアフリカで破廉恥な事をして帰ってくる。その対価を支払うようにとホームズが悪行を暴くのですから。アフリカが無意識、英国が意識、ホームズが精神分析医ですね。

もう少し一般化して言うと、異質な共同体どうしの衝突が、優れた文学の母胎です。水村美苗さんの言う「日本近代文学」は、西洋諸国と日本との衝突がなければ、あれだけの水準に達することはできなかったでしょう。現在の世界文学の担い手は、殆ど皆、旧社会主義諸国からの亡命者か、元植民地出身者か、一国内での被差別階級出身者ですね(クンデラ、ジョイス、カーヴァーなど)。差別者、被差別者、どちらであっても、その差異に敏感な人が優れた文学的達成を見せる、と言っても別段おおげさではないでしょう。

1970年代以降の日本は、おそらく最もこうした摩擦と無縁であった社会でしょう。日本の現代文学がつまらないとしたら、その原因の大半はそこにある。中上健次が被差別部落出身者ではなく、単に地方都市の中流階級出身だったとしたら?水村美苗にアメリカ体験が無かったら?(映画になりますが)北野武がペンキ屋の息子ではなく、中級サラリーマンの子息だったとしたら?差別の産物である文学など、無くなってしまう(不要になる)社会が良いのか。それとも・・・一瞬、絶句する地点です。

失業した物理学者の夫と正教徒の妻の会話、興味深いですね。「宗教は民衆のアヘンである」と言った人がいます。アヘンは良くないが、アヘンを必要とする現実がある限り、アヘンの需要は無くならない、という意味だそうです。僕も物理学者の夫の言うことの方が正しい、と思います。自然が(神の)被造物ではないなら、無から有は生まれませんから、自然それ自体の中に存在する力があることになります。とすれば、自然の一部である人間も、何かしらの意味で永遠の存在であることになります。大安心です(笑)でも、正教徒の妻の方が、文学的ですね。大不安ですよ、アヘンが切れたら。大安心と大不安の間を揺れ動き続けるのが、人間の宿命なのかもしれませんね。

長文失礼致しました。刺激的なエントリーを読ませて頂いたことに感謝します。

投稿: 灯 | 2009年3月 7日 (土) 14:32

灯さん
番組の最後は、電話相談で助けを求める老人たちの声で終わっていました。
ロシア語がわからなくても、その悲痛な響きは万国共通であり、胸が締め付けられました。
具体的に、介護してもらえない、お金がない、生活が成り立たない、という問題以上に、自分は社会から見捨てられている、という圧倒的な孤独感がひしひしと伝わってきました。
そうした声をひろってくれる文学者がいますように。
同時に、最低限のセ-フティネットも充実しますように。

――と、無神論者の私の祈りは、日本にも通じる祈りになっていたのでした。

投稿: Kate | 2009年3月 9日 (月) 00:07

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