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2009年3月に作成された記事

2009年3月15日 (日)

ありふれた奇跡

 今、何が楽しみと言って、それはもう、木曜の夜10時のドラマありふれた奇跡
 脚本は山田太一。さすがベテランというか、味わい深いドラマで、見終わるとほっこりと元気が出る感じ。
 St0101主人公は、加奈(仲間由紀恵)と翔太(加瀬亮)。ある日、駅のホームで、ふたりが飛び込もうとしている男性(陣内孝則)を助けたことから、他人同士だった3人とその家族を巡って、ドラマが展開する。

←公式HPからお借りしました。

 互いに知り合っていくうちに、加奈も翔太も自殺未遂の経験があることがわかってくる。
 加奈は、若い頃の自分の過ちで妊娠できない体になっていて、家族にも言えない悩みを抱えている。
 翔太は勤めていた会社で上手くいかず、営業成績を上げるため自分で商品を買い込み、借金をつくってしまった。精神的にぼろぼろになり、自宅で死にかけていたところを家族に発見され、今は左官屋の家業を手伝っている。
 駅のホームへ飛び込もうとした男は、火事で妻と娘を失い、仕事もやめてしまっている。
 昨日まで当たり前にあったものを、ある日、突然失うこと。
 ちょっとした過ちで、一生取り返しのつかない事態になってしまうこと。
 頑張っているのに、もがけばもがくほど、穴に落ちていくこと。
 不運だったり、不器用だったり、弱かったり、を山田太一はそういう人たちを主人公にし、光を当てる。
 そして、そういう人たちの、一人ひとりの内面を、生活を丁寧に丁寧に描く。
 つつがなく日々が送れている時って、それが当たり前で壊れない「ありふれた」ものだと思ってしまいがちなのだけれど、実は「奇跡」にも近い、凄いバランスのうえに成り立っているものなのかも知れない。

 でも、シリアスな出来事だけではなく、必ずユーモアが散りばめられている。
 特に、左官屋の翔太の家族がいい。おじいさんと父親との男3人所帯で、飾り気のない温かさがあある。

「戸をちゃんと閉めろよ。寒いじゃないか」「こっちは出たり入ったりしてるんだから、しょうがないじゃないか」
「ぽん酢もうないよ、醤油でいい?」
「なんだよ、コロッケ食いながら日本酒飲んでるの? キャベツくらい刻めよ」
「おまえ、晩メシは?」「弁当買ってきた」「どこにある?」「鞄の中」「鞄の中に弁当なんか入れるなよ」「だって、男ひとりで弁当提げて帰って来るの惨めじゃないか」
 
 なんて感じで(記憶だけを頼りに書いています)、日常の会話がポンポンと交わされているのを聞くと――それがまた、風間杜夫(翔太の父)と井川比佐志(翔太の祖父)なんていう名優ふたりのかけ合いなものだから、面白くて心地よくて、ずーっと聞いていたいような、ずーっとこのドラマの中に浸っていたいような気持ちにさせられる。
 そういう家庭なので(母親は家を出たのだが、後にいろいろと絡んでくることに)、翔太は救われている。会社勤めの時の借金もおじいさんが肩代わりしてくれた。
 ふだんは口うるさいけれど、ぎりぎりの瀬戸際では助けるのだ。
 その代わり、左官の仕事に関しては、土壁をやりたいだの何だの夢みたいなことを言うんじゃねえ、芸術家じゃないんだ、ビルのコンクリートをしっかりやるんだ、と諭し、現実の社会に向き合わせる。
 山田太一は、そんなふうに登場人物の仕事をきっちりリアルに描く。そこが私は好きだ。
 加奈の方は、外国製の業務用厨房機器(大型高温オーブンとか)を扱う会社で働いている。管理栄養士の資格を持っていて、客の前で、調理をしながらデモンストレーションをしている。と、仕事の内容の設定が細かい。
 この人たち、恋愛で右往左往するのはいいけど、仕事はだいじょうぶなのか……と言いたくなるような若者向けドラマ(『ラストフレンズ』とかそうだったなあ)とは一線を画する。
 まずは仕事だよ、人間は――という感じで、恋愛で上手くいかなくても、人生どん底でも、皆まずは職場へ向かうのである。そこで、無理に笑顔をつくったり、密かにため息をついたりするのである。
 そして、その仕事さえもなくなる時がある……ということまで描かれており、今の社会情勢を映しながら、そんな中でどういう気持ちで生きていったらいいかという、山田太一なりのメッセージがしっかりと込められている。
 また、お金のことも、きれい事だけではなく、描かれていて、今の私には興味深かった。お金が介在することで、微妙な力関係になっていったりとか、あればそれなりに人生が開ける感じになったりとか。
 やっぱり山田太一は「世間」をよく知っている大人だと思った。

 さて、この愛すべきドラマも、今度の回でいよいよ最終回(もっと早くここに書けたらよかったのですが……今頃、すいません)。
 子どもの生めない加奈と不況で左官の仕事が途絶えている翔太は、どうなっていくのか?
 どちらの家族も、本質は温かいのだけれど、決してものわかりはよくなく、若い人たちとは違う価値観でぶつかってくる(そこもよい。抑圧するだけでも、やさしいだけでもない親や祖父母)。

 それにしても、風間杜夫と岸部一徳の女装姿はインパクトあるなあ(ふたりは、以前から女装クラブの知り合いで、そうやって日々のガス抜きをしている!)。

 テーマ曲はエンヤで、これがまたぴったり。
 そこも上手に取り込んでというか、エンヤに敬意を払って、翔太はアイルランド好き、自宅の部屋にはウィリアム・モリスの壁紙がちょっとだけ貼ってあったり、会話にさりげなくケルト神話のエピソードが出てきたりと、アイルランドやイギリステイストが!
 その辺のディティールも素晴らしい。

 ところで、このドラマを見ていると、村上春樹がエルサレム賞の授賞式で語った、
「高く堅牢な壁とそれにぶつかって砕ける卵の間で、私はどんな場合でも卵の側につきます。そうです。壁がどれほど正しくても、卵がどれほど間違っていても、私は卵の味方です」(内田樹氏のブログより こちら)
 という言葉を思い出す。
 山田太一も、卵の味方なんだなと思う。

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2009年3月 4日 (水)

揺れる大国 プーチンのロシア

 3月1日2日とNHKで2夜連続で放映された揺れる大国 プーチンのロシアという番組を見た。
 第一夜は「プーチンのリスト~強まる国家資本主義~」。
 ソ連崩壊後、一気に押し寄せた資本主義、市場経済、そのなかで現れた新興財閥。その姿を、リーマン・ショックの少し前から取材していたので、興味深かった。
 大混乱の中、この機会を虎視眈々と狙っていたかのように強気で現れてきたのが、ロシア政府。プーチン首相は、ロシアのエネルギー関連などの基幹産業を握り、外貨を貯め続けていたという。その巨額の資金を企業に振り分ける「プーチンのリスト」というものがあるらしい。
 これは、困った民間を政府が助けましょう、なんていう慈悲の心に満ちたものではなく、助けるから国の言うことを聞け式の「国家資本主義」の始まりなんだという。
 一部の人間だけが富を得るのもいやだけれど、 「国家資本主義」なんていうのも、聞くだけでいやーな、こわーい感じがする。

 第二夜は「失われし人々の祈り~膨張するロシア正教~」。
 ソ連崩壊後、激動する社会に翻弄される人々、増える失業者――社会保障制度がほとんど機能していない(ように見えた)ロシアでは、教会が大きな役割と力を持ち始めているという。革命後、徹底的に否定され排除されたロシア正教が復活し、人々の拠り所になっているのだ。
 日本だと、NPO法人のもやい などがやっているようなことを教会が全部やっている(日本も、もやいがやっているようなことの多くは、国がやるべきことなのだけれど)。
 ホームレスに食事を配ったり、地域でコミュニティ活動をしたり、24時間体制の電話相談をやったり。
 教会だけが救いだ……と語るおばあさんたち。
 で、このロシア正教を大きく後押ししているのが、プーチン。
 うーん。何から何まで、すごーく巧みな企みを感じさせる、プーチン。
 あの冷たい表情の奥で何を考えているのか、東洋人の私にはまったくわからない。 
(給付金を貰うの貰わないのとやってるどこかの国の代表とは、一枚も二枚も……いや、百枚くらい上手だ)

 超格差社会をつくっておいて、人々の絶望を宗教に向かわせ(寄付も集まるし)、教会を保護し、教会に救世主になってもらう(政府はできるだけ何もしない)、その教会を保護しているのだから、プーチンも崇められる……というような。
 ロシア正教が悪いとは思わない。そういうのもひとつの社会のあり方だと思う。でも、プーチンにはなんだか底知れぬものを感じてしまう。まだまだ何か企んでいそうな気配。

 それから、佐藤優さんが、ロシアの男は皆ウォッカでダメになると本に書いていたけれど、まったくそのとおりであった。
 NHKの番組でも、アルコールが元で死亡するのが年間10万人とか?!(問題を抱えた人の数字だったか……どちらかは失念)
 ウォッカをあおって、凍死しちゃう人がいっぱいいるそうだ。過酷だなあ。
 ロシアの男でアルコール依存症でない人を探すのは難しい、くらいの勢いだった。
 番組の中でも、廃墟で酒をあおっている男が凍傷になりかかっていて、「教会に来なさい。病院に行くんですよ!」とか諭されているのだけれど(そういう夜回りみたいなことも教会がやっている)、「いやだあ、そんなことよりウォッカをくれぃ~」などと言っていた。
 冬場は-20℃なんていうのがザラなロシア。
 社会は180度変わっちゃうし、仕事は失う、家もない、家族に見捨てられるわ、寒すぎるわじゃ、確かに人間、自暴自棄にもなるし、壊れるし、ウォッカでも飲んでいないとやっていられないのかもしれない。

 それにしてもロシア正教の教会がバックグラウンドになって(一部の教会だと思うが)、少年たちに銃撃戦を教えている風景には、複雑な思いにかられた。
 その他、お年寄りの年金も激減して、ゴミ溜めのような部屋で暮らしていたり(昔は年寄りを敬い、皆で助け合っていたのに、誰も助けてくれない)、ソ連時代は厚遇されていたのにいきなり放り出された科学者たち……などなど、挙げていけばきりがない。

 社会主義から資本主義、超格差社会、そしてまた国家資本主義、封印されていたロシア正教の爆発的な広がり、内戦などの問題もあるし、昔から今に至るまでロシアは、ダイナミックに変化していく国だなあと思う。
 例えば、安定している福祉国家の北欧より、今のロシアなどの方が優れた文学などが書かれているのではないか?とも思うのだけれど、どうなのだろうか?
 翻訳されるのは英語圏ものが主流だから、これまた全然わからない……。

 と、日本もやばい状況で、よその国を心配している場合でもないのかもしれないが、世界は今、グローバリズムとやらで、怖いくらいつながっているからねえ……私も少しは勉強しなくてはと思うこの頃。

 私の入っている医療(&生命)保険、アメリカのかの某AIGグループの日本支社のやつ。
 昨年度の赤字は8兆だとか9兆だとかで、今、経営再建中だとか、連日ラジオのニュースで流され聞くたびに憂鬱になる。
 今すでに婦人科系の持病がしっかりあるので、他の医療保険には入れないのだ(この前試しに加入の申し込みをしたら、断られた)。
 だから、健康なうちに加入していたこの保険だけが頼り。
 それも、近々治療する(手術とか入院にまで至る)可能性があるので、頼むから、再建してくれ~と祈るばかり。
 少なくとも、私が給付金を申請するまで持ってくれと思う(と自分中心に)。
 こんなところで、自分とアメリカ経済の破綻が直につながるとは。
 10年前に入った時は、トリプルAの安心度とかいうふれこみだったのに。

 ――と、かくも世界は変わるものだということを、ロシアが一番極端な形で見せてくれるわけで、社会とか国家とか、確かなものは何もないんだと……「平和」な日本で生まれ育った私はひしひしと感じるのであった。

 NHKの「揺れる大国 プーチンのロシア」は今月末にもまた次のタイトルで放送される予定だそうです。
 引き裂かれた祖国で ~グルジア紛争の傷跡~(仮)
 国家よ 軍よ 強くあれ ~膨張する愛国心~

 
 

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2009年3月 1日 (日)

吉祥寺の「三浦屋さん」が閉店しました

 吉祥寺のサンロードにあった三浦屋が2月末で閉店しました――。
 しばらく前に行った時、割引セールをしていて、閉店の張り紙を見た時は信じられなかった。
 吉祥寺に住んだことはないけれど、近い所に住んでいるので、私はこの三浦屋をよく利用していた。
 普通のスーパーよりちょっと高いけれど、紀伊国屋ほど高級じゃなくて、なかなかいい品揃えだった。お惣菜も美味しかったし、地元の人たちには愛されていたお店だと思う。
 以前は、井の頭公園口にもあったけれど、閉店。でもこのサンロード店はずっと続くのだろうと思っていた。
 でも、ロンロンがリニューアルオープンし、THE GARDENをはじめ、デリカテッセンやお惣菜店がたくさん入った影響は大きかったのだろう。
 やはり駅ビルは便利で、かくいう私も吉祥寺に行った際は三浦屋一辺倒だったのに、だんだんと半々くらいの利用になった。
 やがて、生活クラブ生協を始めるようになると、できるだけ外で買い物しないようになったので、どちらもあまり行かなくなったが……。
 でも、何かちょっと切れたり、生協では扱っていないものを買う場合、こういったお店は便利なので、ちょこちょこ行っていた。

 あまり利用しなくなっていたのに、今さら閉店を惜しむのも何だけれど、三浦屋には特別の思い出がある。
 仕事が安定していなかった頃、入金も当分先で、食べるものが尽きてどうにもならない時、よくこの三浦屋で食料を調達した。
 野菜、果物、牛乳、チーズ、卵、パン、お肉、パスタ、甘いもの、お茶、などなど……ひととおり全部を三浦屋でまかなって、そうすると結構まとまった金額になるので、クレジットカードを使うのにためらいがなかったのだ。
 凄く苦しい時、三浦屋に行って、貧乏なくせに結構いい食材のものを買うのは気がとがめたりもしたけれど、おかげで飢えなかったし、それほど惨めな気分にもならず、しのぐことができたので、私の命をつないでくれたと言っても大げさじゃない。
 まあ、カードの請求はいずれ支払うことになるので(昔のツケみたいな感じかな?!)、別に三浦屋が助けてくれたわけじゃないけれど、そういう個人的な思い出と結びついたお店だったのだ。

 それに、京野菜フェアなんていうのもたまにやっていて、その美味しさを初めて知ったのも三浦屋のおかげだったし、何か1品足りない時に買うちょっとしたお惣菜も便利だった。
 調味料やお菓子など、地方のこだわりの品のようなものが期間限定で入っていたり。
 きっと日本中をまわっていいものを買い付けしているんだろうなと思った。
 フランスのチーズも充実していたし、オーガニックのオリーブオイルもあったし、卵も青梅の養鶏場の安心でおいしいもので……質においても安全性においてもレベルは高かったと思う。
 レジの女の子たちは、丁寧にてきぱきと対応してくれて(袋の詰め方が素早くて、とてもきれいだった)、気持ちのいいお店だった。

 以前、同じ職場にいたMさんは吉祥寺っ子で、「うちの母親、三浦屋に買い物に行く時、いつも三浦屋さんに行ってくるって、なぜか『さん』付けなのよね」と笑いながら言っていたのを思い出す。
 Mさんのお母さんもさぞがっかりしていることだろう。

 吉祥寺に馴染んでいない人にはなかなかわかりにくいかも知れないが、それほど吉祥寺と三浦屋は切っても切れない仲だったのだ。大島弓子の漫画にも時々出てくる。
 今度は武蔵小金井に新しくできるらしいし、松庵とか他にも店舗はあるのだけれど、どこも私の行動半径から遠いし、やはりあのサンロード店じゃないと、「三浦屋さん」じゃない、という気がするのだ。

 三浦屋で買い出し、その後セガフレード・ザネッテイでほっと一息……というのが、かつての私の黄金の日常パターンだった(セガフレード・ザネッテイはすでに2006年に吉祥寺から撤退……今はスターバックスが増殖するのみ)。

 ロンロンの打撃のうえに、この昨今の不況のせいだろうか。
 経営側からしても、長年この地で愛されてきたお店なのだから、きっと苦しい決断だったに違いない。
 なんとも寂しい限り。
 三浦屋跡に100円ショップなんかができたら、私は号泣します。 

<追記――変わりゆく吉祥寺>
 少し前には、タワーレコードも以前の場所から、今はヨドバシカメラの中へ移ったのも、衝撃だった。タワーレコードはあそこじゃなくちゃダメだったのだ。それほど大きくないビルの階段を上がって、2階と3階へ、というあの感じ。
 お店の空気に独特のオーラみたいなものがあったが、ヨドバシの中では、それが揮発していた。売っているものは同じなのにね。
 お店って、同じものを売っていれば、どこでもいいというものではないんだな。何か目に見えにない、磁場のようなものがあるに違いない。
 あと、ロンロンの弘栄堂もBook1stに変わってしまったし。
 とあるブログでも読んだけれど(『三浦屋吉祥寺店 閉店』で検索すると、閉店を惜しむ声のブログがいっぱいあります)、その変化がどうもいい方への変化ではないような気がする、というのには頷いてしまうのだ。
 どれもこれも経済危機の余波?
 

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