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2008年11月16日 (日)

三重への旅<3>――赤目四十八滝

 さて、三重を訪ねてから早1か月。
 すっかり間が空いてしまったが、最後の報告を。

 最終日の10月13日は、連れ合い宅の所から比較的近場の赤目滝へ行って、そのまま駅に向かって私は帰ることになった。
 ネットがつながっていなかったので、何の下調べもせず、軽ーい気持ちで車を走らせて……ところが、着いてみてびっくり。
 そこには、びっくりするような荘厳な渓谷が果てしなく広がっていたのだ。
 以前、私は映画の『赤目四十八瀧心中未遂』(車谷長吉作)を観たことがあるが、肝心の滝の場面はあまり鮮烈な印象はなく(主人公の男が、ボロアパートで臓物の串刺しの内職をしているシーンの印象の方が強くて……)、記憶にはっきり残っていなかった。
 映画を観ていた時は、まさか自分がそこに行くことになるとは思ってもみなかったし、「赤目瀧」という名称がフィクションめいていたので、実在の場所ではないのかも、なんて思っていたし(またまた地理に疎いのがばれてしまうが!)。
 それは越してきたばかりの連れ合いも同じで、職場の人にこの滝のことを聞いても、たいした反応は返ってこなかったので、そこそこの観光地、くらいにしか思っていなかったそうだ(地元の人は、あまり興味ない?)。

 

Img_1622_2  ふたりともその程度の予備知識しかなかったのが、かえってよかったらしく、とにかく、着いてみたら、眼にするものすべてが新鮮で、清冽な印象を受けた。本当に素晴らしいところだった。
 滝が四十八本、1か所に並んでいるわけではなく、役4kmの渓谷に沿って、いろいろな形状の滝が四十八ある。

 この日は、晴天。木々と滝の飛沫で、マイナスイオン(というものがあるのかどうか、よくわからないが)、たくさん!という感じ。

 「赤目」という名前の由来は、不動明王が赤い目の牛に乗って現れたという伝説から来ているそうだ。
 また、国の天然記念物に指定されているサンショウウオの保護地区でもあり、そのせいでこの自然も美しく残されているのかも。 と思うと、不気味なような、愛嬌があるような、のんびりやのサンショウウオがこの地の守護神なのかもしれない。


Img_1618_3

  滝には、それぞれ名前が付いている。これは「行者滝」。

 滝が落ちていく滝壺は、水がエメラルドグリーンに輝き、魚が泳ぐ姿がちらりと見える。
 そして、底の方から、水晶を抱いた龍がゆらゆらと現れてきそうな、そんな神秘的な空気が漂っている。

 
 また、メインの道から外れて、細い急な階段があって、滑らないようにそろりそろりと登っていくと、天然の岩穴がそのまま祠になっていたりする。
 こういう所に来ると、自然に神様が宿ると信じたかつての日本人の精神性が凄くよく、肌で理解できる感じがする。

 渓谷を登って、すべての滝を見て、また降りて帰って来ると、たっぷり3時間はかかるらしく、1時過ぎにのんびり出かけた私たちは、「うわあ、こんな凄い所だと思わなかった」と何度も言いながら、3分の1くらいの地点で引き返した。
 それでも、行ってよかったと思う。

 「布曳滝」。
 「高さ30メートル。名のとおり、白布を長々とたらした優美な姿の滝。水が掘り込んだ滝壺の深さは何と30メートル」なんだとか

Img_1628_2
 しばらく歩くと、布曳瀧という見事な瀧があった。高さは三十釈はあろうか。一条の布を掛けたように落ちる瀧は、深い青緑の瀧壺にまっしぐらだった。山陰になっているところで、ここばかりは水の流れもゆっくり底鍋を巻くように、蒼い色を湛えていた。底は見えない。私の古里の川にも、こういう淵があった。底には横に洞穴があって、「そこではな、きれいな橋姫が機を織ってはんねやで。」と祖母が言うていた。 
 布曳瀧のすぐ上には、瀧ヶ壺という深い淵があった。ここから落ちる水が、すぐ下の布曳瀧へ一挙になだれ落ちているのである。投身するなら、ここだなと思うた。ここから布曳瀧の瀧壺へすべり落ちれば、間違いなく途中の岩に頭蓋骨は摧かれるだろう。岩走る速い水の流れだった。
『赤目四十八瀧心中未遂』(車谷長吉/文春文庫)より

 Akame__2    
 あの赤目瀧がどのように描写されているか、知りたくなって、原作の方も読み始めている。
 矛盾した言い方だが、闇の輝きのような、不思議な魅力を放つ小説だ。
 主人公は、兵庫の尼ヶ崎に流れ着くようにしてやって来て、世捨て人のように暮らし、この赤目瀧を訪れ、同行したとある女――しかし、それほど親密ではない――と、心中したいと思う。
 最近の小説は、場所などあえて無名性な感じで描いているものが多いけれど、こんなふうに土地に密着した物語も味わい深い。でも、時代は昭和50年代。確かに現代では書けないだろうなあと思う。

 というわけで、次来た時は四十八滝すべて制覇するぞ、赤目滝リベンジ!を誓って、その日は赤目滝を後にした。時間ぎりぎりの中で食べた、土産物屋さんで出している山菜うどんが美味しかったのも、印象深い(ラーメンより、蕎麦より、うどん好きな私!)。

 それにしても、観光地として派手に宣伝されていなくても、日本にはよいところがたくさんあるんだなあ。よいところ、というか、ディープな場所が……。
 ここを小説のモチーフにした車谷長吉も凄いと思う。
 そして、日本は本当に水が豊かな国なのだなあと実感した(アニミズムと一神教の違いなんかも、しみじみ感じてしまうのであった)。
 隣接した場所に滝が四十八も流れているのだなんて、凄いことじゃないか。

 とにかく、こんなディープな聖地のような地に、車で30分(くらいだったかな?)の場所に、連れ合いが住んでいるというのも不思議というか凄いというか、なんというか。
 東京から遠く離れて……を、新幹線と近鉄線の乗車時間以上に実感してしまう。
 今回は、伊賀方面と合わせ、なかなか興味深い「観光」ができたと思う。

 東京にいると、慌ただしく日々が過ぎていくが、今も赤目滝では、あの清冽な滝が枯れることなくこんこんと流れ続けているのだ――ということに思いを馳せると、どこか、心の中が、しんと静まり澄んだようになる。

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