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2008年11月に作成された記事

2008年11月29日 (土)

新宿伊勢丹のクリスマス・ディスプレイ2008

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 新宿伊勢丹のウィンドウディスプレイがきれいです。
 クリスマス色満載というより、パーティシーズンっぽい感じ。
 モチーフはスイーツやフルーツ、その中にティーポットやカップなどのテーブルウェアを上手く配していて楽しい。
 スイーツの愛らしさは、地下のフードパラダイスにある、いろいろなスイーツのショップのイメージにそのままつながるようです。

 このウィンドウを見ていると、むしょうにエルメのスイーツが食べたくなります!

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 アルファベットごとのテーマで飾られている。
 これは、P
 Peachがいっぱい並んだPlate





                   

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 巨大なカップケーキ。
 この前買ったノッティングヒル・ケイクスのカップケーキを思い出します。





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ケーキの時計。絵本の一場面のよう。
左横には、カッがずらりと重なっている。






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Bのコーナー。
Berry、Baqet、Butterfly
と、Boyにもかけている? 



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まるで本物のフルーツみたい。



 

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 そして、正面玄関を入ったところの、このデコレーションケーキのディスプレイがまた素晴らしい!
 写真では見えないけれど、ケーキの上に、さらに本物そっくりなタルトの蝋細工がたくさん並んでいるのです。
 通路の天井の照明も、このケーキのディスプレイと連続した感じで、きれいです。

 ディスプレイは消えてしまうものなので、留めておきたいなあと思います(そう思えるディスプレイは少ない)。
 昨年はあまり記憶に残らなかったようで、撮影していなくて、2006年はきれいだったので、このように残してあります。こちら  

 それにしても、どんな人たちがこんなディスプレイを考えているのでしょうか。
 ただ飾るだけでない、何か物語を感じさせるところが好きです。
 毎日、このウィンドウを見ながら通勤できるのは幸せ。

 しかし、これを見るだけで満足してしまい、あまり伊勢丹で「消費」はしていません。
 あ、そうだ、1階で、シルバーのラメの入ったソックスは買おうっと。


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2008年11月24日 (月)

禍々しく悲しい出来事も、美しい出来事も

 11月もあと1週間。
 この秋は、「文化」づいていて、ラファエル前派のミレイ展、デンマークのハンマースホイ展など、素晴らしい絵をたくさん観たし、10月にはスチューアト・ダイベックと柴田元幸氏のトークショーにも行ったし、今月は菊地成孔さんの抱腹絶倒(!)なトークショーに2回も……。
 どれもこれも報告したいのだけれど、なかなかまとまった時間が取れない。
 ちょっと書いておこうかな……が、私の場合、書き始めると、気づくと数時間経っていたりして、休みの日に済ませるべき用事が全然片付いていないこともしばしば。
 だったら、簡単にすればいいのだけれど、ただどこ行った、あそこ行った、よかった……では、自分のための備忘録にしかならず、ブログにして公にする意味もない。
 と、ブログも楽しいけれど、悩ましい。

 ところで、先週の17日の月曜の朝のこと。
 消防車のサイレンの音が響き渡る中、駅に着くと、総武線が止まっていた(中央・総武線の事故や遅延の多さはふだん乗っている人はよくわかると思うが)。
 この西荻窪駅の総武線のホームで人身事故だという。
 総武線を諦めて、中央線のホームへ上がってみるが、中央線もストップ。
 ホームは人で溢れている。この駅で事故というわりには、ひっそりと静まり返っており、何が起きているのかどうなっているのか、さっぱりわからない。
 やがて、間もなく総武線が動き始めるというアナウンスが流れたので、どうせもう遅刻だから総武線でゆっくり行こうと思った。
 階段を降りると、総武線へのホームの上がり口には黄色いテープが貼ってあり、ただならぬ気配を感じる。
 消防隊の人や警察の人が未だ行き交っていた。 
 でも、「お客さまの救出作業が終了しました」というアナウンスが流れ、電車が動き始めたらしく、私はホームに上がった。
 この時点でも、本当に「お客さまが救出された」のか、何もわからない。
 皆、中央線に行ってしまったので、ホームは人気がなく、静かだった。
 刑事さんらしき人や駅員さんが何人かいて、手にポリ袋を持っている人も。
 私がいつも乗車する、進行方向後方へ歩いて行くと……そこには、担架が置かれており、黒いビニールで覆われたものが縛り付けてあった。

 ああ……と思った。
 「お客様の救出」なんか、されていなかった(この言葉遣いからも、現代の日本は、果てしなく死を隠蔽する社会なのだなあと改めて思った)。
 担架の上の黒いビニール袋の生々しさに、胃の奥がきゅうと締め付けられるような感じがしたのだが、なんというのか、警察や駅員さんの静かでてきぱきとした、整然とした動きが――語弊があるかも知れないが、和やかにすら見えたのが――とても印象深かった。
 まあ、てきぱきしてくれないと困るわけだけれど、そのシステマチックな流れになんとも言えないものを感じた。
 いかにも、手馴れた感じ……とでもいうのか。

 後で、ネットで調べてみると、男性が線路に飛び込んだのは、8時25分頃。
 西荻8時26分発の上り電車――私も早めに出社するときには、時々乗る時間の電車だ。
 その日は、46分の電車に乗る予定だったのだが、もし26分にしていつもの場所で待っていたら……。
 そんなことを思うと、見知らぬ人の死がやけにリアルに迫ってくる。何の関わりもないのに、悲しい気持ちになった(どこのどなたか存じ上げないが、ご冥福をお祈りしたい)。
 年間自殺者3万人と言われて、ああ厭な国だねとふだん思ったりしているが、それが妙な実感を伴なってくる。

 厄落としのつもりで、仕事の帰り、花園神社の酉の市へ行ったら、凄く混雑していてちょうど私の後ろを通っていた車椅子の車輪に踵を直撃された。とても痛かった。
 今日は早く帰った方がいいのだろうと思い、すぐに神社を出た。

 「死」を穢(けが)れとは思わないが、穢れとは「気が枯れる」ということからも来ているらしく、確かに、本当に気が枯れそうだった。
 月曜の朝から、事情もわからず駅で30分くらいうろうろして、その後、ホームのあの光景を目の当たりにしては……素早く隠蔽されたので、別に現場を直に目撃したわけではないのだが、それでも……。

 その夜は、2、3度、目が醒めて、その度に担架の上の黒いビニールが目に浮かんだ。

 翌朝、おそるおそる、そのホームの同じ場所へ(そこへ行くしかないからねえ)。
 何の気配も、痕跡すらなく、またそれになんとも言いようのない衝撃を受ける。

 東京中の駅のホームには、そんな場所が無数にあるのだろう。
 「人身事故で電車が遅れております」のアナウンスを1駅でも違う場所で聞いていたら、あるいは同じ駅でも、離れた場所にいて、あの気配を感じなければ、「ちっ、またかよ」と舌打ちのひとつでもして、イラッとして終わったに違いない(という反応をせざるを得ないほど、東京で電車に乗っていると、人身事故が多いのである)。

 その後、『アキハバラ発』という本をたまたま読んでいたら、森達也さんが秋葉原のあの事件の現場を訪れたことをこう記していた。

「現場からも至近距離にある店の前に立つ店員たちの表情からも、事件の後遺症らしきものは窺えない。気配すらない。きれいさっぱり揮発している」(本書5pより)

 ああ、これだ、気配の「揮発」だと思った。
 凄惨な殺人事件と自殺を比較することはできないが、これが、すべてを飲み込んでは揮発していく東京のある側面なのかも知れないと思った。
 揮発していかないと、都市として機能していかない。しかし、そうすることによって失っているものも大きいはずだ。何を失っているのかは、よくわからないが。

 そして、週も真ん中になり、後半になるにつれ、私の中からも、月曜の朝に遭遇した出来事は日に日に揮発していっている。
 D_photo 金曜日は、午後、有休を取り、ビストロでランチを食べて、そこのお店の方と楽しい会話を交わしていたら、なんだか急速に気持ちが明るくなり、それから国立西洋美術館へ向かい、デンマークのヴィルヘルム・ハンマースホイの絵を観た。
 ああ、なんて静かで美しいのだろう。
 と、すっかり幸せな気持ちになっていた。 
 決して明るい画風ではない、寂しげでひっそりとした絵に慰められるような気がしたのは、なぜだろう?

 禍々しく悲しい出来事も、美しい出来事も、楽しい事も、たっぷり詰まっているのが、それこそが東京(都市)なのかも知れない。そんなことをふと思った。

ヴィルヘルム・ハンマースホイ展
この画像は、国立西洋美術館の公式HPからお借りしました。
「室内 ストランゲーゼ30番地」(1901)

 

 

 

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2008年11月16日 (日)

三重への旅<3>――赤目四十八滝

 さて、三重を訪ねてから早1か月。
 すっかり間が空いてしまったが、最後の報告を。

 最終日の10月13日は、連れ合い宅の所から比較的近場の赤目滝へ行って、そのまま駅に向かって私は帰ることになった。
 ネットがつながっていなかったので、何の下調べもせず、軽ーい気持ちで車を走らせて……ところが、着いてみてびっくり。
 そこには、びっくりするような荘厳な渓谷が果てしなく広がっていたのだ。
 以前、私は映画の『赤目四十八瀧心中未遂』(車谷長吉作)を観たことがあるが、肝心の滝の場面はあまり鮮烈な印象はなく(主人公の男が、ボロアパートで臓物の串刺しの内職をしているシーンの印象の方が強くて……)、記憶にはっきり残っていなかった。
 映画を観ていた時は、まさか自分がそこに行くことになるとは思ってもみなかったし、「赤目瀧」という名称がフィクションめいていたので、実在の場所ではないのかも、なんて思っていたし(またまた地理に疎いのがばれてしまうが!)。
 それは越してきたばかりの連れ合いも同じで、職場の人にこの滝のことを聞いても、たいした反応は返ってこなかったので、そこそこの観光地、くらいにしか思っていなかったそうだ(地元の人は、あまり興味ない?)。

 

Img_1622_2  ふたりともその程度の予備知識しかなかったのが、かえってよかったらしく、とにかく、着いてみたら、眼にするものすべてが新鮮で、清冽な印象を受けた。本当に素晴らしいところだった。
 滝が四十八本、1か所に並んでいるわけではなく、役4kmの渓谷に沿って、いろいろな形状の滝が四十八ある。

 この日は、晴天。木々と滝の飛沫で、マイナスイオン(というものがあるのかどうか、よくわからないが)、たくさん!という感じ。

 「赤目」という名前の由来は、不動明王が赤い目の牛に乗って現れたという伝説から来ているそうだ。
 また、国の天然記念物に指定されているサンショウウオの保護地区でもあり、そのせいでこの自然も美しく残されているのかも。 と思うと、不気味なような、愛嬌があるような、のんびりやのサンショウウオがこの地の守護神なのかもしれない。


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  滝には、それぞれ名前が付いている。これは「行者滝」。

 滝が落ちていく滝壺は、水がエメラルドグリーンに輝き、魚が泳ぐ姿がちらりと見える。
 そして、底の方から、水晶を抱いた龍がゆらゆらと現れてきそうな、そんな神秘的な空気が漂っている。

 
 また、メインの道から外れて、細い急な階段があって、滑らないようにそろりそろりと登っていくと、天然の岩穴がそのまま祠になっていたりする。
 こういう所に来ると、自然に神様が宿ると信じたかつての日本人の精神性が凄くよく、肌で理解できる感じがする。

 渓谷を登って、すべての滝を見て、また降りて帰って来ると、たっぷり3時間はかかるらしく、1時過ぎにのんびり出かけた私たちは、「うわあ、こんな凄い所だと思わなかった」と何度も言いながら、3分の1くらいの地点で引き返した。
 それでも、行ってよかったと思う。

 「布曳滝」。
 「高さ30メートル。名のとおり、白布を長々とたらした優美な姿の滝。水が掘り込んだ滝壺の深さは何と30メートル」なんだとか

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 しばらく歩くと、布曳瀧という見事な瀧があった。高さは三十釈はあろうか。一条の布を掛けたように落ちる瀧は、深い青緑の瀧壺にまっしぐらだった。山陰になっているところで、ここばかりは水の流れもゆっくり底鍋を巻くように、蒼い色を湛えていた。底は見えない。私の古里の川にも、こういう淵があった。底には横に洞穴があって、「そこではな、きれいな橋姫が機を織ってはんねやで。」と祖母が言うていた。 
 布曳瀧のすぐ上には、瀧ヶ壺という深い淵があった。ここから落ちる水が、すぐ下の布曳瀧へ一挙になだれ落ちているのである。投身するなら、ここだなと思うた。ここから布曳瀧の瀧壺へすべり落ちれば、間違いなく途中の岩に頭蓋骨は摧かれるだろう。岩走る速い水の流れだった。
『赤目四十八瀧心中未遂』(車谷長吉/文春文庫)より

 Akame__2    
 あの赤目瀧がどのように描写されているか、知りたくなって、原作の方も読み始めている。
 矛盾した言い方だが、闇の輝きのような、不思議な魅力を放つ小説だ。
 主人公は、兵庫の尼ヶ崎に流れ着くようにしてやって来て、世捨て人のように暮らし、この赤目瀧を訪れ、同行したとある女――しかし、それほど親密ではない――と、心中したいと思う。
 最近の小説は、場所などあえて無名性な感じで描いているものが多いけれど、こんなふうに土地に密着した物語も味わい深い。でも、時代は昭和50年代。確かに現代では書けないだろうなあと思う。

 というわけで、次来た時は四十八滝すべて制覇するぞ、赤目滝リベンジ!を誓って、その日は赤目滝を後にした。時間ぎりぎりの中で食べた、土産物屋さんで出している山菜うどんが美味しかったのも、印象深い(ラーメンより、蕎麦より、うどん好きな私!)。

 それにしても、観光地として派手に宣伝されていなくても、日本にはよいところがたくさんあるんだなあ。よいところ、というか、ディープな場所が……。
 ここを小説のモチーフにした車谷長吉も凄いと思う。
 そして、日本は本当に水が豊かな国なのだなあと実感した(アニミズムと一神教の違いなんかも、しみじみ感じてしまうのであった)。
 隣接した場所に滝が四十八も流れているのだなんて、凄いことじゃないか。

 とにかく、こんなディープな聖地のような地に、車で30分(くらいだったかな?)の場所に、連れ合いが住んでいるというのも不思議というか凄いというか、なんというか。
 東京から遠く離れて……を、新幹線と近鉄線の乗車時間以上に実感してしまう。
 今回は、伊賀方面と合わせ、なかなか興味深い「観光」ができたと思う。

 東京にいると、慌ただしく日々が過ぎていくが、今も赤目滝では、あの清冽な滝が枯れることなくこんこんと流れ続けているのだ――ということに思いを馳せると、どこか、心の中が、しんと静まり澄んだようになる。

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2008年11月 8日 (土)

「礼華」礼讃

 今週木曜のお昼は、外出の用事があり、クレッソニエールにはさすがに行きすぎて、ちょっと違うものが食べたくなり、菊地成孔さんがHPの日記で紹介していた新宿御苑の礼華  (らいか)という中華料理店へ行った。

 あまりにあまりに美味しかったので、記憶が薄れないうちに書き留めておく。

 頼んだのは、一番リーズナブルな定食のセット。
 牛肉とニンニクの芽とパプリカの炒め物、ご飯とスープとザーサイ、あとシュウマイが1個。
 メインの炒め物は、牛肉とニンニクの芽の緑とパプリカの赤と彩りが見事で、全体にぴかぴか光っている感じ。
 口に運ぶと……う、旨いっ! 旨すぎる!!と心の中で。
 美味しい、なんていう言葉より、旨い!という感じなんだってば(笑)。
 ご飯もスープもシュウマイも、ザーサイに至るまで、何もかも旨い!
 熱々で料理すべてに勢いがあり、素材も新鮮な感じがした。
 あと、お茶飲みの私が嬉しかったのは、ひとりでもポットでジャスミンティーを出してくれるところ。

 さて、デザートに頼んだ杏仁豆腐――これがまた絶品!
 白いひし形の杏仁どうふの切れ端が、缶詰のみかんやなんかと一緒にシロップに浮いている、なんていう代物を想像するなかれ。
 白い器にそのまま冷やし固められた白雪姫の肌のような杏仁豆腐は、それはそれは滑らかな舌触り。するり、つるり、シルキーな……うう、どんな言葉でも表現できない。
 そして、赤いクコの実がたったひとつだけという、実に上品な見せ方、食べ方。
 私は杏仁豆腐好きで、中華に行けば必ず頼むし、自分でも出来合いの、ちょい高級目のを買ったりして、いろいろ食べているけれど、今までの人生で食べた杏仁豆腐の中で最も美味!と断言できる。

 仕事中のランチなのに、こんな至福を感じていいのだろうか、ああ、もう……という感じ(本当に美味しいものをきちんと正確に表現できるボキャブラリーがほしい!)。
 こちらも、クレッソニエールと同じく、1,000円で味わえる至福のランチ。
 杏仁豆腐は、別料金で300円。でも、「外のお昼代1,000円」といういつもの枠を超過しても、この杏仁豆腐は食べる価値あり!
 夜はほとんど外食しないし、お昼も外で美味しいものを食べられる日は月にそう何度もないので、外ランチの時は選択についつい力が入る。

 夜はそれなりのお値段のようだが――メニューをざっと見た感じでは、お酒代入れてひとり1万円くらい?――その価値はあるでしょう。
 マンダリンオリエンタルのSENSEに拮抗しうる味だと思う(ここくらいしか高級中華を知らないので、比較の対象もないけれど)。

 周りを見回してみれば、近くで働いている雰囲気のOLさん、数人のサラリーマングループ、リッチそうな年配のおばさまふたり連れ、ひとり客の女性などなど、幅広い客層と年齢層。
 そういうところは、たいてい美味しい。
 午後1時を過ぎてもほぼ満席の大賑わい。
 インテリアもいわゆる、赤、赤、そして金というようないわゆる中華カラーではなく、木のパーテーションを上手く配し、壁の渋めの竹のモチーフの絵とか、とてもシックな内装。
 外のテラス席もあり、そこにも竹が。でも、私は奥の大きなテーブルの相席で、それだけがちょっと残念だった(ひとりだと、こういう時、不遇な感じ)。

 さて、ここまで美味しいと思わなかったので、デジカメなんかもちろん持っておらず、写真はなしです。HPに結構美味しそうな写真があるので、そちらをご覧ください。
 それにしても、新宿御苑で働いていたこともあるのに、その時はこんな店、影も形もなかったよなあ。
 最近、あの界隈が結構活気づいていいる様子。
 確かに、新宿から近いわりには、御苑の雰囲気のせいか静かで、緑が清々しく、食事しに行く場所としてはよいと思う。

 菊地さんのグルメ情報は圧倒的に信用できる。
 菊地さんといえば、コンサートに先駆けて、今週末と来週末の2回、Bunkamuraでトークイベントがあるとのこと。
 勢いで両日とも申し込んでしまった。テーマがね、とっても面白そうなのですよ。
 というわけで、なぜか菊地さんづいているこの頃。
 新しいアルバム、買わないとね。

以下、トークイベントの詳細。

『菊地成孔コンサート2008』スペシャルトーク
<菊地成孔のナイト・ダイアローグ・ウィズ(NIGHT DIALOGUE WITH)>

【第一夜】「女は夜遊びの時、何に金を払っているのか?」
ゲスト:湯山玲子(クリエイティヴ・ディレクター)
日時:2008年11月 9日(日)17:30開場 18:00開始~19:00終了予定

【第二夜】「作品の中にある愛と性/作品の外にある愛と性」
ゲスト:金原ひとみ(小説家)
日時:2008年11月15日(土)19:30開場 20:00開始~21:00終了予定

会場:Bunkamuraオーチャードホール・ビュッフェ

料金:各回1,000円(ドリンク付/税込)
※当日精算
※定員になり次第、締め切らせていただきます

15日は満席、9日はまだ若干残っているそうです。
詳細はこちら

 

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2008年11月 2日 (日)

三重への旅<2>――伊賀街道を訪ねて

 「三重への旅①」の続きです。
 最初の夜のこと。夕食を食べるため適当に決めたイタリアンの店が、名張から車で20~30分くらいの伊賀というところだった。
 私はもちろん、連れ合いも初めての場所だが、意外と面白い土地で、古い建物がたくさん残っている。そのイタリアンの「リストランテ チッタ」というお店も、古い町家づくりの日本家屋をレストランに改装したところで、なかなかよかった。

 というわけで、二日日は、この伊賀を訪ねることにした。

 Img_1589 来てみれば、歴史のある街で、伊賀街道といって、昔は栄えていたらしいことがわかる。
 今も古い街並みが残り、古い家屋をそのまま店舗にしているはきもの屋さんだとか、和菓子屋さんやすき焼き屋さんなどがあるが、さすがにかつての賑わいはなく、日曜にもかかわらず、ひっそりとしていた。

 左端のミニ屋根みたいのが「うだつ」。火事の時の火除けの役目。うだつが上がる、上がらない、というのはここから来ている。なんとも優美なうだつ。やはり、うだつは上げたいもんですな。

 趣のある古い看板はそのまま出ているけれど、もう継ぐ人もいないのか、戸を閉め切った店が多くて、ちょっと寂れた感じも。
 こういう古い町を活かしながらもっと活気があればいいのになあと、他所から来た人間が言っても何も始まらないのだが……。

 ガイドも何も見ずに出かけたのだが(連れ合いの家のネット配線がまだ済んでいなかったため、インターネットにもアクセスできず)、これまた意外な展開、この伊賀は、松尾芭蕉の出身地でもあったのだ。
 ラッキーなことに、この日は生家の見学料が無料だった。ここだけは、さすがに見学客で賑わっていた。
 Img_1607 また、少し離れた場所に愛染院というお寺がある。
 芭蕉翁故郷塚(写真)が建っていて、そこには芭蕉の遺髪が納められているという。







 そして、そこの小さな庭園にあったのがこんなの。 Img_1606_3

 連れ合いと「こんなところになんでバナナの木があるんだろー、風土に合わないよねえ」と不思議がっていたのだが、生家を訪ねてわかったのだ。
 これが芭蕉なのであった。バナナの木ではない!
 ちょうど花が開き始めていて、垂れ下がっている巨大な楕円形のは蕾(!)らしく、これがどんどんと皮が剥けるように開いていくらしい。
 上部にある緑のバナナ状のもの(というか、ほとんどミニバナナ)が、実。
 ユーモラスというか不思議というか、グロテスクでもあり(笑)。
 こんなのをペンネームに使っていたとは、芭蕉先生、モダンじゃありませんか。
 で、確かにバナナ科の植物であることに間違いはなく、唐から渡ったものだそうだ。
 でも、この実は食べられないそうだ。食べられないのに、なんでこんなふうに、いかにも食べられそうな形状をしているのか?
 見れば見るほど、不思議な植物である。
 私は、水芭蕉と混同していて、あんなふうな白い花だとばかり思っていた(ああ、教養がないっ!)。
 なんと、こんな異国情緒な木だったとは。

 という大発見に驚きつつ、街の方へ出て、みのむし珈琲店(これも芭蕉の句が由来の店名)という、店主おじいちゃん、お客さんはほとんど地元のおばあちゃん、というほのぼのした珈琲屋で、ホットケーキとブレンドで一服。
 そこに置いてあったガイドブックをめくって、夕食のため、伊賀の鉄板焼きのステーキのお店を予約。判断の基準がないので、ガイドブックにあった「創業25年」というので決めた。
 長く続いているのは、きっとおいしいからだろうと、ほとんど勘で。

 それから、辺りをドライブ。Img_1613
 この日の夕焼けを車内から。
 ちょっとヴィム・ベンダースの「パリ テキサス」チック。
 周りにビルがないので、空が広い

 
 さて、この勘で決めたHIROというステーキのお店、選んで大正解!
 伊賀牛というのは、神戸牛、松坂牛と並んで、この辺では昔から有名なブランド牛なのだそうだ。
 ふだんは牛肉なんてほとんど食べないのだが、いやあ、やはりいいお肉は美味しい。
 鉄板でさっと焼いて、ブランデーをかけて燃え上がる炎を演出――上等な牛肉はプロの手で料理されたものを食べるに限るなあと思う。 
 ステーキの前には、サラダも出て、お肉のほかに野菜の鉄板焼きもあり、最後はお肉の脂でガーリックライスをつくってくれる(このセットで、あとフルーツ少しとコーヒー付きでひとり4,000円とは、お値段も良心的)。
 とってもバランスのよい流れ。でもって、食べ終えた後に気づくのは、お肉から始まって最後はガーリックライスで結構なボリュームだったはずなのに、全然胃にもたれないということ。Img_1616_2

 このお店の息子さんは東京の大学生だとか。でも継がせる気がはないとご主人は言う。
 鉄板の前に立ち、肉を25年間も焼き続けて、息子を東京の大学に行かせるなんて、たいしたもんだなあと思う。 

 というわけで、予定も立てずにふらっと出かけたわりには――この辺のアバウトさ(笑)が私も連れ合いも同じ感じ――楽しくておいしい日帰り旅行となった。
 期待していなかっただけに、驚きがあり、新鮮だった。
 東京から離れてみるのも、よいものです。

 次回、さらにディープな「三重の旅③」へと続きます。

 

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