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2008年6月21日 (土)

私だったら絶対はじめからマー君なんだけどな――       ドラマいろいろ最終回

 昨日、最終回を迎えたラストフレンズ。
 後半にさしかかるにつれて、ストーリー展開のためだけの出来事が多くなり、こじつけっぽくなってしまった。
 シェアハウスなのに、皆、自分の都合で相談もせずに、出たり入ったりで、部屋のシェアの費用はどうなってるのだ?とか、仕事はどうしてんの?とか、タケルは宗佑にあれだけの暴力を振るわれてなぜ警察に届けない?とか、DV男の部屋にひとりで訪ねて行くなんて危険なことをなぜわざわざするかね?(瑠可と美知留、それぞれ別に来訪)とか、ストーリーが進むにつれ、ドラマ全体が現実感を失い、細かいことが気になり、すべてがちぐはぐな感じに……。

 特に、宗佑の自殺はどう捉えるべきなのか?
 彼が死んでくれて、丸く収まりました、というのではあんまりだ。
 それに、ああいうタイプは自殺はしない。
 するとしたら、思い切り相手にシコリを残す形をとるだろう。
 永遠の復讐を果たすために。

 ああいうテーマをもってきた場合、どういう結末がいいのだろうか?
 優れた映画だと、無理矢理ハッピーエンドにはせず、でも主人公の視線がふっと開かれるようなところまでは描いて、後は観る人に委ねるようなゆるやかなものが多いが、民放のTVドラマだと、なんらかわかりやすい結末が求められるのだろう。
 でも、そんなに大甘にしなくたっていいと思う。
 今時の視聴者は、もっと見る目ができていると思うのだが?
 他のサイトなどちらっと見ても、あの最終回は不評の模様……。

 今までになかったテーマを描いていて、はじめはぞくぞくするくらい怖くて面白かっただけに、非常に残念だった。

 一方、予想以上によかったのが、Around40
 略して、「アラフォー」とかいうのだけは、馴染めないけど。
 理由は特にないけれど、生理的にやな感じ(話が逸れましたが)。
 このブログではまだ一度も書いていなかったが、欠かさず見ていたので、最終回の今夜、一気に。
 はじめは、40歳、40歳と騒ぎすぎ!と思ったけれど、結構、ちゃんと地に足のついたドラマになっていた。
 40を目前にして、焦ったり立ち止まったりする、Around40な女性たちのお話。
 天海祐希が精神科医(緒方聡子)の役で、まあ、専門職であれだけ経済的にも自立していれば(というか、フツーの男性よりよほどリッチ)、別に焦らなくてもいいんじゃない?という気がしないでもなかったけれど、それほど厭味になっていなくて、だんだんと感情移入できた。
 以前も、
天海祐希は女性建築家の役をやっていて、強いけれどさっぱりとした男前な感じで、働く女性をいい感じに演じられる女優さんだなと思う。。
 もっと若い頃は、大味な感じだったけれど、最近はいい感じ。
 それから、大塚寧々が演じるのは、虚構の世界をはったりで生きていくような女性誌の編集者、奈央。
 「ライフスタイルプロデューサー」(笑)みたいな男と、ついうっかり結婚してしまう(結局、破局するが)。
 その成りゆきを側でじっと見つめている幼馴染みのマー君(筒井道隆)は、
奈央は本当の自分の幸せでなく、人から幸せそうに見えることが大事なんだ」
というようなことを言う。
 鋭い言葉だと思う。
 女性誌の世界というのは、「人から幸せそうに見えること」がすべての世界と言ってもいいのだから。
 このマー君は、地味な店だけれど、味のいい料理を出す洋食屋をやっている。
 大橋貞夫がマー君の名前なのに、マー君と呼ばれているのは、昔、無理なダイエットをしていた十代の奈央に美味しいマカロニグラタンをつくってあげたことから来ている。
 マカロニグラタンのマー君。 
 確かにマカロニグラタンは素朴だけれど、お腹も心もほかほかになる温かくて美味しい料理。
 女性たちは、嬉しいことがあると、また、辛いことがあると、マー君の店にやって来て、ワインを飲んだり美味しい料理を食べたり、マー君に愚痴を聞いてもらったりしている。
 正に「癒し系な男性」。 
 マー君はふだんは寡黙で、粛々と料理をつくっているのだが、いざとなると言うべきことは言うし、やるべきことはやる。
 そんな実に実にいい男なのに、なぜか女性にはあまり意識されず、恋愛市場から半分降りているような形になっている。
 私は、初回から、なんということだ! なんで皆、気づかないんだ、私だったら絶対はじめからマー君なのに!と思っていた(笑*筒井道隆が、昔から好きだったせいもあるけれど)。
 何しろ料理が上手だし(ていうかプロだし)、存在そのものが滋味に富んでいるというか。
 マー君、いい味出してました。
 最終回は、昔から想いを寄せていた
奈央と店を一緒に切り盛りすることになったから、よかったけど。
 
 
 天海祐希演じる緒方聡子(なんか、凄く賢そうな名前:笑)は、よく
「私の幸せは私が決める」
 と言っていた。これもいい言葉だなあと思った。

 自分の幸せを、世の中のモノサシで図ろうとするからいろいろ辛くなるんじゃないかな。
 生活するのに困るくらいお金がなかったりすると確かに辛いけれど、後は「世間様」はどうだか知らないけれど、
「私の幸せは私が決める」と思えたら、少しは楽になれるかも知れない。
 ドラマのストーリーとしても、
今は目の前にいる患者さんのために尽くしたいという目的をまず優先させ、恋愛や結婚より仕事を選ぶのだが、それが無理のない感じでよかった。
 だからといって、この先ずっと
恋愛や結婚を諦めるわけでもない。
 今、仕事を優先させると、40だから子どもはもう生めないかも知れないが、それはそれでいい、と言う聡子は潔くて、ちょっと勇気づけられた。
 人生、何もかも手に入れることはできないのだから、とりあえず目の前にある大切なことを大切に地道にやっていく、というメッセージ。
 他のキャラクターも、このままでいのだろうか?と
焦り、突然十数年ぶりに働き始める主婦の瑞恵(松下由樹)とか、緒方聡子の恋人役に、収入も地位も彼女より低い臨床心理士の岡村さん(藤木直人だから、ま、イケメンではある)とか、なかなか現実的な設定だった。
 若い子ばかりの浮わついた恋愛ものや、大人というとやたら不倫に走るような、そういうのではなく、こういうリアルなオトナの女性をテーマにしたドラマを見たいと思う。
 

 そして、
ちょっとうろ覚えだが、テーマソングにこんなフレーズがあった。

「隣の芝生が青く見えたら 自分の庭に花を植えよう」
――竹内まりや「幸せのものさし」
 

 そうだよねと、時折、口ずさみたくなりますよね。

 

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コメント

録画してたのを見たんですが、がっかりー。ラスフレ。推測するに、脚本家さんは意志にそぐわない形であれを書いたんじゃないかなあと、。だって、まだあと1章のこってるのに「最終章」ってヘンだなあと思ったし、来週また特別編、ってのもなんかヘン。

 手垢のつきまくった展開(米の匂いかいでウッ…あなたもしかして、、とかw)、時間あまってたの?というムダなシーン(トラック事故)。適当におさめておけばいいやみたいなたたみ方で残念でした。

何より上野樹里の演技が、いきなり、糸がきれてフツーの女の子になっちゃってたのが残念。記者会見のシーンも、きれい事で済ましてるし。

後半くらいから次週予告の映像も間に合ってなかった感じだったので、相当やっつけで作ったんじゃないかと推測しています。

でもじゃあどんな終わりだったら納得いったの?って考えるとねえ、。

ベタな展開のわりにぐっとくるドラマだったのに、最後がこれでホントに残念です。

投稿: mamiko | 2008年6月21日 (土) 08:54

mamikoさん
>米の匂いかいでウッ…あなたもしかして
 ↑
笑:ほんとにねえ……。

他にも、妊娠初期ならともかく、大きなお腹を抱えて旅館で配膳の仕事ってあり?とか、美容院の同僚の女性もDV被害者っぽかったけど、何の絡みもなくいったい?とか、
最後のあの事故の意味はないじゃんとか、宗佑が自殺しているシーンでは救急車呼ばないのかよ?とか、突っ込みどころ満載になっていましたし。
やはり、「細部に神は宿る」というし、ドラマとはいえあまりにも現実を無視したつくりは、しらけますよね。

本当はかなり深刻な問題なのに、あのように中途半端に描かれては、かえって問題が軽視されるような……(DV男は、都合よく死んでくれないって)。
途中まではよかったんですけどね。

mamikoさんのおっしゃるとおり、脚本家さんはきっと不本意だったのだろうと、私も思います。

「ハッシュ!」(邦画)といういい映画があるのですが。
ゲイのカップルとやさぐれ女ひとりとのあれこれを描いていて、やはりそういう映画の方が力があるなあ、と思ってしまいます。


投稿: Kate | 2008年6月21日 (土) 15:14

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