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2008年6月に作成された記事

2008年6月22日 (日)

6月の花々とエルサ・ベスコフのバッグ

 

Img_1467_2  梅雨のじめじめした空気のなか、クレマチスの凛とした青紫が爽やか。
 先日、お馴染み青山フラワーマーケットにて1本だけ購入。
 イギリスの庭園などでは、バラと組み合わせることが多く、可憐なバラにこのすっきりとしたクレマチスが少しあると、いいアクセントになる。
 この6月18日に亡くなったターシャ・テューダーも庭に育てていたし、絵にも描いている
 ターシャは、年齢的に言うと、天寿をまっとうしたという感じだが、大好きな人だったので、寂しい。
 でもきっと、天国でもたくさんの花に囲まれている思う。
(どうか安らかにお眠りください……)

Img_1460_2

 咲いている花の下に、寄り添うような蕾がふたつあったけれど、開くまでには至らなかった。
 部屋に一輪でも花があると、ふっと空気が変わる感じ。
 とはいえ、平日の日中は家にいないので、花を買うのは週末だけ。

(関係ないが、後方のポストカードのオジサンは、ウィリアム・モリス)







 

 

 ブログ上で仲良くさせていただいているcalvinaさんのブログ、Calvina's Corner で、先日楽しいフェアがありました。
 ブログ上で、手芸家、工芸家、写真家などなど、いろいろなものづくりの人たちの作品を発表し、そのいくつかがブログ上で購入できるというもの。
 今回私は、エルサ・ベスコフ(1874年~1953年)というスウェーデンの絵本作家の絵のテキスタイルを使用したバッグを購入。
 Photo エルサ・ベスコフは、妖精だとか、子どもや動物をテーマにした絵本をたくさん描いた人です。

ベスコフの絵本

 スウェーデンでもすでに廃盤で、今ではどこにも手に入らない貴重な布をcalvinaさんが入手し、Le*Cadeau(ル・カドゥ=贈り物)というアトリエでバッグに仕立てたという、貴重な超レアもの!

 「春のピクニック」という名前のバッグです。


 





Img_1487 さて、その素敵なバッグがこちら。
 裏地には麻布が張ってありリバーシブルにもなり、留めるための水色のリボン付き。
 内側にポケットもひとつあるので、便利。
 ピーターラビットとかアリスはいろいろなグッズになっていたりするけれど、北欧ものはムーミン以外はほとんどないので、かなり嬉しい!
 ラブリーすぎて、いつ使ったらいいのかわかりません。
 しかし、持って歩きたい!
 エルサ・ベスコフ知ってる人なんて、滅多にいないだろうなあと思いつつ、このバッグとの初お出かけは先週のルドゥーテ展となりました。
 見終わった後、売店であれこれ物色していると、レジの方たちが「あ、ベスコフのバッグ!」「ほんとだ~」「かわいいーーー」「あんなの売っているんだ」「自分でつくったのかな?」なんて、噂し合っているではありませんか。
 内心、「うふふっ」としながら、さすがBunkamuraの美術館の売店の方たちだわ!と思ってうろうろしていると、売店の一角では、ベスコフのポストカードがたくさん置かれていました。なるほどね。すぐわかるはず。
 その時のルドゥーテ展もそれはそれは素晴らしいものだったので、この報告はまた後日に。

 

 絵を観に行く時、友だちと休日にお茶する時などに持ちたい軽やかなバッグ。
 こんな可愛いものを、いったい幾つまで持ち歩くのか、私は……とふと思ったりするのだけれど(未だにミィのTシャツとか着てるし)、この際、もう一生だ!と思う。 
 絵自体に力があって、素材も良質なものは、変なファンシーさもないし、ポイントとして取り入れるのは悪くはない。

全体                       
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部分

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Img_1482_3 バッグのおまけにと、calvinaさんはチョコレートやキシリトールキャンディ(どちらも北欧もの)を入れてくださったのですが……ムーミンの紙ナプキンに包まれていて、これがまた可愛いすぎる!

 こういうの、捨てられませーん!


 

 というわけで、素敵なブログ・フェアを開催してくださったcalvinaさんに感謝。
 ネットもこんなふうな世界を展開できると、本当に本当に素敵なメディアになると思う。



Img_1484 そして、今、部屋にあるのは、房スグリ。
 こちらも青山フラワーマーケットの。
 気温が高くなると花も傷みやすいから、こういう枝ものがいい。
 この赤い実、つやつやとしていて、透明感があって、まるで宝石のよう。 
 この房スグリをモチーフにした妖精のお姫さまとか、ベスコフも描きそうな感じ。
 こんな植物が庭にあって、陽射しが当たって輝いていたら、さぞかし美しいことだろうと思う。
 庭に、バラとクレマチス、房スグリ……などなどがあったらいいなあと、アパート暮らしの私は夢見る。
 

 
 ところで、私の周囲では、乳ガンになる人が多く(知人の家族という感じで)、「最近、乳がんになる女性が増えているから、気をつけてね。検診は大事よ」などと言われる。
 年齢的にも他人事ではないなと思う。
 病気も災害も事件も事故も、自分ひとりの力ではどうにも防ぎようのないことが多い。
 特に、自然の前では無力だ。
 でも、恐れてばかりいても仕方がない。

 とりあえず、今日は房スグリを眺めつつ、おいしい紅茶が飲めることに感謝しつつ……。

  
 

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2008年6月21日 (土)

私だったら絶対はじめからマー君なんだけどな――       ドラマいろいろ最終回

 昨日、最終回を迎えたラストフレンズ。
 後半にさしかかるにつれて、ストーリー展開のためだけの出来事が多くなり、こじつけっぽくなってしまった。
 シェアハウスなのに、皆、自分の都合で相談もせずに、出たり入ったりで、部屋のシェアの費用はどうなってるのだ?とか、仕事はどうしてんの?とか、タケルは宗佑にあれだけの暴力を振るわれてなぜ警察に届けない?とか、DV男の部屋にひとりで訪ねて行くなんて危険なことをなぜわざわざするかね?(瑠可と美知留、それぞれ別に来訪)とか、ストーリーが進むにつれ、ドラマ全体が現実感を失い、細かいことが気になり、すべてがちぐはぐな感じに……。

 特に、宗佑の自殺はどう捉えるべきなのか?
 彼が死んでくれて、丸く収まりました、というのではあんまりだ。
 それに、ああいうタイプは自殺はしない。
 するとしたら、思い切り相手にシコリを残す形をとるだろう。
 永遠の復讐を果たすために。

 ああいうテーマをもってきた場合、どういう結末がいいのだろうか?
 優れた映画だと、無理矢理ハッピーエンドにはせず、でも主人公の視線がふっと開かれるようなところまでは描いて、後は観る人に委ねるようなゆるやかなものが多いが、民放のTVドラマだと、なんらかわかりやすい結末が求められるのだろう。
 でも、そんなに大甘にしなくたっていいと思う。
 今時の視聴者は、もっと見る目ができていると思うのだが?
 他のサイトなどちらっと見ても、あの最終回は不評の模様……。

 今までになかったテーマを描いていて、はじめはぞくぞくするくらい怖くて面白かっただけに、非常に残念だった。

 一方、予想以上によかったのが、Around40
 略して、「アラフォー」とかいうのだけは、馴染めないけど。
 理由は特にないけれど、生理的にやな感じ(話が逸れましたが)。
 このブログではまだ一度も書いていなかったが、欠かさず見ていたので、最終回の今夜、一気に。
 はじめは、40歳、40歳と騒ぎすぎ!と思ったけれど、結構、ちゃんと地に足のついたドラマになっていた。
 40を目前にして、焦ったり立ち止まったりする、Around40な女性たちのお話。
 天海祐希が精神科医(緒方聡子)の役で、まあ、専門職であれだけ経済的にも自立していれば(というか、フツーの男性よりよほどリッチ)、別に焦らなくてもいいんじゃない?という気がしないでもなかったけれど、それほど厭味になっていなくて、だんだんと感情移入できた。
 以前も、
天海祐希は女性建築家の役をやっていて、強いけれどさっぱりとした男前な感じで、働く女性をいい感じに演じられる女優さんだなと思う。。
 もっと若い頃は、大味な感じだったけれど、最近はいい感じ。
 それから、大塚寧々が演じるのは、虚構の世界をはったりで生きていくような女性誌の編集者、奈央。
 「ライフスタイルプロデューサー」(笑)みたいな男と、ついうっかり結婚してしまう(結局、破局するが)。
 その成りゆきを側でじっと見つめている幼馴染みのマー君(筒井道隆)は、
奈央は本当の自分の幸せでなく、人から幸せそうに見えることが大事なんだ」
というようなことを言う。
 鋭い言葉だと思う。
 女性誌の世界というのは、「人から幸せそうに見えること」がすべての世界と言ってもいいのだから。
 このマー君は、地味な店だけれど、味のいい料理を出す洋食屋をやっている。
 大橋貞夫がマー君の名前なのに、マー君と呼ばれているのは、昔、無理なダイエットをしていた十代の奈央に美味しいマカロニグラタンをつくってあげたことから来ている。
 マカロニグラタンのマー君。 
 確かにマカロニグラタンは素朴だけれど、お腹も心もほかほかになる温かくて美味しい料理。
 女性たちは、嬉しいことがあると、また、辛いことがあると、マー君の店にやって来て、ワインを飲んだり美味しい料理を食べたり、マー君に愚痴を聞いてもらったりしている。
 正に「癒し系な男性」。 
 マー君はふだんは寡黙で、粛々と料理をつくっているのだが、いざとなると言うべきことは言うし、やるべきことはやる。
 そんな実に実にいい男なのに、なぜか女性にはあまり意識されず、恋愛市場から半分降りているような形になっている。
 私は、初回から、なんということだ! なんで皆、気づかないんだ、私だったら絶対はじめからマー君なのに!と思っていた(笑*筒井道隆が、昔から好きだったせいもあるけれど)。
 何しろ料理が上手だし(ていうかプロだし)、存在そのものが滋味に富んでいるというか。
 マー君、いい味出してました。
 最終回は、昔から想いを寄せていた
奈央と店を一緒に切り盛りすることになったから、よかったけど。
 
 
 天海祐希演じる緒方聡子(なんか、凄く賢そうな名前:笑)は、よく
「私の幸せは私が決める」
 と言っていた。これもいい言葉だなあと思った。

 自分の幸せを、世の中のモノサシで図ろうとするからいろいろ辛くなるんじゃないかな。
 生活するのに困るくらいお金がなかったりすると確かに辛いけれど、後は「世間様」はどうだか知らないけれど、
「私の幸せは私が決める」と思えたら、少しは楽になれるかも知れない。
 ドラマのストーリーとしても、
今は目の前にいる患者さんのために尽くしたいという目的をまず優先させ、恋愛や結婚より仕事を選ぶのだが、それが無理のない感じでよかった。
 だからといって、この先ずっと
恋愛や結婚を諦めるわけでもない。
 今、仕事を優先させると、40だから子どもはもう生めないかも知れないが、それはそれでいい、と言う聡子は潔くて、ちょっと勇気づけられた。
 人生、何もかも手に入れることはできないのだから、とりあえず目の前にある大切なことを大切に地道にやっていく、というメッセージ。
 他のキャラクターも、このままでいのだろうか?と
焦り、突然十数年ぶりに働き始める主婦の瑞恵(松下由樹)とか、緒方聡子の恋人役に、収入も地位も彼女より低い臨床心理士の岡村さん(藤木直人だから、ま、イケメンではある)とか、なかなか現実的な設定だった。
 若い子ばかりの浮わついた恋愛ものや、大人というとやたら不倫に走るような、そういうのではなく、こういうリアルなオトナの女性をテーマにしたドラマを見たいと思う。
 

 そして、
ちょっとうろ覚えだが、テーマソングにこんなフレーズがあった。

「隣の芝生が青く見えたら 自分の庭に花を植えよう」
――竹内まりや「幸せのものさし」
 

 そうだよねと、時折、口ずさみたくなりますよね。

 

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2008年6月15日 (日)

絶望の闇のナイフ

 昨日の日記 の補足です。
 加害者の携帯への書き込みを、時系列に沿ってある程度きちんと読んでいくと、また違った印象が生まれてくる。
 映像ディレクターの方による日記に、掲載されています→殺人鬼の絶望的な孤独
 一部の抜粋を読み、全体を判断してしまうことの怖さ、報道の怖さを感じた。
 決して許されることではないが、彼の感情に共感できる人は多いのではないか。
 しかし、それも、この事件を起こしたからこそという残酷な皮肉……。

 そのブツ切れの短い言葉が、ただただ、ひたすら哀しい。

 昔は、ぼーっとしている人には、お嫁さんを世話してくれる人がいた。
 そんなに誰も彼も恋愛して、結婚していたわけではない。
 今はぼーっとしていると、恋愛市場においても「負け組」となってしまう。
 恋愛市場だの、「モテ」だの言っても、しょせん、消費を煽るための幻想のような気がするのだが……。
 その価値観にまんまと乗せられないことが大事ではないかと。
 とはいえ、そういう圧力は強大であり、なんというか、女も男も大変な時代である。

 仕事も、あまり恵まれない環境にいる人には、何だかんだと世話を焼いてくれる人がどこからともなく現れたりしたものだ。
 現に私自身が、そうやって周囲に助けられてやってきたのだから、本当だ。
 何も50年前とかの話ではない。
 本当にここ10年くらいで、日本は変わった。
 仕事、家族、人間関係、地域など、あらゆる絆から切り離されて生きている、ぎりぎりの若い人が大勢いる。

 それにしても、絶望を、ナイフにではなく、もっともっとたくさんの言葉に託すことができていたら……と思わずにはいられない。

 

<唐突に追記>
  藤森かよこさんの日記
 ちょっと泣きそうになってしまった。
 と同時に、こういう大人がいてくれることに、安心する(私も大人のひとりのはずなんだが)。
 なんか、私自身が励まされてしまった。 
 もうね、犯罪心理学とかいう人の分析は聞きたくないってば。


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2008年6月14日 (土)

失われた生きる喜び

 6月8日の秋葉原の事件について。
 加害者について、事件について何もかも知りたいような、もう何も知りたくないような相反する気持ちにかられている。

 真っ先に思い浮かべたのは、雨宮処凛さんの著書。
 過酷な状況で生きる若者のことが克明に綴られている。
 ネットの「マガジン9条」でも、秋葉原無差別殺人、の巻 という一文を書いているので、これを読めば、あの加害者の置かれた状況など、詳しくない人でもだいたい想像がつくのではないかと思う。

 しかし、そういった外部の要因だけとも思えない。
 今後、社会的、心理的な分析が山ほどされてゆくと思うので、いちいち述べないが、彼は生きる喜びのようなものを感じたことがほとんどなかったのではないか?と私は思う。
 厳しい人生だけれど、その中にも喜びや美しい瞬間はたくさんある。
 きっと、彼の両親は、学校の勉強という数値で図れるものにしか価値を見出さない人間だったのではないか。

 文学や芸術、音楽、おいしい食べ物、自然……人生の中で引き出しや愛する世界が多いほど、挫折したとき、そういったものが支えになるし、また人と人を結びつけるものにもなる。そういうつながりで、「友だち」もできる。
 ただゴロンとそこに存在し、「友だちがいない」「彼女がいない」とすねて、嘆かれても――つまりは、「俺を愛してほしい」という叫びなのだろうが――他人にはどうしようもない。 
 そのためには、それなりのコミュニケーションをとらなくてはならない(彼はそのとり方がわからなかったのだろうけれど)。

 父親が部屋着のような軽装で、自宅の庭先で謝罪の記者会見を開いているのを見たとき、妙な違和感を覚えた。
 この親もまた、世界や他者との関わり方が欠落しているのではないか?というような。

 外界の物事に感応し、他者に共感し、コミュニケーションが取れること。
 人生に喜びを見出し、生き抜く力は、そこから生まれる。
 何よりも大切なことであり、これは学校の授業では教えてくれない。
 今回の加害者に関わらず、こういった力を失っている人が多いような気がする。
(かくいう私も自信はないが……)
 幼少期の頃に接する親や周りの大人から学んでいくしかないのだけれど、大人そのものが精神的に貧困な場合、どうすればいいのだろう?
 今まで日本は、なんとなくお金でごまかせる部分も多かったけれど、経済も貧困となった今は、何もかもが剥き出しな感じだ。

 多くの人を殺し、傷つけた彼は、誰よりも自分を抹殺したかったのではないだろうか。
 この事件とは別に、自殺者が多いのも、地続きのことのような気がする。 
 
 GDPの低そうなイタリアとかキューバとか、なんか皆、そこそこ楽しそうにやってるような気がするけれど、貧しくても「食べて笑って歌って踊って」みたいにならんものかねえ(と、イタリアのこともキューバのこともよく知らず、極めてアバウトなこと言ってますが……)。

 なんにせよ、彼個人だけの問題ではなく、今の日本を象徴した事件であることは、間違いない。
 しかし、だからといって、許されることではなく、彼のまきぞえになった被害者の方々は本当にお気の毒である。

 

 以下、参考までに。

 評論家の東浩紀氏は、あくまで社会的な側面から、一種のテロとして見つめていて、これもひとつの的を得た分析だと思う。
絶望映す身勝手なテロ

 平川克美氏がブログで秋葉原の事件で、よくわからないことという日記を書かれており、この事件をどう捉えるべきかの手がかりになる。
 内田樹氏のブログにリンクが貼ってあったので、すでに読まれた方は多いかもしれないが。

 また別に、ちょっと心救われる思いがしたのは、『カラマーゾフの兄弟』の新訳をされた亀山郁夫氏の日記。
Cafe Karamazov←6月10日と12日を!
 ドストエフスキーの作品と絡めて、生命について根源的なことを言及されており、やはりテレビにひょこっと出てくる評論家(もどき?)の言葉と比べたら、深く重く、そして清々しい。
 やはり、文学の役割、必要性を感じるのであった。
(と言いつつ、私は『カラマーゾフの兄弟』未読なのですが。近いうちに挑戦したい。『罪と罰』は、大島弓子のマンガで読み、感動した記憶があるのだが……)

>秋葉原事件は、21世紀にはいって日本が根本から変わりつつあることを示す象徴的な
>事件として記憶されるような気がする。6.8事件として。
 Terrible,but (6月10日)より 

 という一文が印象的だ。

 きっと、ああ、あの事件がきっかけだったかも、と振り返って思うことがたくさん出てくるのだろう。これから……。
 心に与える不安感は量り知れないが、社会のシステムにも影響を与えるに違いない。 
 ちょっとでも挙動不審な者は職務質問され、街の至るところに監視カメラが置かれ、ネット上にも監視の目が光り、あやしい者は警察に密告され……。 
 そんな、ますます息苦しい、「社会主義国」のような社会が到来するのかも知れない。
 すでにそうなりつつあるし。
(厳しい監視も死刑も犯罪の抑止にはならないと思うんだけどな……事件の起こる背景を考えないと意味がない)

 さて、最後に、最近たまたま手にした『ダライ・ラマ 死と向き合う智慧』 という本に、ダライ・ラマのこんな一説があった。

 

 私は常々、人生、生きられるのは百年だと考えています。
 
地球の歴史に比べれば、あっという間のできごとです。
 ですから、このごく短い人生を、せめてほかの人々に苦しみを与えないようにして過ごすべきです。
 
破壊的なことがらに手を染めず、建設的なことをして――少なくとも人に害を及ぼしたり迷惑をかけたりせずに――生きるべきです。

 そうすれば、旅人としてこの地球に滞在する短い期間にも、意味があるのではないでしょうか。

 

 苦しみを与えられてきた民族の、一番上に立つ人の言葉だから、なおさら重い。
 本当に短い人生なのに、人間は何をしているのだろうか?
 私も旅人のひとりとして、できるだけ、ほかの人に苦しみを与えないようにして生きたい。

 

 

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2008年6月 1日 (日)

おふたりにお会いしました

Photo 5月30日(金)は、有休をとってこのおふたりに会いにゆきました。
 薬師寺からいらした日光菩薩と月光菩薩です。
 国宝薬師寺展
 calvinaさんのブログ に「祈りを誘うかたち」という表現があって、これは見なければ!と思ったのです。

 さて、当日は平日にも関わらず、長蛇の列……なんと70分待ち。
 並び始めて、ああこりゃあ平日の午後だからこそ混む客層だわい……と気づくが、意を決して忍耐強く並ぶことにした。
 70分というのはちょっと大げさなんでは?と思ったのだが、ちっとも大げさではなく、しっかり70分。
 もしかしたら……図っていなかったけれど、80分くらい並んだかも知れない。
 5月下旬とは思えないほどの寒さの中、雨が降らないだけまし、と思いながら。

 でも、それだけの甲斐はあった。
 薬師寺では、光背を背負っているから、後姿を見ることはできないのだけれど、今回の展示では、360度あらゆる角度から拝むことができるのだ。
 その後ろ姿のなんと優美なこと!
 背中のラインと腰のひねりには、なんというか、なまめかしさすら感じた。
 そして、静かな佇まいと穏やかな表情。
 つややかで、滑らかな肌。
 衣の襞に動きがあり、優雅。
 静かなのに、躍動感がある。
 魂が宿っている、というのはこういうことを言うのだろう。
 1300年前、1300年前……と心の中で何度となく呟く。
 いったいどんな人たちが創り上げたのだろう。
 私も本当に「祈りを誘うかたち」だと思った。

↑月光菩薩

 1300年前の日光菩薩と月光菩薩を見ながら、人類は進化しているどころか、退化しているのではあるまいか、など、そんなことを考えるともなく考える。
 現代の私たちがつくったものの中で、そのまま残り続け、1000年後の人々の心を打つような何かがひとつでもあるだろうか?

 NHKスペシャルでは、薬師寺のご住職が、今の不安・不信だらけの世を浄化するために多くの方にご覧になっていただくことにしました、というようなことを仰っていた。

 本当に、ちょっと浄化されたような気持ちになった。

Photo_2                     

                   

日光菩薩→  

*画像は、国立博物館の公式HPからお借りしました。

 

 他にも板に描かれた神像、出土された人形の欠片、吉祥天像などの展示もあり、なかなか見応えがあった。

 奈良にも一度ゆっくり行ってみたい。

 

 ところで、このおふたり以外にも、実は会場で凄いおふたりを目撃した私。 
 ひっそりとオーラを放つふたり連れがいて、あ、誰かなんだけれど、誰だっけ……と一瞬考えた後、すぐにわかった。
 なんと、漫画『陰陽師』の作者、岡野玲子さんと、夫の手塚眞さん(雑誌などで拝見したことがある)。
 上野に向かう電車の中で、薬師三尊は平安時代のもの……というと、安倍晴明と同時代か、などと、ぼんやりと岡野玲子さんの『陰陽師』のことを思い出していたのだ。
 びっくりしつつ、薬師寺展にいらしているのは、実にもっともな感じもしたりして。
 5月20日の時点で50万人突破ということらしいから、数十万人が来場している中で、「偶然」居合わせるというのは、凄いシンクロ率だと思うのだが。
 「『陰陽師』、全巻読みました!」とサインしてもらえばよかったと後から思ったけれど、何も言えなかった(とはいうものの、終盤にさしかかるにつれ、あの漫画、私には理解不能だったのだが:笑)。
 でも、あの場に居合わせただけでも、恩寵を受けたような気持ち。
  私はあの漫画を読みながら、平安の空気をまるで経験したかのように描ける岡野玲子さんという漫画家はいったいどんな人なのだろう……と思っていたので。
 ちなみに、生・岡野さんはご自身が描く絵のように、美しい人でした……(手塚氏はよく目立つ金髪だった)。

 というわけで、なんだかありがたい一日だった。

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