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2008年5月10日 (土)

そういう人に限ってそれができない

 昨日(木曜夜)もドラマ「ラストフレンズ」を食い入るように見てしまった。
 ああ、そっち(DV男の元へ)行っちゃダメだってばと心の中で叫ぶのだが、彼女は行ってしまうんだな、これが。
 うう、もどかしい……。

 幸せな子ども時代をすごせずに生きてきて、大人になった今は、どんな人よりも幸せになって、好きな人に甘えられたらいいのに、そういう人に限ってそれができない。
 甘えるどころか、人のために尽くしたりする。
 それも、自分を殴り支配するような人間に……。
 美知留が正にそういうタイプだ。
 危うくて痛々しくて、見ていられない。

 一方、タケルは自分が傷ついてきたことで、被害者意識を持つよりも先に、同じ匂いのする人間を見抜いてしまい、そういう人にやさしさを注ぐ。
 今回、一番感動したのは、タケルが「宗佑にまだどうしても惹かれてしまう」と言う美知留を、頭ごなしに否定せず、静かに受け入れるところだ。
 人間というのは理屈だけで動けない。
 決して幸せにしてくれる相手ではないと頭でわかっていても、離れられないこともある。
 そんな不条理な生き物なのだ。
 はい、それは共依存ですね、などと助言したところで、当事者は聞く耳を持たないだろう。

 そして、瑠可の、美知留への秘めた想い。
 相手に自分の気持ちを伝えられないということは、伝えて傷つくことより苦しい。
 この前も書いたけれど、上野樹里ちゃん、瑠可の屈折した想いをよく表現していて、よい!
 あのツンツンとした少年っぽいショートカット、誰かに似てるな、誰だろう?と思っていたら、「星の王子さま」だった。
 赤いバラの世話をせっせとしていた切ない王子さまに、よく似ている。

 DV男・宗佑のトラウマは何なのか、気になるけれど、明かされないほうがいい。
 「約束を守らなかった」ことを執拗に問いただすという、強迫神経症的な描き方だけで十分だ。
 これ以上いろいろ生い立ちの説明など入って、ありがちな「トラウマ解説ドラマ」になってほしくないし(そうなりそうな気もするが)、そういうのでわかったつもりになるのも空しい。
 以前、私もかつて、すごーくいやな人間に出会うと、にわか精神分析医めいたことをしたりしていたが、結局、納得できる答えはどこにも見出せなかった。
 人間なんて、そう簡単なものではない。
 第一、自分のことだって、どれだけわかっているんだか知れたものではない。

 ところで、「歪んだ甘い時間」も若い頃は、それなりに刺激的だったりドラマティックだったりするかもしれない。
 しかし……うっかりそのまんま結婚してしまい、子どもを産み、年を重ねていったとすると……どうだろうか。
 甘い時間など、とうになくなり、そこにあるのは、歪んだ日常だけになるのかも。
 その頃には、もうそこから逃げ出すことはできなくなる。

 連休明けで、くたびれ気味の週末なのに、1本のTVドラマからいろいろ考えてしまった。

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コメント

私も見てて、タケルのような対応ができればよかったのになあと思いますよ。でも相手のことがすごく好きだとそれが難しかったりするんですよねえ。
 私もやっぱり人間というものに興味がありすぎて、昔から人を「観察」して「分析」するようなところがあったんですけど、今はそれで何かをわかったようなつもりにならないように自戒してます。自分がいろいろ問題をかかえているときに他人に「分析」されて、しかもそれがとても当たってるような気がしたときほど、耐えられなくつらかったことはなかったしなあ、、って思って、。

 とかついついベタなドラマなのに熱く語っちゃいますねえ、。

投稿: mamiko | 2008年5月12日 (月) 08:36

mamikoさん
そうなんです、ベタなドラマなんだけど、どこか人の琴線に触れるものがあるようです。

他人に分析されると――それもかなり鋭く――なぜあんなに不快なんでしょうね?(笑)
私も経験あります。
分析が的外れだと、また別な感じで腹が立つし。
知ったふうなことを言うな、みたいな感じで。
なのに、自分も他人のことを分析しちゃうんだなあ。
今は、自分も含め、周りにそういう切羽詰まった状況の人はいないので、落ち着いていますが、まあ私も、過去にはいろいろありました。
人間関係も仕事も安定しているのが何よりです。

人が人を救えるのかという究極の問題に挑んだのが萩尾望都の『残酷な神が支配する』(義父に精神的・性的虐待を受ける少年の物語)だと思います。
被害者が加害者になる過程(これが一番怖い)も克明に描かれています。
カテゴリー=コミックの欄にこの作品について書いていますので、お暇な時にでもお読みいただけると幸いです。

投稿: Kate | 2008年5月13日 (火) 00:13

わー。萩尾作品はほとんど読んでいる(持っている)のですが、この作品だけは連載時に読み進めるのがつらくて、結局買ってないんですよ。でもいちおう何年か前に漫画喫茶で読んだかなあ。でも一気読みしたのでよく覚えていない、。でも、読むのがつらいと思ったのは結構前の話で、私はここ数年で逆にいろいろあって、考えがだいぶ変わったというか進んだので、今読んだらもうちょっと違う読み方ができるかも。また改めて読んでみたいと思います。
 知り合いが、「性犯罪被害にあうということ」という最近出た本のレビューを書いていて(私はまだ読んでない)、被害者が立ち直る課程でおこる「第二反応」(感情が自分ではコントロールできずにあふれ出て、身近な人に攻撃的になる状態)という話が出ていて、身近な知り合いを見ても思い当たることがあり、ちょっと読んでみたいと思いました。
http://www.amazon.co.jp/dp/4022504218/

 「分析」といえば、ノー天気な私ですが、最近久々にちょっと打ちのめされるようなことがあって、友人たちが、私をそこからすくい上げようと、いろいろ私がなぜそうなったかを「分析」してくれてアドバイスしてくれるんですけど、渦中のときはそれがとてもつらかったです。その分析が、「だからおまえはダメなんだ」にしか聞こえないんですよね。でもそれに対して「違う、それは違う」と否定したい気持ちが、逆に自分にとって本当の原因を発見させるきっかけにもなりました。友人が指摘した「原因」は確かにワンオブゼムであったけども、根本的な要因ではなかったし、その友人の指摘した要素は、確かに欠点でもあるけど私の重要な性質のひとつでもあったわけで、だからそれを「ダメ」だと指摘されると人格を否定されたような気になったのかなあ、と今は解釈しています。


 って長くなっちゃったw すいません。


 

投稿: mamiko | 2008年5月13日 (火) 11:48

mamikoさん
『残酷な神が支配する』は誰にでもすすめられる作品、というわけではないので、無理にはおすすめしませんが。
危機的状況にある人間に対して、心理学的なアプローチあり、身近な人間が命がけで愛そうとする姿ありと、いろいろ考えさせられるのは確かです。

分析話で思い出したのですが。
私の場合、相手が、自分もかつて経験した問題を、私に投影し、やけに攻撃的に叱責されたことがあります。
たぶん、その人自身が辛かった問題だからでしょう。
と、「分析」できたのは、随分後になってからで、その時は私も動揺し、彼女も言い過ぎたと思ったらしいのですが、結局その人とは疎遠になってしまいました。一緒にいい感じに仕事をした人なのに、残念です(もう何年も前のことですが)。
同性同士でも、近づきすぎると難しいかも。

というか、やはり、あれこれ問題を抱えていると、人に干渉されたり的外れなアドバイスをされたり、それで食い違ったりと、ロクなことはありません(逆の場合もまたしかり)。
まあ、人生、いつも順風満帆とばかりいかないものですが……。

しかし、実際的に手を差し伸べてくれる人ほど、むやみに人を分析して叱責しないことにも最近気づき、これは何なのかなあと不思議に思っています。
相談された側の余裕の問題かなあ。

「性犯罪被害にあうということ」は、書店で見て、著者の方がそのまま表紙になっていて、凄い覚悟だなとびっくりしました。
辛そうな内容ですが、読んでみようかな。

……と、私も長くなりました!

投稿: Kate | 2008年5月14日 (水) 00:52

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