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2008年3月16日 (日)

上田現さんを偲んで

 先週の9日、日曜日、レピッシュの元メンバーだった上田現 さんが亡くなった。
 私は、上田さんが病気だったことを知らなかったので――公には、腰痛のため療養中としていたが、肺がんだったのこと――、翌日の月曜日、職場で立ち上げたPCのヤフーのニュース画面に出てきた時は、びっくりした。

 若い人はあまり馴染みがないかもしれないけれど、レピッシュと言えば、80年代後半~90年代初めのバンド・ブームの頃、とっても人気のあった元気なバンドだ(過去形にしてしまうのも、失礼かもしれないが……私個人の中での捉え方なので、悪しからず)。
 スカのリズムに、シュールな日本語の歌詞をのせて歌うユニークなバンドで、私もファンだった。
 そのシュールな歌詞は、だいたい上田現によるものが多かった。
 メンバーを脱退し、最近では、元ちとせさんなどのプロデュースを手がけていた。

 その昔、もう十数年も前のこと。
 レピッシュの仕事をしていた知人のライターのツテで、レピッシュのライブの後、打ち上げに参加させてもらったことがある。
 私はライターの知人というだけで、何の関係もなかったんだけど(笑)、マネージャーさんとかも嫌な顔もせず、太っ腹だったなあ。
 私みたいな、あまり関係のない女の子が他にも何人かいたりして。
 で、のこのこ付いて行って、ちゃっかりと、霞町のレッド・シューズで、高いお酒を飲んだのであった。
 バンドの打ち上げって、今でもあんな感じなのか、あの頃はまだ時代に勢いがあったのかな……確かにバンド・ブームだったし。
 その時、知人が上田さんを紹介してくれた。
「現ちゃん、私の知り合いなんだけど。ファンのKateさん」
「こんにちは。上田です」
 と挨拶をして頭を下げたと思ったら、次の瞬間、
(私は「はじめまして」とかなんとか言ったのだと思うけれど)
 現ちゃん(笑)は、
 「はい、さよーなら」
 とその場からそそくさと立ち去ってしまった。
「現ちゃん、照れ屋だからねえ」
 とその知人が言ったかどうか、もう記憶は曖昧だけれど、本当に嫌な感じは全然しなくて、不思議なおかしみがあったことを思い出す。

 その後、自分の興味は、テクノとかの方に行ってしまったのだが、レピッシュのアルバムだけは大事に手元に残してある。

 上田現、享年47歳。
 いい音楽をたくさん残したから充実した人生だったと思うけれど、若すぎる。 
 こういうことがあると、同じ40代として、つくづく人は有限の時を生きているのだなと思い知らされる。 

 梅の写真で、哀悼の意を。
 この梅、花びらが白とピンクと、きれいに2色に分かれています。不思議。
 上田現さんが亡くなった9日の日曜日、善福寺公園へ満開の梅を見に行き、たまたま撮影したものです。
 お悔やみに紅白の梅というのもどうかな……と思ったのですが、それは「現ちゃん」のことだから、むしろ喜んでくれるかもしれません。
 Img_1376
















 ご冥福をお祈りします。


Img_1370

 
 










 

 

 美しい空だった3月9日、初春の黄昏前。
 ちょうど、この頃、上田現さんは永遠の眠りについたのだと思います。 
 ――善福寺公園にて。


――笑っている人が好きさ
もちろん私も笑ってるよ
だけどうごめく人ゴミの中で
はずかしいね 大の男が泣いてしまいました

私は繭の中
  身を守るレインコート 
     身に着け

ずっと繭の中
 身を守るレインコート 
    びしょぬれ

「爆裂レインコート」
(胎児の夢)より

作詞・作曲 上田現


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