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2008年3月 1日 (土)

バベル

  Babel_2 昨年、アカデミー賞で多くの賞を受賞したバベル を観た(WOWOWにて放送)。
監督は、メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトウ。

 一丁の猟銃をめぐって思いがけぬ事故が起こり、そこから、モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本に生きる人々が別々の場所でシンクロしながら、不思議なつながりを持って展開してゆく。

 主人公はひとりではなく、それぞれの登場人物の、それぞれの立場による、多様な視点で描かれているところがいい。
 元はと言えば、あるモロッコの兄弟たちが銃を手にしたことによる浅はかな行動が生んだ事件で、それは決して肯定されるべきものではないが、その背景には圧倒的な貧しさがあり、一概に加害者とは言い切れない、彼らもまた被害者ではないかという、ぎりぎりな感じの切なさが漂う。
 銃で撃たれ、「被害者」となったアメリカ人観光客の夫婦の妻は、私の大好きなケイト・ブランシェットが熱演。
 夫はブラッド・ピッド(この映画で見ると、だいぶ、ふけた感じがした)。
 ぎくしゃくしている夫婦関係を修復するために、モロッコへ旅に出たのである。
 なんというか、中近東にいる白人――たぶん、日本人もそうだと思うが――というのは、とてつもなく愚鈍に見えてしまうのはなぜなのだろうか。
 とにかく、ひとりの白人女性が撃たれたことにより、テロの疑いが駆け巡り、周り中が、いや世界中が動き出す。
 遠く離れて、この夫婦の家の家政婦(兼乳母)であるメキシコ人女性は、息子の結婚式に出席したいがために、夫婦が旅行中、彼らの子どもたちを連れメキシコへ向かい、不法入国させてしまう。
 そこで、思わぬトラブルと悲劇が待ち受ける……。
 そしてまた、遠く遠く離れた日本の東京では、ひとりの聾唖の女子高校生チエコがいて、彼女の父親(役所広司)がそのモロッコでの事件の鍵となった、猟銃の持ち主であることが判明する。
 女子高生役には、アカデミー助演女優賞にノミネートされた菊地凛子。
 私は、アカデミー賞授賞式でシャネルのドレスを身にまとった彼女の妖艶な姿を先に見ていたので、女子高生役というのがどうもピンとこなかったのだが、映画の中ではちゃんと、ルーズソックスを履いた女子高生になっていた。
 アカデミー助演女優賞ノミネートというのも納得の、凄くいい演技をしていた。
 眼に力がある俳優は、伸びそうな気がするけれど、彼女がまさにそうだ。
 とにかく、「孤独」というものをこれほど強く訴えかけることができる日本の女優は、他に見たことがない。
 愛されること、人と触れ合うことを乞い願いながらも、その術がわからず、若い刑事(舞台出身の二階堂智、彼もよかった!)の前へ、全裸で現れるシーンは胸に突き刺さるものがあり、なんだか泣けてきた。
(だけど、いい加減、こういうシーンでぼかしを入れるのはもう、そろそろやめてほしい。監督が描きたかった本意を歪め、かえって猥雑になるだけで、観ている方も腹が立ち、作品への没入度が薄れる)

 ネタバレですが――撃たれたアメリカ女性は、出動されたヘリコプターで救出され、奇跡的に一命をとりとめる。
 モロッコ人の兄弟たちは、警察に追われ、発砲していない兄の方が撃たれ、死んでしまう。
 メキシコ人女性の家政婦は、夫婦の子どもたちは無事だったものの、アメリカでの不法就労者であることがばれ、メキシコへ強制送還されてしまう。
 子どもに「あなたは悪い人間なの?」と問われ、「私は悪い人間じゃない。ただ、愚かなことをしてしまったの」という言葉が忘れられない。
 アメリカ人夫妻は被害者であることには違いないが、結局、多くを奪われるのは、モロッコ人であり、メキシコ人である。
 夫婦関係を修復するために「エキゾチックな旅」に、子どもを置いてのこのこ出かけて行くこと自体、豊かさの証しというか、愚かさというか傲慢な感じがどうしてもしてしまう。
 猟銃を持って家畜の世話をしなければならない10代前半のモロッコの少年たちや、不法入国して働かざるを得ないメキシコの女性との厳しさとは、次元が違う。
 圧倒的な不均衡というか、格差というべきか……。
 そして、何の関係もないようでありながら、遠くで何らかの形で関与しているのが日本人なのだ。
 
 そんな、今の世界のあり方の縮図そのものに感じられた。
 といって、誰かを、どちらかの国のあり方を声高に批判しているわけではない。
 ただ、そういうあり方を静かに伝えているだけだ。
 静かだけれど、残酷な映画だった。
 タイトルの 「バベル」とは、バベルの塔から。
 「言葉(心)が通じない」といった意味が含まれているのだろう。
 でも、チエコと刑事の間には、確かに通じる瞬間があって、物語の中ではそれがささやかな光になっている。
 観た後は、何か胸の内にふつふつと湧き上がってくるものがあり、誰かに何か伝えたくなる映画だった。

 それにしても、「安全な街」で、モノに溢れた「平和な日本」のシーンが、悲しいような、やたら孤独の影が深いような、やけに疲れに満ちているように見えた。
 それでいてどこか懐かしいような、温かいような、まるで外国人の目で、日本を見ているような不思議な気持ちになったのだった。
(外国人が日本を撮った映画にありがちな、パターン化された、頓珍漢なイメージにはなっていなくて、よく描かれていたと思う)

 モロッコの砂漠や山岳地帯、メキシコの広大な荒野、対照的に密な感じの東京の街と、風景の映像も素晴らしく、音楽もよかった。
 決してハッピーな娯楽作品ではないが、見ごたえのある映画が好きな人にはおすすめ。 力作です。

 
 

 

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コメント

Kateさん、こんばんは。
「BABEL」未見ですが、Kateさんの映画評を拝読すると、とても力のある映画作品なのだということが強く伝わって来ました。
「今の世界のあり方の縮図そのもの」であるような、安易な異文化交流論などを撥ねつける映画というものは、なかなか無いですね。「BABEL」はアメリカ映画とのことですが、監督がメキシコ出身なので、相対的な視点と、異文化間のディスコミュニケーションが描出されたのかも知れないと感じました。ハリウッド映画の「アメリカン・ヒーローが世界を破滅から救う」モノには、ちょっと辟易しますからね(笑)日本にも黒沢清さんや、青山真治さん、北野武さんなど優れた映画監督がいますが、やはり視点がドメスティックで、国際関係を描く際の説得力に欠ける感じは否めませんね。「BABEL」是非観てみようと思いました。

投稿: 灯 | 2008年3月 1日 (土) 23:32

灯さん
コメント、ありがとうございます!
この映画は、「シェルタリング・スカイ」などで描かれていた状況にちょっと近いかも知れません。
日本の作品もいいけれど、スケールが違いますね。
まあ、こういう異文化間の過酷な状況に身を晒していない、ってことなんでしょうけれど。
本文でも書きましたが、でも、日本って寂しい感じがするんですよね。
ありきたりなもの言いになってしまいますが、モロッコの砂漠よりも、夜も光り輝く東京に寂寥感を感じました。
というのを、この監督は、理屈でなく生理的に捉えているようでした。
そこが、凄いところです。
ぜひご覧になってみてください。

投稿: Kate | 2008年3月 2日 (日) 00:09

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