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2008年3月に作成された記事

2008年3月23日 (日)

ほころび始めた桜と「初恋」と

 桜がほころび始めた。
 ついこの前までは、桜が咲くなんていうことが信じられないくらい寒かったのに、人の目には見えなくても、桜はちゃんと準備を始めていたんだなあと思うと、感動する。
 今度の週末辺りが見頃だとのこと。

 熱々のミネストローネが以前ほど美味しく感じられない。
 ルッコラのサラダが美味しい――ということは、春なんだなあと思う。

 木曜夜のお楽しみ「鹿男あをによし」が終わってしまった。
 現実からちょっと浮いたああいうドラマは、これからあんまりないだろうな。
 途中、ちょっと冗長なところもあったけれど、それさえもゆるゆると楽しめた。
 You Tubeでは、エンドロールの曲を使って遊んでいるこんな いろいろな映像があって、面白い。
 男声ひとり合唱団とか「風林火山」のエンドロールにこのドラマの曲をかぶせたりとか。
 それが信じられないくらいぴったりシンクロしていて、爆笑。 
 この曲、こうやって聞くと、とても印象的なのだ。
 よくできた曲というのか。 
 それにしても、 皆、いろんなことを思いつくなあとひたすら感心する。

 今日は、お昼を食べながら、映画「初恋」 を観て、夜はNHK大河の「篤姫」と、一日中、宮崎あおいを見ていたような気がする。
 「篤姫」は毎週欠かさず観ているし、もはや他人とは思えず、娘とか姪とか、家族か何かのような感じ(笑)。

 

Hatsukoi_2  ところで、 「初恋」は、3億円事件をモデルにした話。
 童顔の宮崎あおいとこの事件と、「初恋」というタイトルがどうしても結びつかなかったのだが、なるほどこういう展開なのかと、観ていると凄く納得。
 3億円事件の実行犯を女子高生にするという想像力に――あり得ないとしても――脱帽。 
 あの時のお札って一枚も使われていないというのは事実なのかな?
 だとしたら、その事実にとっても心惹かれる。
 この映画での捉え方のように、お金のためではなく、権力への抵抗としての犯罪だったのかなと……。

 昔、やはりこの事件をモデルにした「悪魔のようなあいつ」という沢田研二主演のTVドラマもあった。
 退廃的な、実に実に魅惑的なドラマになっていた。
 この事件には、何か人の心を掻き立てるものがあるのだ。
 誰も傷つけず、壊さず、整然と行われた不思議な強盗事件。
 その犯人は、この日本で今もどこかで生きているのだろうか。
 もしかしたら、今日、電車のなかで私の隣に座った人かも知れない……。
 そして、映画の 「初恋」では、3億円事件と共に、もうひとつの主人公として60年代の時代そのものが描かれている。
 新宿界隈の、当時の風俗がよく出ていたと思う(私は当時、子どもだったので実際に体験したわけではないが)。
 また、今とは違う、あの頃の貧しさにちょっと懐かしさを感じたりもした。 
 しかし一方で、やや類型的な描き方かな?という気もした。
 学生運動とかアングラとか、女たちの蓮っぱな感じとかが、いかにもで……。
 というわけで、映画全体にはちょっとだけ物足りなさも感じたが、宮崎あおいはよかった。
 可愛いだけじゃなくて、翳りみたいなものもあるんだなと。
 彼女は息の長い女優になるんじゃないかな、なってほしいなと思う。
 
 あと、今週末は、天気がいいのでひたすら洗濯して、原宿の某ランジェリー店のセールへ行って、原宿の異常な人の多さに圧倒されたり。
 竹下通りの入り口には、外国人(ヨーロッパ人っぽい)の撮影隊がいた。
 外国人には、この雑踏と怒涛のような消費の娯楽街はどのように映るのだろうか。
 
 そんなこんなで、週末も終わり。
 明日からまた小忙しい毎日が始まる。 
 でもって、相変わらずアイロンかけがまだなので、この辺でおしまいにします。

(タイトルだけ見ると、とってもロマンチックなネタのようだが……笑)

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2008年3月16日 (日)

3月、桜ももうじき

 やっと空気が緩んできた3月の、ここ最近のことなどをちょこちょこっと。


 書こうと思いつつ、あっという間に過ぎてしまったアカデミー賞の話題。
 WOWOWでダイジェスト版を観た(同時通訳は鬱陶しいので、字幕になってやるやつね)。
 今年は、コーエン兄弟の「ノーカントリー」がさまざまな賞を受賞して、嬉しい。
 コーエン兄弟監督の「ファーゴ」は、最も好きな映画のひとつ。

 Dp2008022605 主演女優賞を受賞したのは、「エディット・ピアフ/愛の讃歌」のフランス人女優、マリオン・コティヤール。

マリオン・コティヤール、49年ぶりにフランス人オスカー女優に! - goo 映画">

 この映画は観たい観たいと思いつつ、観逃したから、凄く残念だ。
 で、彼女を見ていて、どこかで見覚えがあるなあと思ったら、先日観た不思議な、密室的な少女映画「エコール」に出ていた、バレエの先生役の人だった!
 あの映画でもなかなか印象的だった。
 受賞後のインタビューで、今の気持ちをピアフの歌に託して歌ってみて、という記者の要望に応えて「パダン・パダン」を歌っていた。
 映画では、歌は吹き替えらしいが、彼女の声もちょっとハスキーで、なんともいえないコケティッシュな魅力があった。
 うーん確かにああいう色気は、ハリウッド女優にはないかも。

 あとは、ダニエル・デイ・ルイスが主演男優賞。
 ヘレン・ミレンの前に騎士のように膝まずき、「まるで爵位を受けた気分」などと語ったのは、もちろん昨年、ヘレン・ミレンが「クイーン」で女王役を演じ、主演女優賞を受賞したのを受けてのこと。
 こういうパフォーマンスがささっとスマートにできるダニエル・デイ・ルイスに、目がハートの私(笑)。

 司会役の人は誰だか忘れたけれど、ケイト・ブランシェットの褒め方が面白かった。
「彼女は、何でも演じられるんですよ。エリザベス女王からボブ・ディランまで。ほら、この犬も彼女が演じているんですよ(と、ここで犬の映像)。そして、この僕だって彼女なんですから」と言って、会場を湧かせた。
 相変わらず、司会の気の利いたジョークはさすがと思わせるが、字幕になっていても、ジョークの真意が日本人の私にはわからないところがいくつかあった。

 浅野忠信もノミネートされていたけれど、受賞は果たせず。
 画面にもほとんど写らず……まあ、そんなものか。

 とにかく、これから観たい映画の参考になるし、レッドカーペットの女優さんはきれいだし、楽しい。
 特に今年は、アメリカ人以外の俳優がたくさん受賞して、幅が広がりつつあるのかなと思わせてくれた。

 

 話はまったく変わって……
 昨日、夕方、吉祥寺サンロードの人混みの中にて。
 ふろしき包みを背負い、大きなすりこぎのような、棒切れのようなものを杖代わりにして歩く、背中の曲がったおばあさんを見かけた。
 杖をつきながら、折れ曲がった背中で、ゆっくりゆっくり、ちょっと辛そうに歩いていた。まるで、民俗学者・宮本常一の記録写真から抜け出てきたかのようであった。
 他の人には、そんなおばあさんはまるで見えないようで、皆、おばあさんの周りをどんどんと通り過ぎてゆく。
 昨日、2008年の吉祥寺サンロードにて、昭和30年代の幻が時代の裂け目に現れ、きっと私にだけ、見えたのかもしれない。 
 あのおばさんは、どこから来て、どこへ行こうとしていたのだろう。

 最近の体調……。
 老眼になる前に視力がさらに下がっているので、いやだなあと思う。
 近眼はどこまで進むのか。
 3Dを凝視して、眼の筋肉をほぐすという、眼の体操でもしてみようかな。
 ほんとに効果あるのかしら?
 って、こんなブログ書いているから、眼が疲れるのかな。
 (だから、更新は頻繁にしないことにします:笑)

 アレルギー性鼻炎は冷えのせいと漢方の先生に言われているが、一昨日と昨日は、やっと仕事をして、他のことといえば、鼻をかむことと鼻をかむことと鼻をかむことと……最低限の家事以外は何もできないくらい酷い鼻水の洪水。
 こりゃ絶対花粉症も入ってるよ!とジタバタするが、今日はぴたりと止まっている。
 やはり花粉症ではないのか……自分で自分の体がわからない。

 

Img_1379  ホワイトデーに連れ合いが送ってくれた、関西でしか買えないツマガリのクッキー・バスケット。
 ラッピングの造花のデイジーがあんまりきれいなので、開封する前に記念撮影。
 ホワイトデーというのも、なんかバカバカしい気がしないではないけれど、甘いものの詰め合わせのプレゼントは、やはり幸せな気分になります。
 それに、男の人がデパ地下でおどおどと迷いつつも、甘いものを必死で選んでいる姿はちょっと可愛いかも(笑)。
 まあ、とにかく、スイーツ好きにとっては、あげるのも貰うのも楽しいということで……単純に。

 この季節、ツマガリのサクサク・クッキーに苺と、甘い香りの紅茶をおともにするのが、何よりの楽しみ。

 
 デイジーといえば……。
 村上春樹訳の『グレート・ギャツビー』(スコット・フィツジェラルド)に出てくる女性の名前。 昨晩、ようやく読み終えた(今頃、って感じだが)。
 確かにギャツビーや「僕」は、村上春樹の描く主人公たちと重なるし、作家として、この作品に深い影響を受けたことがよくわかる。
 美しくも残酷な、やるせない物語だった。
 永遠の憧れのデイジー。
 その夢こそが、ギャツビーを生かし、また殺すことにもなる。
 いつ、俗物的で邪悪なものに壊されるかわからない人生。
 邪悪なものこそ、力をもつこの世界でどうやって生きていくか――フィツジェラルドと村上春樹の、共通のテーマだろうか。


 と書いているうちに、生協の注文もスープの仕込みも何もしていないことに気づく。
 ああ、「雪かき仕事」は果てしない。
 家族もいない、たったひとりの家事なのに、なぜこんなに時間を取られるのか?
 皆、どうやって日々をやり繰りしているのだろう。 
 この時間との闘い――時間の使い方の下手さというべきか――が私のテーマか。
 ぼやぼやしているうちに、人生が終わってしまわぬようにしたい。いや、ほんとに。

 上田現さんのことなどをまた思いつつ……今日はこれでおしまい。

 

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上田現さんを偲んで

 先週の9日、日曜日、レピッシュの元メンバーだった上田現 さんが亡くなった。
 私は、上田さんが病気だったことを知らなかったので――公には、腰痛のため療養中としていたが、肺がんだったのこと――、翌日の月曜日、職場で立ち上げたPCのヤフーのニュース画面に出てきた時は、びっくりした。

 若い人はあまり馴染みがないかもしれないけれど、レピッシュと言えば、80年代後半~90年代初めのバンド・ブームの頃、とっても人気のあった元気なバンドだ(過去形にしてしまうのも、失礼かもしれないが……私個人の中での捉え方なので、悪しからず)。
 スカのリズムに、シュールな日本語の歌詞をのせて歌うユニークなバンドで、私もファンだった。
 そのシュールな歌詞は、だいたい上田現によるものが多かった。
 メンバーを脱退し、最近では、元ちとせさんなどのプロデュースを手がけていた。

 その昔、もう十数年も前のこと。
 レピッシュの仕事をしていた知人のライターのツテで、レピッシュのライブの後、打ち上げに参加させてもらったことがある。
 私はライターの知人というだけで、何の関係もなかったんだけど(笑)、マネージャーさんとかも嫌な顔もせず、太っ腹だったなあ。
 私みたいな、あまり関係のない女の子が他にも何人かいたりして。
 で、のこのこ付いて行って、ちゃっかりと、霞町のレッド・シューズで、高いお酒を飲んだのであった。
 バンドの打ち上げって、今でもあんな感じなのか、あの頃はまだ時代に勢いがあったのかな……確かにバンド・ブームだったし。
 その時、知人が上田さんを紹介してくれた。
「現ちゃん、私の知り合いなんだけど。ファンのKateさん」
「こんにちは。上田です」
 と挨拶をして頭を下げたと思ったら、次の瞬間、
(私は「はじめまして」とかなんとか言ったのだと思うけれど)
 現ちゃん(笑)は、
 「はい、さよーなら」
 とその場からそそくさと立ち去ってしまった。
「現ちゃん、照れ屋だからねえ」
 とその知人が言ったかどうか、もう記憶は曖昧だけれど、本当に嫌な感じは全然しなくて、不思議なおかしみがあったことを思い出す。

 その後、自分の興味は、テクノとかの方に行ってしまったのだが、レピッシュのアルバムだけは大事に手元に残してある。

 上田現、享年47歳。
 いい音楽をたくさん残したから充実した人生だったと思うけれど、若すぎる。 
 こういうことがあると、同じ40代として、つくづく人は有限の時を生きているのだなと思い知らされる。 

 梅の写真で、哀悼の意を。
 この梅、花びらが白とピンクと、きれいに2色に分かれています。不思議。
 上田現さんが亡くなった9日の日曜日、善福寺公園へ満開の梅を見に行き、たまたま撮影したものです。
 お悔やみに紅白の梅というのもどうかな……と思ったのですが、それは「現ちゃん」のことだから、むしろ喜んでくれるかもしれません。
 Img_1376
















 ご冥福をお祈りします。


Img_1370

 
 










 

 

 美しい空だった3月9日、初春の黄昏前。
 ちょうど、この頃、上田現さんは永遠の眠りについたのだと思います。 
 ――善福寺公園にて。


――笑っている人が好きさ
もちろん私も笑ってるよ
だけどうごめく人ゴミの中で
はずかしいね 大の男が泣いてしまいました

私は繭の中
  身を守るレインコート 
     身に着け

ずっと繭の中
 身を守るレインコート 
    びしょぬれ

「爆裂レインコート」
(胎児の夢)より

作詞・作曲 上田現


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2008年3月 1日 (土)

バベル

  Babel_2 昨年、アカデミー賞で多くの賞を受賞したバベル を観た(WOWOWにて放送)。
監督は、メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトウ。

 一丁の猟銃をめぐって思いがけぬ事故が起こり、そこから、モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本に生きる人々が別々の場所でシンクロしながら、不思議なつながりを持って展開してゆく。

 主人公はひとりではなく、それぞれの登場人物の、それぞれの立場による、多様な視点で描かれているところがいい。
 元はと言えば、あるモロッコの兄弟たちが銃を手にしたことによる浅はかな行動が生んだ事件で、それは決して肯定されるべきものではないが、その背景には圧倒的な貧しさがあり、一概に加害者とは言い切れない、彼らもまた被害者ではないかという、ぎりぎりな感じの切なさが漂う。
 銃で撃たれ、「被害者」となったアメリカ人観光客の夫婦の妻は、私の大好きなケイト・ブランシェットが熱演。
 夫はブラッド・ピッド(この映画で見ると、だいぶ、ふけた感じがした)。
 ぎくしゃくしている夫婦関係を修復するために、モロッコへ旅に出たのである。
 なんというか、中近東にいる白人――たぶん、日本人もそうだと思うが――というのは、とてつもなく愚鈍に見えてしまうのはなぜなのだろうか。
 とにかく、ひとりの白人女性が撃たれたことにより、テロの疑いが駆け巡り、周り中が、いや世界中が動き出す。
 遠く離れて、この夫婦の家の家政婦(兼乳母)であるメキシコ人女性は、息子の結婚式に出席したいがために、夫婦が旅行中、彼らの子どもたちを連れメキシコへ向かい、不法入国させてしまう。
 そこで、思わぬトラブルと悲劇が待ち受ける……。
 そしてまた、遠く遠く離れた日本の東京では、ひとりの聾唖の女子高校生チエコがいて、彼女の父親(役所広司)がそのモロッコでの事件の鍵となった、猟銃の持ち主であることが判明する。
 女子高生役には、アカデミー助演女優賞にノミネートされた菊地凛子。
 私は、アカデミー賞授賞式でシャネルのドレスを身にまとった彼女の妖艶な姿を先に見ていたので、女子高生役というのがどうもピンとこなかったのだが、映画の中ではちゃんと、ルーズソックスを履いた女子高生になっていた。
 アカデミー助演女優賞ノミネートというのも納得の、凄くいい演技をしていた。
 眼に力がある俳優は、伸びそうな気がするけれど、彼女がまさにそうだ。
 とにかく、「孤独」というものをこれほど強く訴えかけることができる日本の女優は、他に見たことがない。
 愛されること、人と触れ合うことを乞い願いながらも、その術がわからず、若い刑事(舞台出身の二階堂智、彼もよかった!)の前へ、全裸で現れるシーンは胸に突き刺さるものがあり、なんだか泣けてきた。
(だけど、いい加減、こういうシーンでぼかしを入れるのはもう、そろそろやめてほしい。監督が描きたかった本意を歪め、かえって猥雑になるだけで、観ている方も腹が立ち、作品への没入度が薄れる)

 ネタバレですが――撃たれたアメリカ女性は、出動されたヘリコプターで救出され、奇跡的に一命をとりとめる。
 モロッコ人の兄弟たちは、警察に追われ、発砲していない兄の方が撃たれ、死んでしまう。
 メキシコ人女性の家政婦は、夫婦の子どもたちは無事だったものの、アメリカでの不法就労者であることがばれ、メキシコへ強制送還されてしまう。
 子どもに「あなたは悪い人間なの?」と問われ、「私は悪い人間じゃない。ただ、愚かなことをしてしまったの」という言葉が忘れられない。
 アメリカ人夫妻は被害者であることには違いないが、結局、多くを奪われるのは、モロッコ人であり、メキシコ人である。
 夫婦関係を修復するために「エキゾチックな旅」に、子どもを置いてのこのこ出かけて行くこと自体、豊かさの証しというか、愚かさというか傲慢な感じがどうしてもしてしまう。
 猟銃を持って家畜の世話をしなければならない10代前半のモロッコの少年たちや、不法入国して働かざるを得ないメキシコの女性との厳しさとは、次元が違う。
 圧倒的な不均衡というか、格差というべきか……。
 そして、何の関係もないようでありながら、遠くで何らかの形で関与しているのが日本人なのだ。
 
 そんな、今の世界のあり方の縮図そのものに感じられた。
 といって、誰かを、どちらかの国のあり方を声高に批判しているわけではない。
 ただ、そういうあり方を静かに伝えているだけだ。
 静かだけれど、残酷な映画だった。
 タイトルの 「バベル」とは、バベルの塔から。
 「言葉(心)が通じない」といった意味が含まれているのだろう。
 でも、チエコと刑事の間には、確かに通じる瞬間があって、物語の中ではそれがささやかな光になっている。
 観た後は、何か胸の内にふつふつと湧き上がってくるものがあり、誰かに何か伝えたくなる映画だった。

 それにしても、「安全な街」で、モノに溢れた「平和な日本」のシーンが、悲しいような、やたら孤独の影が深いような、やけに疲れに満ちているように見えた。
 それでいてどこか懐かしいような、温かいような、まるで外国人の目で、日本を見ているような不思議な気持ちになったのだった。
(外国人が日本を撮った映画にありがちな、パターン化された、頓珍漢なイメージにはなっていなくて、よく描かれていたと思う)

 モロッコの砂漠や山岳地帯、メキシコの広大な荒野、対照的に密な感じの東京の街と、風景の映像も素晴らしく、音楽もよかった。
 決してハッピーな娯楽作品ではないが、見ごたえのある映画が好きな人にはおすすめ。 力作です。

 
 

 

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