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2007年11月に作成された記事

2007年11月18日 (日)

ショコラ

 Chocolat この週末は、「ショコラ」 を観た。もう3回目くらいになる。
 フランスのとある村に、ちょっと不思議な雰囲気の母子がやって来てショコラの店を開く。
 
 今でこそ、ショコラティエなんていうと、憧れの職業かもしれないけれど、この映画のなかでは、人々を快楽に誘い、堕落させる悪魔(!)のごとき扱いで、皆に疎まれる存在として描かれている。
 その村は教会の力が絶大で、禁欲的な生活を強いられているからだ。
 小さな村の家並み、母子の赤いマント、お鍋の中でかき回されるとろりとしたカカオ、川辺にやって来るジプシーたち……と、御伽噺のような舞台だけれど、物語はわりと辛辣。
 不必要なまでに禁欲的な村長は、威厳を通り越して、滑稽ですらある。
 でも、彼女のつくるショコラは、官能的なまでに美味で、やがて村の人々の心を溶かしてゆく……というのがとてもいい。
 「バベットの晩餐会」のチョコレート版といった感じのストーリー。

 食べものの美味しさというのは、肉体的な快楽=官能性と通じ合っていると思う。
 「とろけるような」とか、「うっとり」とか、そういう言葉は、両方に当てはまる。
 好きな人同士が、「食事でもいかがでですか?」と、まず食べることを介して親しくなっていくのは、当然と言えば当然のことかもしれない。
 食事なんかどうでもいいから、この国の政策の貧しさについて語り合いませんか?と誘う人はいないわけで。どんな状況であれ……。

 とにかく、この映画を観て、チョコレートを食べたくならない人はいないはず。
 私は、高級ショコラより、映画のなかでジュディ・デンチが飲んでいたチリペッパー入りのホットチョコレートがむしょうに飲みたくなった。
 そこで、昨日、荻窪のグルッペで貿易屋珈琲店の黒糖ココア というインスタントココアを見つけて買ってきた。
 沖縄の黒糖とココアと珊瑚カルシウムとミルクパウダーが混ざったもので、1袋700円ほど。250gも入っているから、お得。
 はじめ少量のお湯でペースト状にしてから、お湯を注ぐだけなので簡単だし、ミルクを使わないのでそんなに高カロリーじゃないし。
 これに、チリペッパーをひと振り。なかなか美味しい! 
 私はこの映画でホットチョコレート&チリペッパーという組み合わせを初めて知って驚いたのだけれど、これが意外とマッチする。
 甘さとコクのなかに、ピリッとした辛味――だまされたと思って、ぜひお試しあれ。

 主演は、ジュリエット・ビノシュ、ジュディ・デンチ、ジョニー・デップと名役者揃い。
 かつて、「生意気で大根足!」などと、中野翠にボロクソに言われていたジュリエット・ビノシュ。私もその意見にちょっと賛同しかけたのだけれど、この映画あたりから、また好きになってきた気がする。
 レオス・カラックスの映画でデビューしたけれど、カラックスの方はあまり噂を聞かない。
 どうしてるんだろう? ビノシュとは一時期、恋人同士だったらしいけれど、彼女の方が出世したなあ。

 給料日前の週末、連れ合いとも会えない時は、こんなふうにHDDに残っている映画を観てひっそりとすごすことが多い(まあ、給料日後も、わりかしひっそりとしてる私ですが:笑)。
 それから、昨日はとっても寒かったので、今シーズン初めてミネストローネをつくった。
 通勤途中にある新宿の花園神社では、酉の市の準備が着々と進められている。
 湯たんぽも始めた。
 冬だなあ。今年もあとわずかだなあ、と思いつつ。

 さて、冷えてきたし、チリペッパー入りのホットチョコレートを一杯飲むとしよう。

  

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2007年11月12日 (月)

ポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』

 Ts  ポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』 (柴田元幸訳)を今日読み終えた。
 前半に「赤いノートブック」という、小説より奇なりな、周りの人間や自分自身の偶然話を集めたストーリー、後半は「その日暮らし」という自伝的ストーリーとエッセイがいくつか。
 自伝的な話だけれど、今までのオースターの小説に重なるような、不思議な「偶然」に満ちて波乱万丈で、そして苦労の耐えない――特にお金の!――世界なのだった。
 南フランスの山中にある屋敷の管理人をしていた若い頃のエピソードが、心に残った。
 仕事のお金がなかなか入らず、無一文で、屋敷の台所にあった小麦粉と玉葱(食料はそれしかなかった)でオニオンパイを焼くのだが……。

――屋敷に戻ってみると、台所には煙が充満していた。私たちはオーブンに飛んでいって、パイを引っぱり出したが、手遅れだった。我々の食事は絶命していた。焼き尽くされ、黒焦げの塊と化していた。
 いまにしてみれば笑い話に思えるが、その時点では笑うどころではない。私たちは暗い穴に落ちてしまったのであり、どうやってそこから出ればいいのか、二人ともまるでわからなかった。私としても、一人前の人間になるべく長年苦闘を続けたなかで、この時ほど笑ったり冗談を飛ばしたり気になれなかったことはないと思う。これは不幸のどん底だった。恐ろしい、おぞましい場所だった。
「赤いノートブック」より

 どうだろう、もし自分がこんな体験をしたら、「せっかくのオニオンパイが黒焦げ! 頭に来る!」なんて空しさを記すので精一杯だろう。何年後かに、記憶を辿って上手く表現しようとしても、こんなふうに書けるだろうか。
 頭に来た!(もしくは、ムカつく!/笑)で終わらせるか、上記のような何行か(もちろんその前後にも関わりのある文がたくさんある)を綴ることができるかが、作家かそうでないかの境になるのだ。
 読んでいると、さらっと過ぎてしまうけれど、マイナスな感情を自分自身でもちょいとばかし斜めに見つめながら、なおかつ他者に共感してもらえるように書くというのは、大変なことだと思う。
 この笑うに笑えない話には、ちゃんと素敵な顛末が用意されている。
 ぜひ、一読を。

 さらに、私が「これは正に私のことを書いてくれている!」と思ったのが、次の文。

――二十代後半から三十代前半にかけて、何に手を染めてもことごとく失敗してしまう数年間を私は過ごした。結婚生活は破綻して離婚に至り、書き手としても挫折し、その上金の問題にさんざんに悩まされた。単に時おり足りなくなったとか、定期的に財布の紐を締める必要があったとかいった話ではない。明けても暮れても金が欠乏し、そのことが私をぎりぎり締めつけ、ほとんど窒息させ、魂にまで害を及ぼし、果てることのないパニック状態のなかに私を閉じ込めたのである。
「その日暮らし」より

 そうそう、そうなの、お金があまりになさすぎると、お金に支配され、他のことは何も考えられなくなり、「魂にまで害を及ぼし」てしまうのだ。
 離婚して、ろくな仕事がなかった私には、痛いくらいわかる。
 国境も体験した時代も一足飛びに越えて、「これは私のこと!」と思わせること。これこそが、文学なんだろうな。村上春樹もそんなふうに、世界のあちこちで読まれているのかしら、なんて思う。

 また、石油タンカーの乗組員として働いた経験も、単なる若さ溢れる体験記には留まらず、自分の無力さを正直に述べつつ、こんなふうに締め括っている。

――醜さは至るところに偏在していた。金を稼ぐという営みに、金を稼ぐ人間に対して金が与える権力に、醜さは深く結びついていた。風景を傷つけることすら。自然界を丸ごとひっくり返してしまうことすら金を稼ぐ者には許される。しぶしぶながらも、私はそのことに対して一種の敬意を抱くようになった。私は自分に言い聞かせた。一番底まで来てみれば世界はこういうふうになっているんだ。こっちがどう考えようと、この醜さこそ真実なんだ、と。
「その日暮らし」より

 それから、ホームレスについて書かれた一文。
 今、この日本に生きる私たちにも、そのまま当てはまる。

――我々の大半は、掛け値なしの困窮から災難一回分だけ隔たっているにすぎない。いくつか災いが続けばあっというまに破滅だ。ニューヨークの街頭を彷徨う男女のなかにも、かつては一見安泰な地位にいた人間が大勢いる。大学を出て、責任ある職に就き、家族を養っていた者も多い。それがいまは、不運に見舞われているのだ。そういうことが自分には起きはしないと、どうして我々に思えるだろう?
「折々の文章から」より 
1999年(ニューヨーク・ホームレス連合発行のパンフレットに寄せた序文)

 「その日暮らし」には、オースターが作家になるまでの下積み時代のことが描かれていて、翻訳、ゴーストライター、脚本の下読みと要約などなど、日銭稼ぎ的なありとあらゆる仕事に携わってきたことがよくわかる。
 そんな生活と絶え間のないお金の苦労のなかで、押し潰されることなく、作家への道を築き上げていったのには心打たれる。
 また、彼の豊かな小説の世界は、こういった現実の実体験に裏打ちされたものであったことを知った。そのうえに類いまれな想像力と表現力、優れたウィットとユーモアがあって、初めて実現される世界だ。
(そして、言うまでもないけれど、お馴染み柴田元幸氏の翻訳が読みやすく、冴えている!)

 以下、蛇足。
 『トゥルー・ストーリーズ』を読んでいたら、自分の日銭稼ぎの、そのなかでも一番悪夢のような仕事を思い出してしまった。
 某自費出版社の小説コンクールで没になったものに、選評を書くのだ。
 人称や視点が混乱している、人物設定が陳腐、時系列が錯綜していて意味不明……という本当のことを書いてはいけない。
 出版社の要望は、「いいところを見つけて、褒める」「決してけなさない」。
 つまるところ、どんな作品でもおだてて、コンクールには落選しましたが、出版するだけの価値はある、我が社でいかがでしょう?と、自費出版に上手くおびき寄せるための作戦。いや、罠、といっていいだろう。
 ギャラは、選評1本につき、1000円。
 400枚の原稿も10枚の原稿も、一律1000円である(一万円ではなく、千円である、念のため)。
 ある程度まとめて引き受けてほしいと言われ、私もその時とにかくお金に困っていたので、40本引き受けることになった。プラスチックの巨大ケースで原稿がどさっと届き、それは仕事が終わるまで玄関の半分以上のスペースに居座り続けることになった。
 やり始めて、深い後悔にさいなまされた。褒めようと思っても、褒めるべき部分がどの作品にもほとんどない。という以前に、おもしろいとかおもしろくないという次元の前に、日本語が成立していない作品も多かった。
 それでも、40本のうち、2、3は好感の持てるものがあり、1つ、とても優れた、若い人の詩集があったけれど。
 皆、どうして小説を書こうと思い立ったのだろうか……。

 売れないなりにも、過去、3冊の本を商業出版している(たぶん、もうすべて裁断されてしまっているにはせよ)私にとって、何かの悪い冗談、ブーメランのようなしっぺ返しのように思えた。
 つまり、おまえだって本など出す才能はたいしてなかった、ただの運だ、だから今、こんな仕事しかないのだ、と誰かに宣告されているような……。

 などと思いつつも、とにかく、1作品に1時間以上かけては、時給1000円にも満たなくなるのだからと、私はその選評書きに集中した。
 昼間は、他に週何日か仕事していたので、夜や休みの日にやった。
 やがて、こなしていくうちに、要所要所を読んで、選評を書くべきコツがわかってくる。         
 とにかくそうやって書きまくった。担当者から、「完璧な選評です!」というお褒め(?)の言葉をもらったが、そんなところで「完璧」と言われても喜べない。
 そして、「今後ともぜひよろしく」と言われたが、選評書きは今後二度と受けまいと思った。
 こんな仕事を続けたら、心が壊れそうな感じがしたからだ。
 しかし、その心配はなくなった。
 およそ一年後、その出版社が倒産したことを聞かされたからだ。

 そして、その後の私は、もう一度小説を書くと心に誓いつつ、オースターのような豊かな美しい小説を書いてみたいと願いつつ、日銭ではなく、とりあ えず月給を稼げる仕事にかろうじてありついたものの、未だ「魂にまで害を及ぼし」てしまうお金の問題に汲々とする日々から抜け出せず、一篇も書いていな い。

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2007年11月10日 (土)

何もしたくない日

 朝から冷たい雨降りのせいか、何も……とまではいかないが、いろいろなことをする気力が出ない土曜の一日だった。
 掃除機かけもトイレ掃除も生協の注文書きもさぼった。
 ふだんは、毎日、晩ご飯が夜の10時すぎというような生活だから、たまに週末くらいだらだらしてもいいよな、と思いつつ、まあ、東京で働いていたらこういう生活は当たり前だよな、仕事があるだけマシだよな、と思ったり。

 それでも、映画を一本観た。『時をかける少女』。
 なんで今頃、突然放映していたのかわからないが、WOWOWでやっていたので。
 もちろん、原田知世主演の、1983年の角川映画。
 不覚にも涙……当時から好きだったけれど、今観るとこれは内田樹氏がよく言うような、「不在」「喪失」がテーマの映画なのだということに気づき、泣けてくる。
 自分には運命の人がいたはずなのに、今は失われている、出会えない、でも微かな記憶はある、というような、「冬のソナタ」的な……。
 息子夫婦と孫を失った老夫婦、自然を喪失した未来からやって来た深町君。
 やはり、「不在」「喪失」がテーマになっているからこそ、これほど普遍的な人気があるのだろうか、とか。
 今でもアニメでリメイクされているし。でも、この大林監督の『時をかける少女』は、独特の情感、叙情性がある。
 エンディングの、下駄履きで走ってゆく赤いカーディガンの原田知世は、少女が少女でいられた頃の最後の少女……とでも言いたくなるような、初々しさと美しさを全身に発散させていた。
 などと、なんだか「昔はよかった」と懐古趣味に浸るオヤジのような気持ちで、彼女をうっとり眺めてしまった。
 あのテーマ曲が、まったく色褪せていないことにも驚いた。

 それから、20代の頃、この映画のロケ地を訪ねて、尾道まで旅行したことまで、鮮やかによみがえった。
 あの1983年から、想像できないくらい、自分個人にも世の中にもあまりにいろいろなことが起きた。
 多くのことが変わった。自分の人生は少しはよくなったのだろうか。
 そもそも、よくなるとは、どういういことなのだろうか。
 なんとなく、もうこれ以上頑張れない……と思うことも多いこの頃。
 でも、人生は続いていくのだ。

(なんて心細くなってしまうのは、最近ちょっと疲れ気味からかも)

 と、とりとめもなく思いながら、何もしたくなかった一日が終わってゆく。
 11時半を回っているが、実は晩ご飯もまだ食べていない。

 紅茶でも飲みながら、冷凍のかぼちゃグラタンでも温めて夜食にしようか。
 そして、布団のなかで今、いちばんのお気に入りの小説、ポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』でも読みながら、寝てしまおう。

 こういう日も、たまにはあっていいよね……と、誰に同意を求めているわけでもなく、ひとり呟く。


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