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2007年10月に作成された記事

2007年10月28日 (日)

もうじきハロウィーン

 昨夜は、連れ合いと村上春樹のことなどについて話していたら楽しくて、つい深夜遅くまで長電話。
 Skypeの無料通話だから、安心して喋りすぎてしまう。
 だけど、NTTしかなかった頃と比べたら、天国。

Img_1185  さて、もうじきハロウィーン。
 お馴染み青山フラワーマーケットにて、飾り用のかぼちゃを見つけた。かぼちゃを買うと、「顔シール」をくれるので、それを貼ってみた。
 かぼちゃに被せた帽子とキャンドルの前のコウモリは、フェルト製で別売り。
 かぼちゃは手のひらの上に乗るくらいの可愛い大きさなので、テーブルの上にちょこんと飾れる。

 これは神戸屋のハロウィーンパイ。もちろん中味は、かぼちゃ。Img_1182
 相変わらず、あまりおいしくなかった……神戸屋(笑)。でもまあ、季節ものということで。

 昨日は、台風で一日大雨のため、一歩も外から出ず。
 今日は見事な快晴だったので、昨日できなかった洗濯に追われる。
 それからレバーペーストをつくった。夏には大汗をかきながらつくっていたのが、懐かしい。この季節は何の苦もなくつくれる。やはり火をたくさん入れる料理は、猛暑の時期は避けるべきだ……と、今さらなことを思う。 

Img_1183  そして、生協から紅玉が2キロも届いたので、ちょっと傷んでいるのを選んで使い、アップルパイを焼いた。通常は、砂糖と一緒にりんごを煮るのだけれど、これはパイ皮の上に、くし形に薄く切ったりんごを生のまま並べ、砂糖を振りかけて焼いただけ。
 物足りないかなあと思いつつ、食べてみると、これが意外と、さっぱりしていてさくさくと軽くおいしい。

↑りんごの並べ方が雑ですが(笑)、味はなかなかでした。

 市販のものは、カスタードとかいろいろ入りすぎているような気がする。
 むしろ、こういうのって外では食べられない味だと思う。
 平松洋子さんの本のタイトルではないけれど、正に「買えない味」かもしれない。
 りんごのお菓子は紅玉でつくるのが一番。
 でも、紅玉は生産者が減っているうえ、収穫時期も短い。
 生活クラブ生協では、そんな貴重な紅玉を手頃な値段で届けてくれるから嬉しい。
 来週、また2キロ届くはずだけれど、今年はこれが最後。
 思い切って、5キロ頼めばよかったかな。

 そのまま、スキンローションとリンスをつくるつもりだったが、さすがに疲れて、ブログを書きながら一休み。
 無農薬のバラの花びらをエタノールに浸してエキスを抽出して、そこに精製水とかグリセリンなんかを加えてつくる。
 「ナチュラル!」に命をかけているわけでもないのだけれど、一度手づくりしてみると、安価でできるのに凄くいい感じで、何千円もする市販のスキンケア用品なんか買う気がしなくなってしまうので、つくらざるを得ないというか、なんというか……だからもう、週末は小忙しい(さすがに、クリームなどは買っているが)。

 その他、生協の注文書きとか、アイロンかけとか……etc.
 今週末は、ソファに転がって『グレート・ギャツビー』を読み耽るはずだったのになあ。
 たぶん、凄いたくさん寝てしまうから、忙しいだけなんだと思うけど。

 もうちょっと疲れない身体にならないものか。
 「身体は下降しているけれど、バランスはますますよくなっている」という内田樹先生の言葉を、私もなんとか実践したい。

 とあたふたしている間にハロウィーンがやって来ると、今年もあと2か月ばかり……。

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2007年10月27日 (土)

シンクロニシティ――再び村上春樹について

 さっき『村上春樹にご用心』についての文を書いていたら、つけっ放しにしていたJ-WAVEからレディオヘッドが流れてきたので――レディオヘッド特集をしているらしい――そういや、レディオヘッドは、村上春樹っぽいな、世界的に受けているところとか、どことはなしに「傷ついた男心」的なスタンスとか……と思っていたら、その10秒後くらいに、トム・ヨークは村上春樹を意識しているらしい、というナビゲーターの解説が流れ、びっくりした。

 最近、シンクロニシティが多い。
 武田百合子さんを読み終えたら、偶然古本屋で3年前に出たムック本を見つけたり、『富士日記』読んでみたいなと思っていたら、高山なおみさんの日記で、『富士日記』を読み返している、という一文が出てきたり。
 『走ることについて語るときに僕の語ること』を読みたいなと思っていたら、よしもとばななさんが、この本をやはりHPの日記で絶賛していたり。

 ところで、よしもとばななが世界的に読まれていることについて、内田樹氏による村上春樹論のように、誰か面白い解釈をしてくれる人はいないものだろうか?

 あと、今、ちょっと思ったこと。
 村上春樹やレディオヘッドを「傷ついた男」と解釈すると、それが女性たちにも受け入れられるのはなぜか? ナルシスティックと敬遠されず(そう批判するベテランの女性作家もかつていた)、なぜ人気があるのか?などなど、考え始めると、面白くなる。
 それはきっと、この父(神)なき世界で、自信満々にしているマッチョな人なんてどこか胡散臭い――と、女性は、直感的に感じてしまうからなのか?
 村上春樹が高く評価しているスガシカオもその括りのなかに入るんだろうなあ(私もスガシカオの大ファンです)。
 村上春樹と音楽の関わり、村上春樹に触発される音楽家、というテーマも面白そう。

 と、突然、思いつきでさっきの追加記事として書いてみた。

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『村上春樹にご用心』――内田樹×柴田元幸トークショー

 Mh_2 先週の21日(日)青山BCにて行われた『村上春樹にご用心』の内田樹×柴田元幸さんのトークショーは本当におもしろかった。
 私は、村上春樹は全作品読破もしていないし、それ程熱狂的なファンというわけではないけれど、やはり印象的な作品はいくつかあり、気になる存在だった。
 で、内田氏の解釈を読んだり、聞くにつけ、なんとなくいいなと思っていたことの意外な深さというか、滋味のようなものが明確にわかってきて、これからもっと読んでみようという気になった。

 トークショーのなかで、一番印象に残ったのは、内田氏が、30代後半の時、離婚したりして心身ともにぼろぼろだった頃、本など何も読めないなか、それでも自分の心のなかに入っきたのが、レヴィナスとチャンドラーとフィッツジェラルド、そして村上春樹だった、という話。
 チャンドラーとフィッツジェラルド、村上春樹……というのは、傷ついた男の心に寄り添ってくれる(ちょっと笑)のだそうで、なるほど、そんな気がする。
 でもって、奇しくも、チャンドラーとフィッツジェラルドを村上春樹は翻訳しているのだ。
 そう言えば、ファンタジー作家の梨木香歩さんも、同じようなことを言っていた。
「弱った魂が要求するもので、本当に自分が求めているものがわかる」というような話だった。梨木さんは、児童文学のポリアンナを挙げていたけれど、これは傷ついた少女の心に栄養を与えてくれる感じなのだろう。

 村上春樹はなぜ世界でこんなに読まれているのか?という問いかけら、すべての世界、すべての人に共通している「この世に存在しないもの」を描いているから、という話に展開していくのが、凄くスリリングだった。
 「この世に存在しないもの」=父(神)の不在、ということになる。
 カフカ的な統一原理のない世界。
 神がいない世界で、人はどうやって正しく生きていくべきか。

 なるほど、普遍性の秘密はそこにあったのか……。

 その他、、巨大な事件(例えば、オウムとか阪神大震災とか)について、そのこと自体には一言も触れず、その周辺を描き、受け止める人が身を遠ざけようとするふるまいのなかに深刻な影響が出ている。中心にあるのもは空虚である――という話も印象的だった。

 受け手の柴田氏の話も面白く、「文学臭を抜いた、一級の文学作品を皆が読みたがっていた」(それが正に村上文学)と言っていた。

 村上春樹の近著『走ることについて語るときに僕の語ること』については、下がっていく身体能力に従って、自我を組み替えることを書いた素晴らしい本であると、内田氏は絶賛。
 内田氏自身も、長年武道をやっていて、身体全体は下降していくが、バランスはますますよくなっている……とおっしゃっていた。
 
 まあ、これ以外にも深くて面白い話が盛りだくさんだったのだが、版元のアルテスパブリッシング がHPでいずれこのトークショーをテキスト化し、Upしてくれるそうなので、そちらをお楽しみに。
 
ちなみに、このアルテスパブリッシングは、私の知人が立ち上げた出版社で、この後も内容の濃い音楽本などを続々刊行予定(要注目!)。

 それにしても、村上春樹も素晴らしいけれど、内田氏も素晴らしい。
 パワフルだけど、油ぎっていないというか(笑)、若々しく、明るいオーラを放っておられた。
 あれだけの仕事量をこなし、どこにそんなパワーの秘密が……(だって、毎月のように新刊が出るではありませんか。そのうえ大学の先生だし)。
 やはり、武道で鍛錬されているからだろうか。単に筋肉や身体を鍛えるといった感じでではなく、丹田に力が入っている感じ。
 
 身体と頭のつながり(身体と魂?)、柔らかな心としなやかな身体、日常を大切にすること、まっとうであること――そんなところにも、鍵があるような気がする。
 それがあれば、「邪悪なものから身を守る」(これも内田氏による、村上文学の解釈)、ということにつながるのかもしれない。

 余談だけれど、そんな話に触発されて、私もこの身体をちょっとなんとかしたいなと思い――マラソンも古武術も敷居が高いので――しばらくさぼっていたDVDを見ながらのヨガを復活させた。まあ、いつかちゃんとプロに習わないといけないなあとは思いつつ、とりあえずは、自分でできる範囲で。
 ほんと、身体がダメだと、いいものは書けないと私も切実に思う。
 今の私は、体力がなくて、毎日の勤め以外にはエネルギーが回らないのが現実だ。
 
 というわけで、村上春樹の偉大さに改めて気づかせてくれる『村上春樹にご用心』 は、ほんとにおすすめの一冊。
 「誰かがやらないと結局みんなが困る種類の仕事」=雪かき文学(村上春樹の作品)としたり、音楽の「倍音」で解釈したりと、読んでいるとわくわくする。

 私はこの本は読み終わったので、今は「傷ついた男の心に寄り添う」(笑)という、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を読み始めているところ。
 もちろんのこと、村上春樹の新訳です。

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2007年10月25日 (木)

深まりゆく秋のなか、なんだか忙しかった

 先週、17日~19日、職場の研修のため山形(酒田市周辺の庄内平野)へ行った。
 ちょうど入稿時期に当たっていたので、その直前まで前倒し作業に追われ、息も絶え絶え。 
 出かける前日の夜、化粧を落としていると、唇に違和感が。鏡でよく見ると、ぷちぷちと水泡のようなものが……ああ、こういうのいやだあ~と思っても、どうにもならず。
 朝も、一向に直る気配はなく、ぷちっと膨らんで少し赤くなっている。その箇所だけ避けて、口紅をなんとか塗って出かける。なんとなく間抜けな顔。
 特に体の不調は感じていなかったのだけれど、やはり疲れが出たのかもしれない。

  山形は、羽田空港からビューンとほんの1時間弱。

 Img_1034_3  りんごのように赤くつやつやしているのは、赤いパプリカ。
 
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 そして、黄色いパプリカも。スーパーで売られているのはオランダ産などが多い。国産でこんなにおいしいパプリカを生産できるのは、ここだけだろう。

 パプリカの花。初めて見た。可愛い。Img_1036

 





 

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 ここは、シソ科のエゴマの畑。とってもよいお天気で、陽射しがキラキラ輝いていて、妖精が飛んでいそうな風景。


 

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 庄内平野を眼下に望む。遠くに見えるのは、鳥海山(活火山・2236m)。
 こういう景色を見ていると、東京での暮らしというのは何なのかなあと思ってしまう。 
 しかし、土地の人に話を聞くと、地方には地方の大変さがある。Img_1044_2
 特に農家は後継者問題とか、いろいろあるし……。農業だけでやっていける家というのは少なく、たいてい兼業農家だそうだ。
 「田舎でのんびり」できる人というのは、結局、貯蓄も年金もある今のお年寄り、という話になる。

 

 これは茄子の花。野菜に付くお花というのは、健気な感じで可愛いものだなあと思う。
 ふだんは滅多に見ることができないだけに、貴重な感じだ。
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 と、写真だけを並べると、いい空気のなか、のんびりな研修旅行といった趣だけれど、実際は滅茶苦茶ハードで、「旅行」という言葉は使いたくない感じ(笑)。

 編集者がなぜ山形の農地で研修?という疑問はさておき(笑)。まあ、なかなかいい経験になりました。

 19日の金曜日18時、へろへろになって飛行機に乗り込み、羽田へ。
 ANAの機内で、「翼の王国」を見ていたら、生物学者の福岡伸一氏が連載しているフェルメールの記事があったので、連れ合いに見せるため、持ち帰る。
 羽田空港に着くと――すぐに帰ればいいのに――カプチーノを飲んだ。あまりおいしくなかったけれど、何しろ研修中はコーヒーに飢えていたので(笑)。


 山形にいる間は晴天で、東京より少しひんやり澄んだ空気が心地よかったのに、着くと雨がざーざー降っていた。
 あともうちょっと待ってくれたらなと思いつつ、行きより妙に重くなった鞄を自転車のカゴに押し込み、濡れながら家路へ。

 研修の翌日が土曜日でよかったと思ったけれど、依然として唇の腫れは引かず。
 20日の土曜日は、午前中爆睡して、生協の配達もお休みにしたので食べるものが何もなかったので、夕方買い物に行った。
 Img_1177 途中で寄った西荻の古本屋で、3年前に出た武田百合子特集のムック本(KAWADE夢ムック)を見つけ、即買う。
 最近『犬が星見た』を読んで、ファンになったばかりだったので、まるで私を待っていたかのよう。
 それから荻窪へ出て、いつものドトールとか神戸屋じゃない、ちょっと高めの珈琲屋さんへ行っておいしいカフェ・オレを飲みながら、その本をぱらぱらめくる。
 古本屋で3年前の武田百合子特集を偶然見つけること、雰囲気のいい珈琲屋さんでぼーっとすること。
 東京、というか、ここ中央線沿線らしい、ささやかな楽しみだなあと思い、「ここ」ならではのよさを感じる。
 なんてことを改めて思ったりして、いつもの日常が少しばかり光って見えるのは、「ここ」から離れてみることの効用かも。

 で、21日日曜日は、アルテスパブリッシング主催『村上春樹にご用心』の内田樹先生の講演会。
 楽しみにしていたのだけれど、青山BCにて13時からというのは、ちょっとキツかった。
 でもなんとか起きて、出かけて、非常に有意義な話を聞いた(週末にでも、また改めて書きます)。
 そして、唇は直らないまま……子どもが唇に引っかき傷をつくったみたいで、恥ずかしい。

 週が開けると、待ってましたとばかりに、初校が出て、出張校正、昨日ようやく校了になり、今日25日は有休を取った。
 やけに疲れるなあと思ったら、今月は、なんと校了が2回もあったのだ。
 月刊のものをやっているのだが、もろもろの事情(システムのどうたらこうたら)が重なり、まるで隔週刊雑誌をつくっているかのようだった。
 その怒涛のなか、研修……まあ、くたびれて当たり前か。
 なので今日も爆睡、午後はNHK-BSのブルゴーニュ特集を見ながらフレンチトーストとアールグレイたっぷりのブランチを取りながら、ほっこり気分。

 午後から銀行、振り込みなどの用事を済ませ、買い物へ。
 無印良品で2100円の福袋なんかを珍しく買ってしまう(一応、何が入っているか見えたので)。
 ショール風カーディガンは、家で着てみると、ぴらぴらしてあまり実用的でない。あと使えそうのは、インナーになる薄手のTシャツ類。白いウールのマフラーは使わないだろうな(ウールはチクチクしてダメなので。カシミヤでないと!←贅沢なヤツ)。
 得したような実際はあまり得していないような……。
 給料日なので、アテスウェイでアールグレイとチョコレートのクリームに、黒胡椒入り(よくわからなかった)、りんご入りのケーキを買う。
 クリスマスケーキの様子を探りに行ったのだが、さすがにまだ何も出ていなかった。

 そんなこんなで、日が暮れてしまったが、やっと疲れが取れた感じ。
 唇はかさぶたになって(みっともないなあ)、もうちょっとで回復の兆しが。

 というわけで、今週もあともう1日、がんばろう。

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2007年10月14日 (日)

伊豆高原旅行――茄子のはな

 Img_0986_2 先週末、10月7日~8日と、ちょっと遅めの誕生日祝いということで、連れ合いが伊豆高原旅行を企画してくれた。
 それぞれ大阪、東京駅からなので、現地の伊豆高原駅で落ち合い、それからタクシーで10分ほどの宿へ。
 タクシーで10分というと、なかなかの距離で、かなり山の上といった感じ。
  泊まった茄子のはな という宿は、登ったところから、また細い石段の階段を降りて玄関に辿り着くという贅沢なつくり。
 草木染めののれんがかかっていたりして、いい雰囲気。Img_0984_2

 

 

 

 

 ここは、各部屋のバルコニーにある専用露天風呂が特徴。
 いつでも、好きな時にざぶんと入れるし、着替えを持って廊下をうろうろしなくても済む、というのがとっても快適だった。
 それもバルコニーがやたら眺めがよくて、こんな解放感たっぷりの景色を前にお風呂を入るなんて、初めての経験。最初はおそるおそる入っていたのだけれど、だんだん目隠しの木の戸も開け放して入るようになっていた(笑)。Img_0987_2
 浴槽は、なんと陶器でできている。
「これはどうやって焼いたのだろう? これが焼ける釜というのはいったいどんな大きさなのか?」と、ふたりでひとしきり話し合う。

 



Img_1026

 

 

 部屋からの眺め。天気が今ひとつで、あまりきれいに撮れなかったけれど、海が見える。

 
 

 のぼせそうなほどお風呂に入ったあとは、晩ごはん。
 部屋ではなく、調理場に近い、食事専用の部屋(仕切りがあって個室のような感じ)で取る。
 食事がまた美味しくて、お刺身の盛り合わせと天ぷらがちまちまと出てくる、いわゆる旅館料理ではなくて、和をベースに、洋食のテイストも程よく取り入れた創作料理。Img_1010
 先付は、小さなガラスの器に入ったもの(写真)。 コンソメのゼリーに湯葉とか、いろんなものが入っていた(あまりに凝っていて、何が入ってていたのか忘れた……)。
 前菜に、きのことチーズのムースと茄子とファグラのムースが2層になったものとか、結構凝ったものが出てくる。そうそう、この宿の「茄子のはな」という名前にちなんで、必ず茄子が料理に使われるそうだ。
 それから、鯛のお刺身など正統的?なものも出てくる。地元のお塩で食べるのが美味しかった。それから、生のわさびも付いていて、「結婚しない男」で桑野信介が使っていた、あの鮫皮のおろし器が用意されていた。
 嬉しくて、シャカシャカおろして、辛いっ!と言いつつ、まるまる1本、ふたりで食べる。
 おもしろくて美味しかったのは、熱く熱した玉石の上に鍋を乗せて蒸し焼きにした、鮭とさつま芋などの野菜。
 お肉は、富士山の溶岩を成型したものを熱して、そこでじゅうじゅう焼いたもの。味付けは、玉葱のみじん切りと塩とハーブ。
 最後は、竹で編んだお弁当箱を開けると、葉っぱ(何の葉か忘れた)にくるまれたご飯が出てくる。もち米に枝豆や松の実とか、ごぼうなどを炊き込んだご飯。
 締めくくりは、アイスクリームとフルーツのデザート。黒豆に金粉が飾ってあった。

 部屋に戻ると、レモンを浮かべた冷水が用意してあり、冷蔵庫には「夜菓子」として、チョコレートムースが!

 食休みした後は、せっかくだからと、またお風呂に。
 お風呂のあとは、バルコニーにある椅子に座って、お水を飲みながらぼーっとする。
「こういうバルコニーが自分ちにあったらいいねえ」
「ねえ。テーブルを置いて、お茶飲んだり、ビール飲んだりできたら、気持ちいいだろうねえ」と夢の話をする。

 天気はやや下り気味だったけれど、夜の雲の間から、ほんの束の間、星がきれいに見えた。

 朝もまた、ご飯の前にお風呂。
 夜も情緒があってよかったけれど、朝風呂も爽やかだ。
「明日、仕事に行くなんて信じられないねえ」と言い合う。

Img_1020 朝ご飯が、また豪華。
 明日葉(あしたば)という伊豆の特産の葉ものにフルーツを混ぜて飲みやすくしたジュースを最初に飲む。

 それから、ご飯とおみそ汁に、鯵の開き、湯豆腐、お刺身はたたき(何の魚か忘れた。あいなめだったか?)、こんにゃくの煮付け、おひたしなど。
 器や、盛り付けの演出が洒落ている。

 などなど、朝ご飯を堪能していると、あっという間にチェックアウトの時間になってしまった。
 楽しい時間というのは、どうして矢のように早く過ぎていくのだろう。

 名残惜しさを残しつつ、宿を後にする。
 会計の待ち時間のときまで、お茶と抹茶と小豆の一口和菓子でもてなしてくれたのが嬉しかった。
 ここは、老舗旅館ほど敷居の高い感じではないし、でも全体的に隠れ家的な、個室を大事にしたつくりがよくて、ホテルや大きな旅館にはない細やかな心遣いがよかった。
 とにかく、お料理が最高。旅先の宿というのは、たいてガイドブックなどで賭けのような気持ちで決めることが多いから、当たりだと嬉しい。

 帰りは、あいにく土砂降り。タクシーで伊豆ガラスと工芸美術館へ向かう。
 あまり期待していなかったのだけれど、「アール・ヌーヴォー、アール・デコ様式のガラス美術と装飾工芸」がテーマの美術館だそうで、ちょうどラリックやエルテの展示があり、私はラリックが好きなので、結構楽しめた。
 ラリックは女性や天使などの可憐で華麗なガラスものもいいけれど、聖テレ-ズをモデルにした、清冽な雰囲気のガラスの置物が素敵だった。ラリックはうねるような曲線が特徴だけれど、これは聖女らしく、まっすぐなラインで、聖テレ-ズを小さなバラが飾っていた。
 ひととおり見て、出口近くの土産物売り場に売られている、どぎつい色の大量生産のガラス製品を見て、「ああ、さっきの余韻がぁ~」と、ちょっとげんなりする。

 雨が全然止まないので、もうあちこち行くのはあきらめて、近場の喫茶店へ入る。
 豪華な朝ご飯のせいで、お腹も空いていないので、コーヒーとホットケーキのセットを頼む。
 そこでぼーっとした後、駅へ。
 踊り子号で熱海駅まで一緒に乗って、連れ合いとは、さようなら。
 本当に、終わってみると早いものだ。
 旅の終わりというものは、強烈ではないけれど微かな寂しさが漂う。
 上げ膳据え膳で、なーんにもせず、お風呂三昧、ご馳走三昧でくつろいだわりには、不思議に疲れていて、東京までうとうとと寝てしまう。

 伊豆高原旅行といっても、ほとんど宿でお風呂と食事を楽しんだ感じ。
 これはこれで、楽しかったと思う。

 東京に着くと、一気に現実に引き戻される。
 そして、西荻の駅に着き、家に向かう途中、金木犀の香りがした。
 秋も深まってきたなあ。
 今年も終わりに近づきつつあることを感じてしまう。 
 と、やはり、旅の終わりは、なんとはなしに感傷的な気分になってしまう。

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