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2007年6月10日 (日)

天国的な鳥

                             

Img_0866_1

 今朝、東京地方は雷鳴と激しい雨だっだのに、午後からすっかり晴れた。
 窓を開けると、雨に洗われた空気が澄んでいて、とっても芳しいので、近所の善福寺公園へふらっと散歩に出かけた。
 夕方の陽射しがいい感じ。

 












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 今が盛りの紫陽花を見ながら、季節は巡っていることを実感する。

 

 

 そして、池のところに、この世のものとは思えない鳥が一羽、飛来していた。
 スーッと急降下してきては、水面に一瞬もぐる。小魚でもつかまえているのか?
 そして、また一瞬にして、空高く舞い、羽ばたき、水面へ急降下。
 池には、そこだけさざなみが……。
 そのなめらかな繰り返しの動き、一連の流れがあまりにも優雅で美しいので、池の手すりの脇に立ち尽くしてしばらく見とれていた。人間のくれる餌をねらって、地べたを這いずり回っている鳩の群れとは大違いだ(私は鳩が嫌いなもんで/笑)。
 ツバメに似ていたけれど、ツバメは水中の魚を食べるだろうか? 
 野鳥に詳しくない私は、あいにく、この鳥の名前がわからない。
 職場に野鳥の本があったら、今度調べてみよう。
 なんだかいいものを見たなーと思った。
 あんなふうに小さくて美しい生き物は、人間には決してつくり出せない。
 完璧なものというのは、すべて自然のなかにあるのだな、きっと。

 鳥を撮影しようかと思ったけれど、私のコンパクトカメラでは、ただの「点」にしかならないので、あきらめた。でも、どんなに優秀な一眼レフカメラがあっても、あの天国的な流れは伝えることができないだろう。Img_0875  

鳥は写っていないけれど……。
蓮の花が、ぼちぼち咲き始めていた。








 さて、今夜の晩ご飯は、ナプレのランチに着想を得て、グリーンピースとアスパラガスなど季節の野菜を使ったアンチョビ風味パスタにするつもり。

 ……と、身辺雑記風のブログ日記を始めると、日々のなかであったちょっとしたこと――今日であれば、善福寺公園で遭遇した鳥のこととか――を書き留めずにはいられなくなるので、これはこれできりがないなあ(笑)、なんて思うこの頃。

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コメント

Kateさん、こんばんは。この「天国的な鳥」の文章と写真、素晴らしいですね。思わず知らず見入り、魅入られてしまいました。雨上がりの透明な空気の中に光が満ちあふれ、滴るような緑が映える水面に、野鳥が繰り返し飛びこんでは大きく弧を描いて羽ばたいていくさまが、目に浮かぶようです。

そんな善福寺公園の描写もさることながら、「あんなふうに小さくて美しい生き物は、人間には決してつくり出せない。完璧なものというのは、すべて自然のなかにあるのだな、きっと」というパッセージにはやられました。この一節自体が、天国的な言葉の音調を持っていて、野鳥の動きのように美しく滑らかですね。完璧な言葉の連なりには、強い説得力と、伸びやかで清々しい気分を喚起する、恩寵のような力が宿るのだと、あらためて気付きました。

自然との不意の驚きの出遭いに敏感でいられたら、豊かでいいなあと思いますね!

投稿: 灯 | 2007年6月12日 (火) 21:16

灯さん
過分なお褒めの言葉をいただき、恐縮(笑)です。
雨上がりの夕空に誘われて、ふらりと公園へ出かけてよかったです。
人生というのは、こんなふうにささやかだけれど思いがけない美しいものとの
出会いの連続なんだと思うと、捨てたもんじゃないなと思います。

さて、今日は忙しくて、肝心の鳥のことを調べるのをすっかり忘れてしまいました。
わかったら、またこのコメント欄に書き込みます。

投稿: Kate | 2007年6月12日 (火) 23:27

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