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2007年3月25日 (日)

元教育大臣オッリペッカ・ヘイノネン フィンランド学力世界一の秘密――「下流志向」な日本と比べると……

 先月2月12日にNHKの未来への提言という番組で「元教育大臣オッリペッカ・ヘイノネン――フィンランド学力世界一の秘密」(聞き手:東京大学教授 佐藤学)という特集をやっていた。
 ヘイノネン氏は若干29歳で教育大臣に就任(現在42歳という若さ!)、フィンランドの教育改革を推し進めてきた人だ。経済協力開発機構(OECD)の国際的な学習到達度調査(PISA)で、フィンランドは世界一の成績をあげたのだ。
 ヘイノネン氏は、まず真っ先に「大切なことは機会の平等」ということを語っていた。
「教育は投資、国の競争力に関わる問題」とも。
 90年代の初め、フィンランドは失業率20%だっだが、教育水準の底上げを図り、ノキアなどのIT産業は目覚ましい発展を遂げ、現在は世界トップクラスの経済国になったそうだ。
「国民全体の教育レベルが上がって、世界に通用する人材が育成できる」
「教育こそが、国全体の競争力を高める」

 と、意図がとても明快で、「子どもたちの未来のために」とか何とか曖昧な言葉で語らないのが印象的だった。
「不況を抜け出すには、人という資本に投資すること」が何より大事だと判断したそうだ。と言って、グローバリゼーションのための競争に奔走している感じはなくて、温かみのある教育態勢――何より若いヘイノネン氏そのものが、心が深く温かみのある人物!――というのも、非常に印象に残った。
 フィンランドは、スパルタ式の詰め込み教育ではなく、教育現場に大きな裁量権を与え、教師のやり方を尊重し、各学校で独自のカリキュラムで自由に教えられるようにする、という方式を採用した。それによって、教師の意欲が上がったとのこと。厳しく管理すると、モチベーションが下がりダメになるという。
 また、教師の社会的地位も高い。なれるのは志願者の1割程度で、修士号を取得しないといけない。その他、クラブ活動は他の先生が受け持つ、残業はほとんどなく、研修などに積極的に参加できるシステムになっているなど、日本の教育現場の人たちはどう思うだろう。日本からもいろんな人が視察に行ったり、フィンランドの教育システムについて本も出ているけれど、道は遠し……という感じ。すぐに、競争に勝つための学力、と短絡的に考えて、ゆとり教育から一転、何かとんでもないことを考えそうで心許ない。
 さて、フィンランドでは、どんな地域でも平等にと、国内すべての学校にPCを潤沢に設置したのも、ヘイノネンさんが、これからのIT社会の到来を見据えての早くからの措置だった。
 なぜノキアなどが進出できたのか、その鍵となるようなヘイノネン氏の興味深い言葉を記しておく。

○変化が激しく情報があふれる時代に対応できてなくはいけない。
            ↓
○未来が予測できない時代。人々が一生の間に何度も仕事を変えるような時代。めまぐるしく変わり、周囲に膨大な量の情報があふれている。
            ↓
○変化に適応して、生き抜くために自分で自分を導いていかねばならない。
            ↓
○そのためには、自分自身を知らなければならなない。自分の内側から新しいことを学ぼうというモチベーションが生まれなければいけない。

○新しい出来事に対処する能力は、将来思わぬ問題が起きた時、解決する能力になる。

○他者と協力する力、周囲とコミュニケーションする力(つまり言葉)が重要。
 フィンランドは昔からスウェーデンやロシアなどから侵略を受け続け、小さな国がそういう中で生き残るには、周囲とのコミュニケーションが欠かせなかった、という歴史的背景もあっての理念だそうだ。

 そして、教育の根本は「リテラシー=情報を読み解く力」、これがすべての基本となるそうだ。
 確かにそれをしっかり身につければ、、学校を卒業した後、将来思わぬ問題が起きた時に自分や状況を分析する力になるだろうし、職業の場でも、大きく関わっていくことだと思う。
 日本では、若い人たちのワーキング・プア問題がさかんに取り上げられるようになっていて、私もこのブログで書いたことがある。→こちら を参照。
 その時は、社会が悪いというような物言いをしていたが、社会、というより教育の問題が大きいかも知れないと今は思う。
 正に、日本の教育は、上述のヘイノネン氏が掲げていることと逆の状態だから。つまり、「変化に適応できずに生き抜くことができず、自分で自分を導くことができない。そのためには、自分自身を知らなければならないのに、自分を語る言葉を持っていない」という状況を生んでいると思うのだ。
 そして、「自分の内側から新しいことを学ぼうというモチベーションなどまったくない」というわけで、内田樹氏の著書のタイトルどおり『下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち』という現象が生まれてしまったのだと思う。
 私などは、大まかに括ると詰め込み教育の世代なのだろうけれど、その弊害はあるにしても、その中でかろうじて情報を読み解く力はある程度は培われた気がする。

 その他、フィンランドでは家族の収入に関係なく平等な教育と食事(給食費も学費もすべて無料)が与えられるという。日本もそれくらいしてもいいんじゃないかなあ。一部の突出したエリートを輩出させるより、「機会の平等」の方が日本人の国民性に合っていると思うのだけれど……どうなんでしょう?

 それからさらに、日本のいじめ問題はこういうことが理解されていないから起こるのだ、と思わせられるヘイノネン氏の言葉。

○人はそれぞれ違う。人は自分と異なる人を受け入れ、コミュニケーションを取ることができる。そのことは自分の強みになることを気づくべき。
          ↓
○他人を理解するには、自分を知らなければならない。

○自分が価値ある存在であることを自覚できれば、他の人もまたかけがえのない存在であることを理解できる。
          ↓
○――といったことを教えるのが、教育の役目。

○他人を傷つけたり、他人を脅威と見なすような自己中心的な人間にしない。

 これにはいたく共感。この反対をやるとモラル・ハラスメント的、ということになるのだと思う。つまり、他者に対して攻撃的な人というのは、実は他者を脅威と感じているからなのか……なるほど納得!

 後半、ヘイノネン氏は、現代の状況と大人である自分たち世代が果たさなくてはいけない役割についてこう締め括っていた。

○現代は、変化のスピードが速すぎて多くの人が精神的にまいっている。走り続けることに疑問を抱く人が多い。

○あまりにもたくさん選択肢があることが人々の重荷になっている。そして、生きていく道しるべがない。

○次世代の大人になる力が弱まっている。変わらないものはある、という大切なことを教え引き継いでいくのは、私たちの責任。
          ↓
○彼ら(今の若い人たち)の時代を築くチャンスを与えること。

 日本は、若い人にチャンスを与えず、自分の取り分をきっちり確保し自己保身に走る「大人」が多いってことだなあ。だけど、長い目で見れば、それは自分で自分の首を締めるようなことでもあるわけで……。

○大切なのは、知識だけではなく、洞察力。走り続けるなら、それは失われる。

○これからの教育は、ペースを落とし、一人ひとりにより深く考えさせられることができなければ。

○自分の頭で考え、自分の心で感じたことを信じること。
            ↓
○他の人も、同じように自分の頭で考え、自分の心で感じたことを信じていることを尊重すること。

○今を生きる子どもたちには可能性がある。
 想像性を引き出し、モチベーションを高め、内なる洞察力を手にすることができれば、幸せな未来が待っている。

 最後に、「学校のためではなく、人生のために」という言葉があった。
 かつての詰め込み教育の弊害は、この辺にあるかもしれない。人生のためではなく、学校だけのために勉強して学校のために生きていた、というような……。それ故生きる力が弱く、次世代や子どもをちゃんと育むことができないのかも。

 と、子どもがいない立場の私があれこれ言うのは気が引けるけれど、今の若い人たちや子どもたちの状況は、シングルの私でも凄く気にかかっている。
 何しろ、世間の片隅からではあれど、一応ちょっぴり送り手側に立っている人間としては、リテラシーの著しい低下によって、受け手がいなくなるってこともあり得るわけで。というか、それはすでに始まっている気がするし……。
(ちなみに、フィンランド人は大人から子どもまで読書好きの人が多く、図書館の利用率も凄く高いらしい)

 それにしても、日本のお役人でヘイノネン氏のように深く「洞察」できる人はどれだけいるのだろうか? 

 フィンランドがすべて正しく、それをすべて真似すればいいというものでもないのだろうけれど、現代というものを見極めた上でのヘイノネン氏の理念やフィンランドの社会全体で教育を支えるという方針は、素晴らしいと思う。
 こんなふうに税金が使われるのであれば、シングル子なしの私だって、喜んで税金を払いますとも!(ま、今だってしぶしぶ払ってますけど)。

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コメント

こちらではお久しぶりです。
その番組、ぼくもたまたま見ましたが、半ば日本という国に絶望したくなってしまうようでもあり、羨望と嫉妬も入り交じったような複雑な気持ちでした。

こういうふうに実にきちんと成熟した大人が政治や行政を主導するポジションに就ける、そのことにもひたすら驚嘆するばかりです。北欧諸国をむやみに理想化するのもどうかと思いますが、どうしたらそんな国になれるのかなあ?

投稿: Bee'Wing | 2007年3月25日 (日) 21:11

Bee'Wing さん
私も、「羨望と嫉妬も入り交じったような」気持ちでした。
本当に日本の政治家の発言とか聞いてると、絶望的になりますもん。
教師もロリコンおたくみたいなヤツがいたりとか。

なんでこんな国になってしまったんでしょうねえ(ため息)。

投稿: Kate | 2007年3月25日 (日) 21:42

日本の問題は、「教師だって何十万人もいれば一人やふたり重度のロリコンがいても不思議はない」ってことにまったく気が付かないか、想像すらしない人たちが集まってる国だってことじゃないかと思います。

といってもフィンランドにだってロリコンがいないわけはないから、あちらではどうやって教師適性を見極めているのか、とか、そういった不測の事態は起きてないのか、とかも興味深いものがあります。

※前の投稿、自分の名前を間違えました^^;。

投稿: Bee'sWing | 2007年3月26日 (月) 04:00

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