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2007年3月 4日 (日)

桃の花

 1日遅れの、昨日のひな祭りの画像。
 と言っても、何をしたというわけでもなく、桜まんじゅうを買っただけ。中味は普通の餡で、薄皮にほんのり桜の葉の香り。普通の桜餅の方がおいしい気がした(笑)。
 Img_0712そして、手前に少し映っているのは、青山フラワーマーケット で買った桃の花。
 初めは枝に堅い蕾が付いているだけで、枝ものを花屋で買ってもたいてい花開く前に枯れてしまうので、あまり期待していなかったのだけれど、これは満開になった。
 お店でもらってきたチラシによると、この桃の花は「曙」といって、香川県の福家(ふけ)さんという園芸家により育種されたもの。品種改良を重ね、「きちんと開き、しかも咲いてかも長持ちし、枝の木肌はとてもきれいなもの」を目指して作れられたのだとか(農薬も極力減らしたとのこと)。
 確かにそのとおりに、美しく花開いてくれた。健気で可愛らしい。
 そう言えば、お正月の切り花も青山フラワーマーケットで買ったことを思い出した。松や南天の中に、堅い蕾の付いた雪柳が一本あって、しばらくしたらちゃんと殻がはじけ、中からビロードのような雪柳が芽吹いたのだ。
 青山フラワーマーケットは、最近、駅ビルのなかでよく見かけるチェーンの花屋さん。自分で好きなように花を選んで手に取れるので、結構気に入っている。
 価格も手頃で、自分のために買う「普段用」の花としては、最適。

 それにしても、今日は暖かすぎるくらいで、まだ一度も暖房をつけていない。
 外を歩いても、仄かに沈丁花の香りが漂う。
 春が近いのは嬉しいけれど、早すぎる春というのも、なんとなく不安な気持ちにさせられる。でも、明日はまた寒いのだとか……。

 ここ最近は、仕事上でとほほな出来事が相次ぎ、つまらないことに振り回されている。責任を持ってくれる上司がいないため、面倒な交渉を私のような立場の人間(今はまだ嘱託なのに!)がやらざるを得なくて、先週の金曜の夜は、さすがに疲れが出て、胃がしくしく痛くなったりした。早めにゆっくり寝たら、なんとか持ち直したけれど。
 それでも、時給で働いていた頃や労働規定も何もあったもんじゃないという状態や横暴な上司が君臨し支配されていた頃に比べたら(私ってどういう人生を送ってきたんだ?!)、まあ、許容範囲ってところだろうか。
 稼働日が少ない2月、でも給与はいつもと変わらない額をもらえる、というだけで(時給制の派遣だともろに影響を受ける)、祝福されている気がする……と思うことにする。
(それにしても組織として問題ありすぎなんだけど)

 でも、春になったら、オープンテラスのあるカフェで食事をしたいなあ、それから、おもしろいドラマが始まらないかなあ(『ハケンの品格』はだんだんおふさげが過ぎてきて、ややしらけ気味)、などなど、そんなことをぼんやりのどかに思ったりもしている……日曜の夕方でした。
 
 話は変わって……。
 哲学者の池田晶子さんが、先月ガンで亡くなっていたことを、先日知った。
 ついこの前『人生のほんとう』を読んだばかりなので、ショックだった。
 まだ40代半ばで、これからという感じだったのに……。
 素晴らしい江戸漫画を描いた杉浦日向子さんも、確か、同じ年くらいで亡くなっている。
 おふたりとも、生身の人間の人生を、どこか超越していたような感じもあったから、「こんな浮き世には、そろそろおさらばしなさい」と、あちら側に呼ばれてしまったのかな……。
 満開から、やがて散りつつある桃の花を眺めながら、ご冥福をお祈りしました。

  いつ終わるかわからないのが人生。 
 一日一日を大切に……と、改めて胸に刻んだ。
 

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コメント

Kateさん、こんばんは。とてもきれいにブログの模様替えをなさいましたね。

そして「曙」の桃の花のあでやかなこと!思わず見とれてしまいました。造花ではこの美しさ、健気さ、愛おしさ、そしてはかなさは感じられませんよね。目にはさやかに見えねども、微妙に移ろい、思いがけなく花開く自然の枝ものならではの愉しみがあるのだなと思いました。青山フラワーマーケットのH.Pを見てみると、大阪にもお店があるんですね。休日にでもちょっと寄ってみようかな。

編集者のお仕事も大変ですね。上の人が「責任をもって」進行状況や全体のディレクションをしてくれないと、現場は不安になっちゃうし、何より安心して自分の仕事に打ち込めませんものね。「とほほ」なお気持ちになるのも分かるような気がします。早くより良い体制になりますように!

池田晶子さんの訃報には、僕も驚きました。まだお若かったですからね。中上健次さん(’92)やジル・ドゥルーズ(’95)の訃報に接した時もそうでしたが、愛読していた同時代の著者が亡くなったと聞くと、一瞬「嘘っ!?」と思ってしまいます。

ただ、池田晶子さんは、哲学者らしく「死」について論理的に考え抜いておられましたから(例えば、「私」が生きている間は「死」は存在せず、死んだら「私」が存在しないのだから、「私」にとって「死」は存在しない。存在しないものを何故に怖れる必要があるのか。ガンでなくとも、生れた以上は必ず死ぬのだから、本当の「死因」は「生まれたこと」ではないか、等々)、平然と死を迎えられたのかも知れないと思います。

池田晶子さんが敬愛していた小林秀雄の言葉を借りれば、池田さんは「人生の無常迅速よりはいつも少しばかり無常迅速」に思索をし続けてきた人なのだと思います。短くともよく生きた一生であられたのではないか。そう思いたいですね。

投稿: 灯 | 2007年3月 5日 (月) 22:19

灯さん
コメントどうもありがとうございます。
今、東京で流行っているお店は、たいてい大阪にも出店しているようですね。
私の大好きなパン屋さんPAULも、大阪だと船場旭ビル1Fに本町店が入っています。
バケットサンドなど、休日のブランチや軽い夕食におすすめです。
――と、パン屋話になってしまいましたが(笑)。
確かに男性の方は、花屋さんだとかパン屋さんだとかに、ふらりと立ち寄るなんていうことは、あまりされないんでしょうね。
青山フラワーマーケットとPAUL、ぜひ開拓してみてください!

仕事は今まで過酷な条件下で働くのに慣れてしまったせいか(苦笑)、進行管理も自分自身だったりして、しょうがないなあ……という感じで。本当はこういう状態はよくないのでしょうけれど。

>生れた以上は必ず死ぬのだから、本当の「死因」は「生まれたこと」ではないか
なるほど!と納得させられる言葉ですが、自分が死を間近にした時、こんなふうに言い切れるかどうか、自信はありません。
というのも、私はまだ何も成し遂げていないという思いがあるからです。
池田さんは、やはり、やるべきことをやり遂げ、
>短くともよく生きた一生
であったからこそ言えたのだろうと思います。

私も日々精進せねば……。

投稿: Kate | 2007年3月 5日 (月) 23:41

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