« 星の王子さま★小さな王子さま―砂漠が美しいのは | トップページ | コトコト煮込んだおでんを食べながら、華麗なる一族 »

2007年1月21日 (日)

懐かしくて甘い思い出

 不二家のことについては、いろいろな人がいろいろなことを言っていると思うので、ここではごく個人的な思い出話を書いてみようと思う。

 私は幼い頃、家庭の事情で一時期、祖母に預けられていたことがある。
 3つになるか、なる前か、私は祖母と一緒に買い物へ行った。まだよちよち歩きだった私は、祖母の背中におぶってもらっていた。
 そして、お菓子屋さんの店先で、おぶわれた私は、ちょうどいい高さに不二家のパラソルチョコレートがたくさんぶら下がっていて、それをひょいと手にしてそのまま持ってきてしまった。
 家に戻ってから、私の手のなかに買った覚えのないパラソルチョコレートを発見した祖母は、後日、また私をおぶって、お店に謝りに行って、お金を払った。
 お店の人も、あらまあ、とかなんとか言っただけだった(と思う)。
 お店のものはお金を払わなければいけない、ということもわからない、自分と世界の境界がまだ曖昧だった頃。そういう時期を、もの心つく前と呼ぶのだろうか。
 とにかく、もの心つく前の子どもにとっても、思わず手を伸ばしたくなるほど、不二家のパラソルチョコレートは魅惑的だったということだ。
 最近は売られていたのかどうかわからないけれど、当時は、本当に小さな子の手にすっぽり入るくらいの大きさで、その名のとおり、傘の形のチョコレートで、真ん中にプラスティックの傘の柄が入っていて、ペコちゃんの顔のきれいな包装紙でくるまれていた。

 この不二家のパラソルチョコレートの思い出は、だから、祖母が私をおぶって歩いてくれていた記憶とセットになっている。
 私の母は、遅く生まれた末娘だったので、祖母は当時すでに60代半ばくらいだったはずで、その苦労を思うと、なんだかいたたまれない気持ちになる。
 お店に謝りに行く時、私をまたおぶって連れて行ったのは、私の教育のためではなく、単にひとりで家に置いておけないからだったと思う(祖父は昔に亡くなり、まだ独身だった叔父と同居していて、昼間は祖母と私だけだった)。
 なんで乳母車を使わなかった?と思うのだけれど、戦時中、帯に闇米を詰めて歩いていたような人だったから、そんなものを押すより、おぶってしまった方が手っ取り早かったのかもしれない(そんな祖母も、もう十数年前に92歳で大往生したが。明治の女は強靭だった!)。それに、私たちが小さい頃は、「おんぶ」というものはまだまだ見かけたし、一般的だったと思う。

 それからしばらくして、母の元に戻り、ある年、母が不二家のひな祭りケーキを買ってきてくれたことがある。
 デコレーションがあまりにきれいだったので、私はケーキを食べる前に、じっと眺めながら座り込み、「ひな祭りケーキのお話」をつくってひとりで喋っていた(まったく、どんな話をつくっていたのか、タイムスリップして聞いてみたい)。

 また、こんな思い出もある。
 地方に住んでいた大好きな従姉妹たちのところに、夏休みや冬休みに遊びに行くのは、小学生の頃の私にとっては、大イベントだった。そして、3つ上の従姉妹のおねえさんが、父親からなんとかお小遣いをせしめると、子どもたちだけで、駅前の不二家に何か食べに行くのも一大イベント。
 食べたのは、パフェとかホットケーキセットとか、そんなものだったと思うけど。
 とにかく、お菓子屋さん、ケーキ屋さんというものは、街の小さな洋菓子屋さんか不二家くらいしかなかったのだから。昭和40年代~50年代初頭頃のお話です(笑)。
 でも、不二家くらいしかなかった……と今だからこそ言えるけれど、当時は不二家だけは地方へ行ってもどこに行っても駅前にある、「安心な」お店だったし、そういったレストランやケーキから袋のお菓子やチョコレートまで、甘いものの世界は、不二家で夢のように彩られていたのだ。
 パラソルチョコレートのほかにも、メロディという一粒ずつのチョコレートやホームパイだとか、わくわくするようなお菓子がいっぱいあった。

 時は流れ、かつて不二家のパラソルチョコーレトを無自覚的に「万引き」した私は、PAULのパルミエもおいしいけれど、たまには懐かしい不二家のホームパイでも買ってみようかしら、なんて思っていたのだけれど……すべて撤去されてしまっているそうだから、もう口にすることはできないのかもしれない。

 日本人の30代以上の人は、誰でもこんな思い出を持っているはずだと思う。
 企業の不祥事があると、またかよと思うだけだけれど、今回は、そんな幼い頃の思い出が一気に蘇えってきて寂しい気がした。
 ミルキィはママの味……というコピーが今は虚しく響くばかり(ミルキィを食べていたら、虫歯の詰め物が取れちゃった!という思い出もあり/笑)。
 
 不二家の懐かしくて甘い思い出は、記憶のなかだけで輝いている。

*追記
 個人的な思い出から切り離し、社会的にどう見るか、「この事件は現代日本企業の知的退廃を象徴する出来事」と捉えている内田樹氏のブログが非常に参考になります。
こちら→「不二家」化する日本

|
|

« 星の王子さま★小さな王子さま―砂漠が美しいのは | トップページ | コトコト煮込んだおでんを食べながら、華麗なる一族 »

コメント

不二家、残念な事件でした。他にもたたけばホコリの出る企業はあるのかもしれませんが、なまじ思い出のある分だけ悲しいです。
よく祖父が外出したお土産に不二家のショートケーキを買ってきてくれましたっけ。おかげで姉のバースデイケーキやクリスマスケーキはは未だに不二家でないとダメでした。
わたしはバレンタインのはしりにの時期に、不二家ハートチョコレートを買ってました。あげる勇気はなかったけどね。それに、私が未だにパウンドケーキ系が好きなのは、不二家スコッチケーキの影響です。たぶん頂き物だったのだろうけど、当時としては衝撃的でしたね。
テナントのビルに入っていた不二家レストランで、父と一緒にプリンホットケーキを食べるのも楽しみでした。シロップが3種類ついていて、こんがりと茶色に焼けたホットケーキの上にプリンと白い生クリームが載っていて、とってもわくわくしましたっけ。
今でもメニューにあったら食べたいもののひとつです。

投稿: ローズ・マダー | 2007年2月16日 (金) 00:33

ローズ・マダーさん
私は、なぜか通っていた私立幼稚園で不二家のハートチョコレートをもらった記憶が。
あれは、不二家の宣伝だったのか?
だけど、子ども心に嬉しかったです。
ハート形のチョコレートというのがね。
確かピーナツが入っていたと思う。
ローズ・マダーさん、私ときっとほぼ同世代ですね!

と、誰でもこんなふうにいろんな思い出があるというのも、凄いことですよね。

不二家も「ヒストリカル・ミッション」を終えたということでしょうか(笑/『本格小説』の読者だけにわかる言い回し)。

投稿: Kate | 2007年2月17日 (土) 00:14

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/84419/5020808

この記事へのトラックバック一覧です: 懐かしくて甘い思い出:

« 星の王子さま★小さな王子さま―砂漠が美しいのは | トップページ | コトコト煮込んだおでんを食べながら、華麗なる一族 »