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2007年1月13日 (土)

星の王子さま★小さな王子さま―砂漠が美しいのは

 昨年末に、NHKでサン=テグジュペリの特集番組をやっていた。案内役は、南果歩。前から好きな女優だったけれど、今回もサン=テグジュペリの世界の空気を損なうことなく案内役を務めていて、とてもよかった。もう40代前半だけれど、今でも少女のような雰囲気があり声が可愛らしい。それでいて、落ち着いているし(他人事ながら、某作家と離婚してくれてつくづくよかったと思う/笑。今のダンナさまの方が100万倍素敵)。
というわけで、以前のブログで、『星の王子さま』について書いたことを思い出し、その時の文を元に新たに書き直してみました。

 Ppサン=テグジュペリの『星の王子さま』は、昨年、日本での著作権が切れたので、新訳出版がいくつか出ている。私は、みすず書房の山崎庸一郎氏訳の小さな王子さま が気に入っている。池澤夏樹氏訳の星の王子さま は、小型で布張りのとても素敵な装丁だけれど、やはり山崎庸一郎氏の方が、私にはぴったり来た。巻末の訳註も充実しているし、これを読むだけでも、新たなサン=テグジュペリを発見できる。さて、訳は翻訳者によって、どれくらい違うものなのか扉にある文を比べてみると……。



★星を出るにあたって小さな王子さまは、渡り鳥の移住を利用したのだと思います。(山崎庸一郎訳)

☆脱出の機会を得るために王子さまは、野生の鳥の渡りを利用したのだろうとぼくは思う。(池澤夏樹訳)

 こんなにも違ってくるものなんですね。池澤氏の方がもしかしたら原文に近いのかも知れないし、きっぱりしていてこれはこれで味があるのだけれど。でも、昔、岩波版のちょっと甘い感じ(?)の内藤濯訳に親しんでいたせいか、何か違うなあと感じてしまう。
 それから、山崎氏が『小さな王子さま』としたのは、

本書での題名は原典に忠実に『小さな王子さま』としたが、「星の」という語を付加して王子さまを外側から場所的に固定することを避ける意図も含まれている。

――だからだそうです(訳註より)。

 ところで、『小さな王子さま』って、こんなに深い物語だったのかと改めて心打たれるのは、こんなところを読み返した時。

「あのころのぼくはなにひとつ理解できずにいたんだ! あの花を、言葉ではなく、してくれたことで判断しなくちゃいけなかったんだ。あの花はぼくをよい香りでつつんでくれたし、ぼくの気持ちを晴れやかにしてくれていた。ぼくは逃げ出しちゃいけなかったんだ! 見えすいた策略の向こうに愛情を見抜いてあげなくちゃいけなかったんだ。花たちって、とてもちぐはぐなことを言うもんだから! でもぼくは幼すぎてあの花を愛することができなかったんだよ」

 王子さまが自分の星に残してきたバラのことを思って言う言葉。
 愛し合っているのに、愛しすぎてしまったが故にお互いの首を絞め合うようにして別れざるを得なかった、切ない恋愛映画のようなセリフ。「あの花」というのを、誰か女性の名前、フランソワーズとかマリアンヌとか女性の名前に置き換えたら、まるでトリュフォーの映画の一場面みたい。
 実際にサン=テグジュペリは、ブエノスアイレスで出会ったコンスエロという奔放な女性と激しい恋に落ち、結婚したのだけれど、葛藤の多い関係だったそうだ。彼女はファム・ファタール、いわゆる悪女的な存在。このわがままなバラは、コンスエロだといわれている。
 ふたりとも深く愛し合っていたのに、互いに激しい性格で似ているところがありすぎて、そして理想を追い求めるあまり、ぶつかってしまうことが多かったらしい。

 また、空軍の偵察飛行部隊にもいたサン=テグジュペリは、戦争の暗い影とは無縁ではなかった。この物語そのものも敬愛するユダヤ人の友人に捧げているし、バオバブの木はファシズムを象徴している、など幾重にも深く読み解くことができるそうだ。
 青年時代に経験した弟の死も、反映されている。
 そして、サン=テグジュペリ自身も44歳の時、偵察飛行中に行方不明となってしまったのだ(飛行機の残骸の一部が最近見つかったそうだけれど)。

 NHKの番組で印象的だったのは、サン=テグジュペリとコンスエロとの膨大な手紙(近年、発見されたらしい)。コンスエロからの手紙の封筒は、どれも乱暴にびりびりと破かれていた。サン=テグジュペリは、きれいに封を切るのももどかしいくらいに、コンスエロからの手紙を心待ちにしていたことが読み取れる。
 メール時代の今は、こういう痕跡はもう残されることもないのだなあと思うと、ちょっと寂しい気もした。メールは、データが消失してしまえば、跡形もなく消えてしまうのだし……。
 それから、サン=テグジュペリが乗っていた小型飛行機も保管されていて映像に出てきたけれど、鉄と鉛の固まりというか、よくこんなもので空を飛んでいたなあという印象をもった。操縦席も人ひとり座ると、もういっぱいだ。機械だけれど素朴で、コンピュータ制御の現代と比べると、なんというかモノと人の関わりが密接だった感じ。
 たった100年間での、大きな変化をしみじみと感じた。
 そういう時代だったから、当時、飛行機で空を飛ぶことは命をかけた危険な任務だったはず。
 そんな危険を冒しながら、夜間飛行で手紙を運んでいたサン=テグジュペリは、やはりロマンティックな人だったのだろう。

 それにしても、こんなものを小学生の頃に読んでいたのか……と大人になった今思う。
 でも、この物語の素晴らしいところは、そんな深読みができなくても、十分楽しめること。本質的な部分は、子どもにもきちんと伝わるのだと思う。私自身は、当時はよくわからない部分も多かったけれど、それまで読んできた物語とは違うことを子どもながらに感じた。
 ほろ苦さを含んだ、複雑な悲しみの感情。たぶん、『星の王子さま』を通して、「孤独」というものに初めて触れたような気がするのだ。

「星空が美しいのは、見えない一輪の花があるからだよ……」 
わたしは「そうだね」と答え、なにも言わずに、月の光に照らされた砂の襞をみつめました。
「砂漠は美しいね」と、彼は言いそえました……それは本当でした。わたしはずっと砂漠を愛してきました。砂丘のうえに腰をおろします。なにも見えません。なにも聞こえません。にもかかわらず、なにかがひっそりと輝いているのです。
「砂漠が美しいのは」と、小さな王子さまは言いました。
「それはどこかに井戸を隠しているからだよ……」
わたしは、突然、この砂の謎めいた輝きのわけがわかってはっとしました。少年だったころ、わたしは古い家に住んでいましたが、そこには宝が埋められているという言いつたえがありました。もちろん、だれもそれを発見した者はいませんでしたし、たぶんそれを見つけようとした者もいませんでした。しかしその宝は家全体を魔法にかけていました。わたしの家はその中心深くに秘密を隠していたのです……。
Le Petit Prince 『小さな王子さま』 サン=テグジュペリ/山崎庸一郎訳/みすず書房より

 目に見えなくても、どこか――魂のなか――に井戸や宝ものを隠して、不思議な輝きを放つ人間になれたらいいな、と思う。
 時代の移り変わりに関係なく、一生を通して、何度も読み返したくなる数少ない物語だ。

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