« God Jul | トップページ | やはり、一年を振り返ってみたりして »

2006年12月24日 (日)

マローンおばさん――あんたの居場所くらい ここにはあるよ

 マローンおばさん 森のそばで
 ひとり貧しく くらしていた。
 お皿には ひときれのパン
 だんろには なべひとつ
 話し相手も じぶんだけ
 ひとりぼっちの さびしいくらし

 こんなふうに始まるのは、イギリスのファンタジー作家エリナー・ファージョンによる
マローンおばさん という小さな一冊の絵本です。
 そんな貧しいマローンおばさんのもとに傷ついてお腹を空かせたスズメがやって来ます。
 マローンおばさんは、こう言います。

「こんなによごれて
 つかれきって!
 あんたの居場所くらい
 ここにはあるよ」


 そして、スズメを介抱し、パン屑を与えるのです。
 その次は、ネコがやって来ます。それから、子ギツネを6匹も連れたお母さんキツネ、くたびれたロバ……と、同じようにお腹を空かせて行き場のない動物たちが次々とやって来ます。
 Ef_2その度に、マローンおばさんは、「あんたの居場所くらい ここにはあるよ」と言っては、受け入れます。その繰り返しの安定したリズムが、いかにも子どもの絵本らしくて、それは大人が読んでもいいものです。

 
 私のなかでは、自分がどんなに貧乏でも傷ついたネコの世話をせずにはいられない、ピアニストのフジ子・ヘミングさんと、なんとなくイメージがだぶります。

 
 

 さて、この貧しいマローンおばさんは、動物たちとどうなるのでしょうか?
 ぜひ、この絵本を手に取っていただきたいです。
 キリスト教に根ざした物語なのですが――抑圧的なキリスト教に反発を覚えがちな私でも、このラストには救いや天国を感じます。
 この絵本も、クリスマスのたびに読み返したくなります。

 挿絵は、ファージョンの他の物語も手がけている、エドワード・アーディゾーニ。
 どの物語も文と絵が分かち難く結びついていて、ひとつの美しい世界を創っています。
 そして、この絵本のあとがきには、ファージョンがアーディゾーニに宛てた手紙が掲載されています。

 おとぎ話が 語り尽くされ
 おとなも子どもも 寝床につくとき
 ああ、エドワード、あなたはどんなに多くを
 私たちに与えてくれたことか。

 暗やみのなかで 夢は現実となり
 過ぎし日の灰は 再び燃え上がる。
 子どもの日々に見たものを あなたを通して
 老いゆく目が 思い出す。

 幼き日の喜びや
 悲しみや希望は 不死鳥のごと
 時に打ち砕かれることなく
 灰のなかから よみがえり

 老いるまえに生まれた絵姿(イメージ)のなかに
 再び生きかえり
 言葉で未だ語られなかった
 かつての朝を 描き出す

 だから 絵のある本を抱いて
 おとなの私も 寝床につく。
 感謝しても し尽くせぬほど 多くを
 エドワード、あなたに与えられたことを思いつつ。

         テッドへ、エリナーより。1956年9月

 作家と画家という、創造する人間同士の温かくて美しい詩的な手紙です。

 「居場所」を見つけること、というのは、生きていくなかで大きなテーマだと思います。
 人の苦しみの大半は、自分の「居場所がない」ということかもしれません。
 しかし……もしかしたら、私に居場所をちょうだい!と叫ぶより、マローンおばさんのように「あんたの居場所くらい ここにはあるよ」と、自分以外の誰か――人間でなくてもいいと思う――に居場所をつくってあげて、分かち合う方が豊かなことなのかも、と思えてくるのです。

 自分のことでいっぱいいっぱいなりがちな私は、『マローンおばさん』を読んで、そんなことをしみじみと思います。

|
|

« God Jul | トップページ | やはり、一年を振り返ってみたりして »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/84419/4661313

この記事へのトラックバック一覧です: マローンおばさん――あんたの居場所くらい ここにはあるよ:

« God Jul | トップページ | やはり、一年を振り返ってみたりして »