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2006年11月19日 (日)

寄る辺なき時代の希望――肝心なのは、答えを出そうとしないことです

 Taaguchi 田口ランディさんの寄る辺なき時代の希望 という本には、「人はなぜ、必ず死ぬのに生きるのですか?」というタイトルの序章がある。
 匿名の読者からのメールにあった投げかけで、彼女はその問いに戸惑ったそうだ。
 私も、そんな問いを投げかけられたら、即答はできない。
 むしろ私自身、似たようなことをいつもどこかでうっすらと思いながら生きている。
 この序章は、こんなふうに締め括られている。

頭を抱えて悩んでいたら「困ったときは旅に出なさい」と、
教えてくれた人がいました。心理学者の河合隼雄先生です。
あなたは頭で考えすぎです。もっと諸国漫遊して、ぶらぶらしたらどうですか。
肝心なのは、答えを出そうとしないことです。

 そこから彼女の旅が始まる。訪れる先は、べてるの家(精神障害をかかえた人々がさまざまな活動を行っているところ)やチェルノブイリ原発事故の汚染地帯など。

 私は、上記の序章を読んでから、「肝心なのは、答えを出そうとしないことです」を胸の中で繰り返している。河合先生は、子どもの事件などに関しても、分析して病名をつけてわかったようなつもりになるのは危険、こんな深刻な事件だからこそ答えを手軽に出そうとしてはいけない、ということをいつも言っている。

 自殺も、困難な人生に一気に答えを出そうとすることかも知れない。
 でも、人も周りも変わっていくのが人生。だから、今出した答えが正しいとは限らない。
 どうにもならない時は――いじめを受けているとか――とりあえずその場から逃げればいいと思う。それは弱いということでもないし、負けということでもないと思う。

 田口ランディさんがいろんなことにこだわり続け、書き続けているのは、お兄さんのことが大きく影響している。ひきこもりの末、ほとんど自殺のような形でお兄さんを亡くされているのだ。彼女は常にお兄さん(と自分)のことを考え続けている。
 私も実の母親を自殺によって失っているので、凄く共感できる。
 私の場合も、もうかれこれ30年以上経つのだけれど、ずーっと考え続けてきて、見える部分でも自分では意識していない部分でも大きな影響を受けてきて、未だにある意味呪縛されている。
 そしてまた、この事実は負の部分ではあるけれど、でも皮肉なことに、私もそれ故にものを書いたりしてきた……と言える。

 死ねば終われる、と死んでいく人は思うのだろうけれど、その後に残される人たちに思いを馳せてほしいと思う。
 子どもが死ねば親は一生その悲しみから逃れられないし、親に死なれた子どもはその呪縛から解放されるのに長い長い時間がかかる。これは本当に私が、自分の身をもって感じてきたことだ。
 とはいえ、そこまで想像できないほど追い詰められているから、自殺してしまうのかも知れないが……。

 とにかく、「答えを出そうとしないこと」を胸に刻んだら、生きるのがちょっと楽になると思うのだ。

 それにしても、今は本当に「寄る辺なき時代」なんだなあと思う。
 社会や会社がアテにならないのは当たり前として、私たちの世代は家族もつくらずひとりで生きている人も多い。また、そもそも人生なんて不平等で不条理なものなんだけれど、今は、情報が溢れていて自分より豊かで幸せそうな人の姿ばかりが目につく。
 もっといい人生があるのではないか、あの時あっちに行っていれば、本当の自分は……と出口のない自分探しや欲望に飲まれてゆく。
 選択肢やある程度の自由がある故の、現代の苦しさかも知れない。
 そんなことを覚悟して、あちこちぶつかりながら手探りでやっていくしかないのだろう。

 ところで、私も河合先生の言うように、旅をしたいなあとしみじみ思う。
 もう随分長い間、東京の片隅でせわしなくちまちまと、でもって不安いっぱいで生きてきた。身体も弱って、それに伴なって心も弱った。そんな感じで40代を迎えてしまった。かろうじて仕事はしているけれど、何もかも心細い。
 そんな私が今、一番行きたいのは京都の鞍馬山。いわゆるパワースポット(笑)。
 以前、横尾忠則さんが鞍馬山について語っていた新聞記事をずっと取ってあり、いつかそのうち行きたい!と思っていた。
 今、私の心と細胞がとっても行きたがっている感じ――パワー溢れる自然の磁場に触れて、細胞を蘇えらせたい!――なので、来年の春くらいには実行しようと思っている。
 現在は漢方薬代に投入しているので、余裕が全然なく、旅どころではない。
 本当に漢方代がなかなかに膨大……どれくらい膨大かと言うと、賑やかな大阪あたりへ行っておいしいものをいっぱい食べたり(NHKの『芋たこなんきん』で大阪が好きになった)、もしくは京都・奈良のお寺巡り、なんていうちょっとした旅が毎月一度はできるくらい!(田口ランディさんと比べたら、軟弱な旅だなあ/苦笑)
 仕方ない。まずは身体をよくしてからだ。
 
 なんて呑気ことを書いている私だけれど、朝起きればどうして目が覚めてしまうんだろうと思い、このまま眠るように死ねないかなあとか、積極的に死ぬ気力はないけれど、もし消え入るように死ぬことができたら死んでしまいたいとか、何もかもうんざり……などと、日常的に思っていたので、人は変わるという証しかも。
 といって、今も元気ハツラツというわけでもないし、どこか危ういところに立っているのだとは思う。でも、なんだよくわからないし不条理ではあるけれど、寿命が尽きるまでは生きるしかないんだなあという気持ちになってきたのは確かだ(いつか必ず死ぬのだし)。
 
 話が散漫になったけれど、ここのところ、あまりにもいじめや自殺を巡るニュースが続いているので、雨降りの静かな日曜に、今思っていることを書いてみた。

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