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2006年8月に作成された記事

2006年8月30日 (水)

結婚できない男――すみません、素直じゃなくて

 タイトルの「すみません、素直じゃなくて」は、夏川結衣演じる早坂先生のセリフより。
 今回の『結婚できない男』は、えっ、信介に彼女が?!という、意外な展開。

 ところで、同じ職場の30代独身のMさんとは、火曜のランチタイムにて、
「今日だね、阿部ちゃん」
 と言い合い、水曜の朝には、
「昨日の阿部ちゃん見た?」
 という言葉を交わすのが、習慣になりつつある。
 阿部ちゃんというのは、もちろん『結婚できない男』のことである。

 で、本日水曜日はこのネタで、いつにも増して盛り上がった。
「あの感じわかりますよねえ。意外な人に、彼女ができたりすると、えーーっ!と思って、なんかショックなんですよね。ほんとに先越された!って感じで」とMさん。
「わかる、わかる。その人のこと、別に好きじゃなくてもね」と私.

「こっちがいい人見つけられなくてウロウロしてるのに、
実は桑野さんに彼女がいたなんて、悔しいじゃないですか。
よりによって桑野さんに先越されるなんて!」

 とは、信介に彼女ができたと思い込んだみちる(国仲涼子)のセリフ。

 私も、離婚後しばらくしてから、元夫のHPの日記を何の気なしに読んだことがある。
 夫婦同然みたいな付き合いをしている相手がいることを知り、なるほど、やはりそうかと冷静だったが(その相手も私の知っている人だったから)、どんどん遡って読んでいくと、なんと私との離婚届けを出した直後のクリスマスに、その女性とレストランで食事をしていたことを知り、胸がちょっとざわついた。
 未練があるとか寂しいとか、増してや嫉妬という感情なんかでは全然なく、この「先を越されていたなんて」という感覚故の胸のざわつき。

 私は、そのクリスマス、どうしていたろう?
 引っ越しの荷物に埋もれ、無職だったけど年の瀬で職探しもままならず、先行きの不安に怯えつつ、ワインを飲んで引きこもっていた記憶が……。

 それにしても、こういうことを詳しく知れてしまうネット社会ってのも、どうなんでしょうねえ。
 ま、見なけりゃいいんだろうけど。ちなみに元夫は、正式に再婚したのか、全然知りません。HPの日記やめてしまったので(笑)。

 ま、自分の離婚話はさておき。
(離婚の経験をムダにしないためには、ネタにしてしまうに限る/苦笑)。

「年と共に恋愛に入るハードルが高くなった気がしません?
ましてや結婚なんて……」

 という高島礼子のセリフも、私が同世代の友人と日常交わしている言葉そのもの。

 そして、今回の聞き捨てならん、このやり取り!
 信介がえらく若い子と付き合っていると勘違いしていた早坂先生が、
「ちょっと年が離れすぎてません?」と聞くと、信介は
「男はね、相手がどんなに年下でもOKなんです
と答える。
 まさに世の男たちを代弁しているかのよう(笑)。
「そう言えば、娘みたいな年の人と
再婚する男の人ってよくいますよね。
その逆はいないのに。なんかずるい」
「若い子は素直で可愛くていいですよ。
人の言うことにいちいち茶々を入れたりしないし」
「すみません、素直じゃなくて」

 私も最近は、素直さからは遠いところに来てしまったかも……。
 ひとりで仕事して生きていると、素直なだけでは、やってられん!って感じで。
 まさに、私も「すみません、素直じゃなくて」状態。

 だけど、そんな早坂先生の「恋愛したいんだと思います」という言葉には、「素直に」頷いてしまうのであった。
 その狭間で揺れる「結婚しない女たち」の視線にも寄り添っているドラマだ。

 結局、信介は、若い女の子に振り回されただけで、何もなく終わる。
 それでも、はじめウハウハしていた信介だけれど、ゲームセンターやシミュレーションマシンで遊びまくるデートには憔悴したようで、おかしかった。年の差っていうのは、そんなささやかなところで感じるものかも知れない。


★今回のこだわりの逸品★

 早坂先生の、お見合いがうまくいって結婚するという嘘を信介が信じ、早速お祝いを買いにいくシーンでは、プレゼントにウェッジウッドのプシュケ が使われていた。
 実際に、今月発売されたばかりの新製品のようで、プシュケという名前のカップを選ぶなんて、さすがこのドラマならではのこだわりが感じられる。
 ドラマに出てきたウェッジウッドのお店は、丸の内にある本店だと思う。
 Img_0392
 ところで私は、このプシュケと同じシェイプのウェッジウッドのティーカップを持っている。
 フロレンティーンという柄。
 モノトーンでちょっとゴシックな雰囲気。聖堂のレリーフみたいな柄で気に入っている。
 カップには「ちょっと」うるさい私(笑)。Img_0393_1

 


 

 

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2006年8月20日 (日)

夏休みはもう終わり

 働いている間も時の経つのはあっという間だが、休みとなると、なおいっそう時が経つのが早い。

 水曜日は、映画「ゆれる」を観る前に、四谷まで足を伸ばして大好きなPaulへ行っていた。
 ――というのも、またレディスデイをねらって行ったのだけれど、凄い混みようで、上映時間の1時間前に行ったにも関わらず、その回は立ち見!
 で、仕方なくさらにその次の回にしたら、時間が膨大に余ってしまったのだ。
 伊勢丹をうろつき、「げっ、マノロ・ブラニク、9万!」とかやっていても、一向に時間が経たないので……パンも切れていることだしと、四谷のPaulへ行くことにしたのだ(伊勢丹をうろついてると、何かと危険だし/笑)。
 映画を1000円で観るために、相当なエネルギーや時間を使い、逆に結局お金を使っているみたいな気も……「ゆれる」はなんだか凄い人気なので(オダギリジョー人気?)、これから行かれる人は要注意(上映の映画館が小さいんだよな)。

 話は全然関係ないが、伊勢丹をうろついていた時のこと。
 いかにもゲイっぽいふたり連れ――日本人とNY在住インド人とアメリカ人のハーフ(私の想像)が交わしていた、「伊勢丹のディスプレイって世界的に見ても凄い水準よね。アメリカなんかより洗練されてる。ブルーミングデイルなんか……バーニーズは……」というような会話が、ちらりと耳に入った。
 そう、最近、新宿伊勢丹はリニューアル工事を着々と進めており、その洗練されようは、どこまで行くのか、というくらい。
 1階は海外のブランドが入りすぎているような気もするけど……。
 とにかく、婦人靴売り場なんかも、今までのディスプレイとは、根本的に異なる見せ方。
 で、上の階のセレクトショップなんかにしか置いてなかったマノロ・ブラニクも、1階の靴売り場に誰でも手に取れるように見られる、というわけ(絶対に片足ずつしか置いていないが)。
 まあ、私の足にはどれも入りそうにない(というか、歩けそうにない/笑)ので、どんなに大金持ちになったとしても、購入することはあり得ない(だろう)。

 ……と、靴の話ではなかった。
 Paulです。夏休み後半のために、めいっぱいパンを買っても、2000円弱。
 高価なものを買えない時は、パンを買うのが一番(笑)。
 パンをゆっくり買っても、まだまだたっぷり時間が余っていて、他をうろうろしても暑いだけなので、もうこの際、大贅沢だ!とばかりに、横に併設されいてるカフェで軽い食事をすることにした。
 Img_0374_1その時に頼んだサラダがとてもおいしかったので、思わずメモをとる。

 ★ハーブチキンサラダ★
茹でた(蒸した?)チキンに、ハーブ入りのドレッシング。
野菜は、レタス、ロケットサラダ、茹でたさやいんげん、赤きゃべつ、スライスした生のマッシュルーム、玉葱スライス。

 ここのところ、葉ものが異様に高くて、きゅうりばかり食べていて、コオロギにでもなったような気がしていたので、このサラダは嬉しかった。
 野菜もたっぷり、チキンも結構入っているので、それとPaulのパンのバスケットがつくので、食事としては十分。家でも試してみたい。



Img_0375Img_0376







自然光がたっぷり入る店内には、フランスのアンティークの農機具などが飾られており、
ゆったりと寛げる雰囲気。
――と女性誌風に(笑)。
実際、お客さんの女性率高いです。
そして、「女性おひとり様」には最適なお店。
私が自信を持ってお薦めします(笑)。
Paul アトレ四谷店

 
 その他、この夏休み中に自宅で観たものなど――。

 イギリスのマイク・リーの「ヴェラ・ドレイク」。
 ほんの何十年か前までは、妊娠は女性にとって、大きなリスクであった。
 妊娠させた男ではなく、妊娠させられた女性の方が、負担を強いられ、「ふしだら」と呼ばれた。
 極めて危険な方法で、闇で堕胎が行われていた。
 その堕胎を、娘たちを助けるためと信じ、報酬も受けずに密かに行い続けてきた、ある老婦人――ヴェラ・ドレイク――が逮捕されてしまう話。
 時は、1950年。堕胎は重罪だったのだ。
 ヴェラを演じた女優さんが素晴らしく、泣きっぱなしだった。

 「イン・ハー・シューズ」
 よかったし、面白かったけれど、もうひとつ踏み込みが足りないような感じ。
 姉妹間の確執とか、母親に対するトラウマがちょっと類型的な気がした。
 屈折の度合いが軽すぎるというか、物足りないというか――よくも悪くもアメリカ映画という感じ。
 ただし、祖母役のシャーリー・マクレーンはよかった。彼女が出てくると、安心する。
 キャメロン・ディアスの「イカれたネエチャン」役は、はまっていた!
 それから、トニ・コレット(この女優さんは結構好き)の結婚式のシーンはよかった。大袈裟でない、膝丈くらいのドレスに、ジャマイカ料理店のレストランで、BGMはレゲエというのが。

 女性にとっての靴をモチーフにした映画なら、スペイン映画の「靴に恋して」の方が、私は20倍くらい好きだ。靴をめぐる女性たちの屈折ぐあい、母娘の葛藤など、深い。
 それでいて、暗くなく、変態チックなところも程よくあったり(笑)、映画全体の色彩もきれいで、女優さんのファッションも艶っぽく、見応えがある。

 TVはNHKの芸術劇場、ピナ・バウシュの来日公演。
 「カフェ・ミューラー」――素晴らしい!
 興味はあるのだが、生の舞台はまだ一度も観ていないので、次回、来日する時は、何が何でも観に行かねば!と決意する。
 65歳の今もなお、踊り続けているピナの美しさは奇跡的。
 そして、美しさだけでなく、人間の痛みや孤独もダンスであそこまで表現できるとは……もう鳥肌が立ちまくり。
 内面から滲み出る美しさ、という言葉は、まるで彼女のためにあるようだ。 
 彼女を見ていると、年を取ることが怖くなくなる。そんな気持ちにすらなった。
 やはり、真実を追い求めている人間は美しいのだ!と、大真面目に考える。 
 自分も、もっと真剣にいろいろなことに取り組まねば……と。
 しかし、録画したものの、なぜか番組が15分ずれ込んでいて、最後の貴重なインタビューが途中でぷっつり……がっくり。
 ちなみに、映画「トーク・トゥ・ハー」にも、実名のままピナ・バウシュとして登場。
 映画の中で、ピナ・バウシュの舞台を観ながら、あまりの美しさに涙を流す男性が出てくるが、あんなふうに泣ける男性が、私は好きだなあ。
 また、「トーク・トゥ・ハー」を観たくなった。

 本は、『ゲド戦記』の2巻目がもうじき終わる。
 
 そして、萩尾望都の漫画『残酷な神が支配する』を再読。
 今まで、結末が凄く気になりながらも、私が揃えていた版が絶版になり(現在は文庫のみ)、途中で途絶えていたのだ。
 まったく便利な世の中になったもので、絶版のその版のものも、アマゾンを通して中古屋で買えた。で、ようやく17巻、全部揃った!
 せっかくなので、1巻から再読することにした(なので、まだラストまでいっていない)。
 あまりの面白さ……というか怖さに、眠るのも忘れて毎晩読み耽っている。
 義父に性的虐待を受ける少年の話なのだが、この義父がモラル・ハラスメントの加害者そのもの。
 描かれた当時(10年以上前)、モラル・ハラスメントという概念は日本にはほとんどなかったはず。
 なぜ、こんなふうに描けたのか、本人に聞いてみたい。
 もともと、心理学的なことには興味のある人だと思うけれど。
(このコミックについては、いずれまた機会を改めて書きたい)

 萩尾望都は天才だ、と再確認。
 萩尾望都に出会っていなかったら、私は全然違う人間になっていたと思う。
 それくらい、思春期の頃に影響を受けた漫画家だ。
 彼女の作品を読んでいなかったら、ものを書くようになっていなかったかも知れない。

 などと、自分を振り返ってみたり。

 昨日、今日は、床を水拭きしてさっぱりしたり、今頃網戸を拭いたりと、家事に邁進。
 今夜は、トウモロコシと玄米を一緒に炊いて、ゴーヤ入りスープカレーをつくった。

 と、そろそろ、日常モードへ移行しつつある。
 たいしたことのない、短い休みだったけれど(結局ブログばっかし書いてたような気もするし)、子どもの頃と同じように、夏休みが終わる時というのはなんだか少し寂しい。
 特に夕暮れ時、風が吹いて空がきれいだったりすると……。

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2006年8月18日 (金)

ゆれる

 8月16日水曜日は、新宿武蔵野館にて映画ゆれる を観に行った。
 オダギリジョーと香川照之主演。
 監督・脚本は、まだ30代前半の女性、西川美和さん。

 

 Img_0379_3ポスターを見た時は、今、人気の俳優を使った、雰囲気だけの、ぼそぼそとセリフを喋る、けだるい映画かな……という印象を受けたのだが、そういう思いは覆された。
 冗長なところはなく、冒頭から最後まで一気に引き込まれた。

 東京でカメラマンとして活躍する弟(オダギリジョー)と田舎で実家のガソリンスタンドを継ぎ黙々と働く兄(香川照之)。
 法事で帰郷した弟は、兄と幼な馴染みの女性と3人で渓谷へ出かける。
 その渓谷にあった、壊れかけた吊り橋で、ある事件が起きる。
 ゆれる吊り橋。ゆれる兄弟の思い。
 その橋さえ渡らなければ、平穏に続いたかも知れない日常……。
 その日常に亀裂が入ったことによって、それぞれの胸に隠されていた葛藤や嫉妬や憎しみがあらわになる。

 
 吊り橋での事件を巡り、何が真実で現実なのか、迷路に彷徨い込んでしまうそうになる。そんなミステリー仕立てのおもしろさもある。
 そして、人の心の奥底に潜む見たくない部分をえぐりだすような、ひりひりする映画でもあった。

 弟は、人生の「オイシイところ」を上手くつかめた人間。
 家のしがらみもなく、仕事も女もうまく操り、すっかり都会の生活が板に付いている。
 金もそこそこ、彼の元にいい感じに回ってくるようだ。
  何しろ、白いキャディラック(車は詳しくないのだけれど、あの車体の長い車はそうだと思う)に乗っているんだから。
 で、レイバンのサングラス(たぶん)をかけ、実家に帰るのにも革 のジャケットを着ている弟。
 ところで、そんなアイテムに囲まれていたら、失笑したくなるが、オダギリジョーだとそれほど厭味にならないのが不思議(笑)。
 ちょっとした動作、佇まいなどが、やけにサマになる。モテる男役には、なるほどうってつけの俳優だ。カッコいい(何を今さらという感じか)。
 今まで何を見ても印象が薄く、人気があるわりには、私はあまり好きではなかったのだが、この映画のオダギリジョーは凄くいい。

 逆に兄は、「ハズレクジ」人生。
 頑固な父親とちょっとさびれたガソリンスタンドで働きづくめ、厭な客にもぺこぺこと頭を下げる。家では、亡くなった母親の代わりに家事も引き受けている――ああ、香川照之が洗濯ものをたたんでいるあの背中、あの佇まい!
 30代半ばで、地方で暮らしているのに、結婚もしていない。
 で、兄役の香川照之。この人も、映画やドラマに今ひっぱりだこ状態。
 彼はほんとに、上手い! 素晴らしい役者だ。
 ふだんは温厚で堅実な人間が、ある瞬間に見せる、暴力性と怒りの感情……があまりに真に迫っていて鳥肌が立った。

 そんなふうに、都会と地方のふたつの風景のなかで生きる、まったく異なる兄弟の姿。
 言葉にはしないけれど、そんな確執が、ひっそりと澱のように溜まってゆき、吊り橋の事件をきっかけに噴出するのだ。

 事件の発端の場として、ぐらぐら揺れる吊り橋を舞台に選んだのがいい。
 そこからさまざまに動く気持ちのありようも含んだ「ゆれる」というタイトルも秀逸。

 また、ガソリンスタンドで寡黙に働くアルバイトの男の子の存在がよかった。
 その後もずっと働き続け、結婚して、娘が生まれ父親になる。
 彼は、「ハズレクジだった兄」のかけがえのなさをちゃんとわかっていた人間である。
 こういう厚みのある人物の描き方が深い!

 それから、頑固親父役の伊武雅刀もよかったし、地元の刑事役がなんとピエール瀧で、妙に貫禄があってはまっていたのがおかしかった。彼は、今後も役者やるといいんじゃないかな。

 あまり女、女と言いたくないが、男の世界と言われる映画界で、女性でこの若さでこんな傑作を撮ってしまった西川監督。
 どんな場所でも、表現すべきものを持っている人は、必ず出てくるものだと思った。
 これからが楽しみな監督だ。

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2006年8月17日 (木)

海老名香葉子さんの話に思うこと

 昨晩の『オーラの泉』という番組に、故林家三平の奥さんの海老名香葉子さんが出演されていた。話は、戦争のこと。
 昭和20年3月の東京大空襲で、8人家族のうち、6人をいっぺんに亡くされたそうだ。
 海老名香葉子さんは、疎開していたため助かり、生き残った残中学一年生の兄が、東京から彼女の疎開先までひとりで訪ねてきたという。
 そして、「皆、死んじゃった、ごめんね、ごめんね」と彼女にあやまり、疎開先に迷惑だからと、ひとりでまた東京に帰っていったそうだ。
 その当時、香葉子さんは11歳。私も11歳の時に母を亡くしているので、妙に気持ちがシンクロしてしまい(空襲に遭ったわけではないので、状況は全然違うけれど)、涙が止まらなくなってしまった。
 泣けてきたのは、そんな話をする時でさえも、香葉子さんの語り口があまりにやさしく穏やかだったから(こういう過去のあった人だから、落語家一家をしっかり支えてきたんだなあとも思う)。それから、幼い弟が、疎開する前に「ねえね(お姉ちゃん)、メンコ」と言って、大事なメンコを一枚だけくれた話と、とぼとぼと帰って行った、たったひとりの兄のことと……。

 戦後、お兄さんは行方不明、香葉子さんは親戚や奉公先を転々としながら、生き延びてきた。でもその後、無事お兄さんと再会。日本橋で、まるで大人のような口調で着物の腰紐を売っているところを発見されたそうだ。
 それから、香葉子さんは三遊亭金馬師匠宅に引き取られて、林家三平と結婚。墨田区本所の実家は当然ながら空襲で全焼してしまったわけだが、お兄さんは家業であった釣り竿師を継いだそうだ。この話にはほっとした。

 昭和20年3月東京大空襲……というような、教科書の1行だけでは、何も伝わらないし、想像力も広がらない。
 こんなふうに一人ひとりの体験を直に聞くことによって、戦争を知らない世代の人間は、初めて自分に引きつけて考えることができるのだと思う。

 たった11歳で、祖父母も父母も兄も幼い弟も、そして家も何もかもすべて奪われてしまうということ。
 戦争を体験した人の強さはよく言われることだけれど、何も確かなものはない、自分が立っているこの足元がいかに脆く危ういものか、ということを知り抜き、諦念のうえに立った強さなのかも知れない。
 いや、諦念などという甘いものではなく、ただただ、その日をその日を生き抜くしかなかったのだろうけれど。

 そして、番組のなかで、江原啓之さんが言った「家もモノもなくなって……でも思い出だけは残りますよね」という言葉が胸に沁みた。
 そう、人生の最後に残るものは、結局、思い出だけなのだ。

 この番組お馴染みの、香葉子さんのオーラや前世の話は何も出なかったけれど、もう、そんなことからのアドバイスは必要ない人なんだろう。

 
 ――一方では、また小泉首相の靖国参拝問題。
 彼がそんなに参拝したい靖国神社って、いったい何なの?
 違和感があっても、私は自分の意見をきちんと語ることができない。
 何か、厭な感じ、としか言いようがない。
 まず、靖国神社って、いったい何なの?という基本的な疑問を、今まできちんと考えたことがなかったことに気づき、靖国問題 という本を読んでいる。
 まだ全部読んでいないので、あまりいろいろ書けないが――単純にいい、悪い、賛成、反対、では語られるべきことではないし、ましてや事実をよく知りもしないで、感情的になるのは怖いことだと思う。

――国家は、戦争に動員して死に追いやった兵士たちへの「悲しみ」や「悼み」によってではなく、次の戦争への準備のために、彼らに続いて「お国のために死ぬこと」を名誉と考え、進んでみずからを犠牲にする兵士の精神を調達するために、戦死者を顕彰するのだ。
 靖国信仰は、戦場における死の悲惨さ、おぞましさを徹底的に隠蔽し、それを聖なる世界へ昇華すると同時に、戦死者の遺族の悲しみ、むなしさ、わりきれなさにつけこんで「名誉の戦死」という強力な意味づけを提供し、人々の感情を収奪していく。
『靖国問題』高橋哲哉著(ちくま新書)―62Pより

 ……という、国絡みでつくられた、悲しみを隠蔽する「装置」としての神社であることがわかってきた。
 そんなところに奉られて、戦争で死んだ兵士たちは嬉しいだろうか?
 じゃあ、東京大空襲で死んだ、普通の街の人々は?(という思いもあって、海老名香葉子さんはそのための記念碑をつくったそうだ)。

(それでも、この本のアマゾンのレビューを見ると、評価がまっぷたつに分かれていて、この問題の難しさを感じる)

 

 『オーラの泉』では、番組の終わりに、私の好きな茨木のり子さんの詩が流れていた。

わたしが一番きれいだったとき  茨木 のり子 Img_0252_1


わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのようにね

『おんなのことば』茨木のり子/童話屋より

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2006年8月16日 (水)

結婚できない男――気になる謎のバーテンダー

 今夜の「結婚できない男」、今週こそは書かないと思ったし(この文句がほとんど前説になりつつある)、ツボにはまりまくって爆笑!というシーンはなかったけれど、夏休み中で余裕があるため、ちょちょいと書いてみよう。
 ていうか、猿もおだてりゃ木に登るじゃないけど、ブログで紹介してくださる方などもあり―― これはアメリ評のことだけれど、私のブログを読んでくれたきっかけは、やはり「結婚できない男」話だそうで→reiさんが書かれている猫に腕枕 というブログ。猫の写真がいっぱいで可愛い! 
 私もデジカメを持ち歩いて野良猫を撮ろうと思っているのだけれど、いつもカメラを向けた瞬間に逃げられてしまうんだよねえ。

Img_0358_1 さて、今回は、いつにも増して信介の「おひとり様」のシーンが多かった。
 「ひとりビアガーデン」を楽しんでいる信介を、同じ店にいた早坂先生たちが発見したり(偶然度やや多しの感あり)、ひとりで金魚掬いをしたり、ひとりでステーキ屋へ行くシーンなど。
 焼肉に次いでビアガーデンとかステーキ屋とか、最も「おひとり様」をしたくない場所へ信介をとりあえず置いてみるという、この辺になると、笑いを取るためだけのシーンのようにも思えるが、まあ、笑えるからいい。

Img_0359←「ひとりビアガーデン」をしていると、なぜか、
リオのカーニバル風のダンサーに囲まれ……
しかし、毅然としたまま(笑)枝豆をつまむ信介。
季節感のあるものを楽しむのが、意外とお好きなようで。

 次はどこで「おひとり様」をするのだろう?
 私も「おひとり様」度は相当高いけど、ボリュームのある食事やビアガーデンは、さすがにちょっと……。

Img_0365_3

 で、今回のウンチクネタは、縁日の金魚掬いの方法!
 前回はお好み焼きの「完璧な」焼き方だった。
 金魚掬いにしてもお好み焼きにしても、あの微に入り細をうがつウンチクは、その道のプロに取材してるのかしらん。
 建築プロデューサーをちゃんと入れているくらいだもんね。そうすると、金魚掬いの方法はテキヤさん?!
 
 あと、真面目なネタでは、設計のシーンで、二世帯住宅についてあーでもない、こーでもないと話し合うところなどは、リアリティがあって○だった。 

 ところで、いつも気になるのは、一番お酒が似合いそうなシーン――高級オーディオの前でクラシック音楽を聴く――のところでは、信介は必ず牛乳を飲んでいること。
 お酒を飲まないのかな?と思うと、いつもバーに立ち寄っているので、そうでもないらしい(今回は、ビールを買っていたし)。
 クラシック音楽に耳を傾けながらグラスを……という、いかにもな演出は避けて、わざと外しているのかも知れない。
 もし、信介が自宅でスコッチのロックを飲むとしたら、絶対バカラのタンブラーに違いない、などと想像してみるのも、また楽しい。

 そして、仕事帰りに立ち寄り、金田に遭遇することになるあのバー、実はあそこのバーテンダーが私は結構気になっているのである。
 今回は、信介や金田とあまり絡まなかったが、今度、彼らのやり取りを注意深く聞いてほしい。自慢屋の金田にも、皮肉屋の信介にも、何を言われて動じない、ニュートラルなスタンスで、バーテンダーとしてまったくもって完璧な受け答えをしているのである。
 「結局、お金がすべてなんだよね」もしくは「お金はあればあるほどいい」的な発言をする金田には(初めの方だったので詳しいことは忘れてしまったが)、同意するでもなく、否定するでもなく、
「そんなふうに言えるほど、お金を持ってみたいものですね」
 (註:今回のセリフではない、初めの回の方)

 Img_0364みたいな感じでさらりとかわし、酒をつくる。
 うーん、おとなである、クールである。カッコいい。
 実は、このドラマのなかで一番いい男なんじゃないかと思えてきてしまう。
 オレがオレがと言わない、黒子に徹したバーテンダー。
 これが普通のドラマだと、馴染みのマスターが「どうしたの? 何があったの?」なんて、すぐ割り込んできて喋り出すのがパターンだから。

左端にいるのが、私の気になるバーテンダー

 
 彼のようなバーテンダーのいるバーがあったら、ぜひ行ってみたいものだ。 
 そんなお薦めのバーがあったら、誰か教えてください。
 「おひとり様」でも行きますよ~、私は!

 というわけで、小道具のほかに、バーテンダーとのやり取りも楽しみになってきた。
 
 一貫してクールな彼の過去を知りたい。
 そして、、彼(バーテンダー)の目から見た、「結婚できない男番外編――カウンターの男たち」なんていう、脚本か短篇のひとつでも書けそうじゃないですか。
 誰が書く? 私?(笑/もう、この感想でいっぱいいっぱいです)

 ……と、取りとめなくなってきましたが。
 酔っ払ってなんていませんよ。
 夏休みというのに、気候が今ひとつなので遠出はやめて、東京でひっそりとしており、お酒なんか一滴も飲んでいないんだもの。
 だけど、バーの話を書いていたら、なんだか飲みたくなってきた!
 江國香織さんが小説のなかで「蠱惑的」と形容したアマレットというリキュールのペリエ割りをむしょうに飲みたい。
 キリッと冷やしたウォッカもいいかなあ。
 明日、一瓶買ってくるか、バーへ行くか、どうしようかな。
 でも、休みモードできちんと化粧したりするのも面倒だから――いえね、おひとり様でも、白木屋じゃなくて、バーに行く場合は一応ちゃんとしたいじゃないですか――吉祥寺マツキヨの地下酒売り場で、「一瓶買う」方に心が動きつつある。

 などと戯言を連ね、ドラマと映画を見て、本を読Img_0370_1み、持病の腰痛のため接骨院へ行き、うちでヨガやったり、酒飲んだりしてる間に、あっという間に夏休みは終わりそうだ。

このドラマのもひとりの主人公とでも言うべき、ケンちゃん。
潰れたような顔してるんだけど、妙に可愛い……。


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2006年8月13日 (日)

夏休みの始まりは「アメリ」

  

Amelie いよいよ今週末から夏休み。嬉しいので、Paulのパンを食べながら久々に「アメリ」 を観た。観るのは、もう4回目か5回目くらいかも。観るたびに新しい発見があって、飽きない。
 とにかく、アメリを演じるオードレィ・トトゥが圧倒的に可愛い! いわゆる金髪碧眼のグラマラスな美人じゃなくて、20歳を過ぎてもガーリーテイストたっぷりの、オリーブ少女――これも死語だけど――的な魅力の女優。もし、映画公開当時「オリーブ」がまだあったら、絶対「アメリ特集」が組まれていたと思う。
 オードレィ・トトゥの美しさを際立たせるシンプルな可愛いらしい衣裳、カフェや部屋のインテリア、証明写真の撮影ボックス、ちょっとした小道具、脇役の一人ひとりなどなど、すべてが完璧。 
 アメリの部屋の絵やランプのブタ君は、ドイツの画家ミヒャエル・ゾーヴァによるものだったりするし。公開当時は、ミヒャエル・ゾーヴァはあまり知らなかったので、ちゃんと観ていなかった。
 ヤン・ティルセンのサントラがまたぴったりで、この音楽なくしては、「アメリ」の魅力はなかったろう。アコーディオンの懐かしい音色に、オルゴールや古いシャンソンなどが渾然一体となっていて独特の世界を醸し出し、不思議な高揚感がある。私はサントラ盤も持っていて、これも何回もくり返し聞いている。
 舞台も、パリのモンマルトルの下町っぽい雰囲気なのがいい。
 
 主人公のアメリは、人生の一歩を踏み出せないもどかしさを抱えた内向的な女の子。
 だから、ラブリーでロマンティックな映画を装いながらも、実はテーマは
自閉した自分からの脱却。

 子どものおもちゃ箱をひっくり返したような、楽しい仕掛けに満ちているけれど、結構深い映画なのだ。

 アメリが偶然見つけた40年前の少年の宝箱を、元の持ち主に返すシーン。
 子どもの日々を思い出し、涙を流して喜ぶ元少年のオジサンを、影からひっそりと見つめるアメリ(そうやって他人を幸せにすることが彼女の生きがい)。
 その瞬間、彼女は、自分の人生と世界との調和が取れたように感じ、
「人生はなんとシンプルでやさしいことだろう」と思う。
 そして、盲目の老人の手を取り、街の風景を語って聞かせる。その瞬間、観ている私も、日々何気なく通り過ぎてゆく、平凡な街の風景がどんなに美しく、かけがえのないものであるかを感じる。大げさに言うと、この世界に「生きている」ということ、何かを観ること、触れていられることの素晴らしさ。
 うまく言えないのだけれど、自分が何かを強引に探すのではなく、世界の方から自分に向かって何かが訪れてしまうような瞬間。そんな瞬間の描き方が素晴らしい。

 また、以前はあまり気にも留めなかったけれど、今回見ておもしろいと思ったのは、排水溝に現れるプロンプター。オペラなんかで、歌手のために歌詞を囁く人のことなんだけど。
 気が弱くて、言い返せない人のために、排水溝にプロンプターがいて、言うべきセリフを囁いてくれたらいいのに、というやつ。
 私も、ひどいことを言われても、まずフリーズしてしまいその場で言い返せず、時間差で怒りが湧いてきて悔しい思いをする方なので、そんなプロンプターがいてくれたらいいなと思った(笑)。

 アメリが自分の気持ちをニノ(失敗して破かれた証明写真を集めている不思議な青年/マチュー・カソヴィッツ)に素直に言えなくて、そんな自分を持て余し傷心のまま、キッチンでケーキを焼こうとするシーンなんかも好き。
 今ちょうど切れているバニラ・ビーンズをニノが買ってきてくれる……という、想像の甘い映像が、粉を手にしながら、アメリの頭のなかに浮かんで……すると、後ろで、ふっと何か気配がして振り返ると、猫。なんだか悲しくなって涙がすーっとこぼれる。
 という、ささやかな乙女な(笑)シーンが秀逸。 
 そして、その後の展開――ニノとの静かで柔らなキスシーン(想像ではなく!)が、ほんとに素敵。

 それから、近所の画家の老人がアメリに言う言葉。

人生は自転車レースのようなものだ。
待ち時間は長く、たちまち終わる。
チャンスが来たら、思い切って飛び込まねば。


 
また、これは映画のなかで流れる古い映画の1シーン中のセリフ。

夢の世界に閉じこもり、
内気なまま暮らすのも彼女の権利だ。
人間には人生に失敗する権利がある。


 ジャン=ピエール・ジュネは、「デリカテッセン」や「ロスト・チルドレン」など、カルト的な映画で人気の監督だったけれど、この「アメリ」では、一気に一般の人々をも引き付けることができたようだ。
 そして、日本ほど可愛いもの(とか人)好きではなさそうなフランスでも、「アメリ」(とオードレィ・トトゥ)は大人気になったらしい。
 アメリの内面を美しいガラスのスプーンでそっと掬い取るような映画だけれど、こんなに人気になったのは、その繊細さや可愛いさの部分だけではないと思う。
 人それぞれにいろんなドラマや人生があること、物語のあちこちに散りばめられたちょっとブラックな笑い、そして俯瞰的な視点などなど、多くの人に訴えかける力を持っている映画だったからだ。

 
 ところで、アメリが好きなのは、クリームブリュレのこげこげをスプーンで壊して掬うこと。
 私が自分の人生のなかで今愛して止まないのは、ジェラートの最初の一口。もちろん、最後までおいしいのだけれど、この最初の一口がたまらない! 
 仕事の帰り、新宿伊勢丹の地下、マリオジェラートに立ち寄っては食べてしまう。
 先週は、2回、いや3回ほど食べてしまった。これを食べると、1日の疲れも暑さも引いていく。やはりこってりしたアイスクリームではなくて、乳脂肪少なめ、フルーツたっぷりのイタリアのジェラートがおいしい。

Img_0350 
←レモンとブルーソルト。
ブルーソルトは、塩とイタリアのリキュール入りジェラート。

 

 


 
 

 

Img_0346_2
←今もっとも気に入っている2つの味。
フランス産の赤桃とピンクソルト。
ピンクソルトとは、アンデス産のピンク色の塩を使ったジェラート。この組み合わせは、見た目の色もきれい!

  このお店で、ちょうど夏休み前にポイント25点貯めた私。
 Lサイズの1カップを無料で貰えました!
 フランス産の赤桃とピンクソルトとピスタチオとチョコレートの4つの味が、冷凍庫で冷えている。
 夏休みのささやかな楽しみ。

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2006年8月 9日 (水)

結婚できない男――キッチンを中心にした家

 毎週恒例(?!)の『結婚できない男』報告レポートです……。
 このドラマに建築プロデューサーとして協力しているベースメントの朝妻義征さんという方からのコメント までいただいてしまい、またもや書かざるを得ない!!状態に。
 いや、もう、ほんとに毎週恒例にはしませんからっ……と言いつつ、やはり今回も爆笑シーンがあったのだ。
       
 大事な用件そっちのけで(母親に娘家族と同居したいのかと聞くはずだったのに)、姪っこちゃんの子ども向けアニメについ夢中になり、「あ、これは黒澤明の引用だな」と言うところ。これも、ほんとにさもありなん!って感じ。
 ていうか、私も言ってる時あるし(笑)。
 あれは、○○のオマージュなんだね、とか、なんとか。
 ううむ、前回に引き続き、信介との共通点を見出してしまう私。

 さて、信介は自分で料理を日常的にするだけのことはあって、設計ではキッチンを重視している。
 私も、これはとっても共感できる。キッチンは家の要だと思うから。
 家がほしいなあとしみじみ思う時は、たいてい、賃貸のキッチンのあまりの使いにくさに辟易する時。
 コンビニ弁当でも食っておけ、とでも言っているかのような貧しい作り。
 シンクも浅くて、水がジャンジャン撥ねるし。

 以前、住宅関係の本の仕事をしていた時、斬新で超スタイリッシュな家を設計するM氏を取材したことがある。住みこなすには気合いと体力がいりそうだなあという家だった。コンクリート打ちっぱなし、螺旋階段がくるくる、ガラス張りの水回り(お風呂とかトイレのことですぜ!)……みたいな。
 そのわりには、キッチンがオリジナルではなく、どこかのメーカーのシステムキッチンを組み込んだような感じで、気合いの入り方に、ほかの部屋との差を感じた。
 後で聞いてみると、M氏は「まったく料理なんてしない」という方で、食べることにあまり重きを置いていない人生を送られているようだった。
 なるほどなあと思った。本人自身もスタイリッシュで個性的なお洒落をする人で、今までこんなにイケてる日本の中年オトコは見たことないっ!というくらい、イカしたオヤジだったんだけど。
 そんな経験が実際にあるので、このドラマは本当にちゃんと描かれているなあと感心している。

 私がもし家を建てるなら(笑)――キッチンを中心にした家にしたい。
 中村好文さんに依頼するのが夢!←自分のブログで言うだけならタダだから、どんどん言っちゃう。
 中村さんの事務所では、お昼を所員全員で作り、皆で一緒に食べるのだそうだ。いいなあ(残念ながら、中村さんに取材したことはないけど)。

 という見方からすると、信介はやはり地に足の付いた、いい建築家なのだ。

 ちなみに、私が会った限りでは、建築家は、若くても人格的に成熟しているというか、温厚で誠実な人が圧倒的に多く、信介みたいなやはヤツはいなかった。
 アーティスト的な側面も持ちつつ、でもやはり最終的にはお客様あっての商売だから、その辺をわきまえ、かつ楽しみながら仕事している人が多かった。
 まあ、いい人のうえで、ウンチク好きという感じは否めないが(笑)。

 今回の信介は、厭な施主にもちゃんと向き合って、そのうえで自分の主張をするという「大人な」関わり方をするようになっていた。
 やはりそれを促すことができるのは、早坂先生しかいないようだ(という展開になるのかな?)。
 あと、キッチンより寝室を広くしたいとうそぶく建築家・金田が、どう絡んでくるのか? 果たして本性は?というのが楽しみだ。

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2006年8月 8日 (火)

2006年8月8日の空

 仕事の帰り、新宿駅のホームに立っていたら、わずかな隙間から見える空がやけに赤い。
 と思いつつ、西荻窪で下りると、怖くなるほど美しい赤い夕焼け空が広がっていた。
 朝の台風で空が洗われたせいか。
 こうして見ても、平凡な駅の風景のなか、空だけが非現実的で舞台の書き割りのよう。

 2006年8月8日の午後7時ちょっと前だけの、一瞬のもう二度とないこの空。

Img_0348

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2006年8月 6日 (日)

イニシュモア――ギネスで乾杯

 

Img_0295_1 先週の金曜日(7月28日)は、恵比寿のイニシュモア というアイリッシュ・パブでAちゃんとビールを飲んだ。彼女は、私よりちょうどひとまわり年下。
 思い返せば、初めてAちゃんと会った時、彼女はまだ19歳だった。
 しょっちゅう会うわけではないけれど、つかず離れずという感じで、かれこれ10年以上のお付き合い。
 数年前、レイヴ・パーティーに付き合ってくれたりしたのがAちゃんだ。
 離婚直後、私のなかでレイヴ・ブームが起きて(笑)、でも同世代の友だちで誘える人がいなかったから、あの時は一緒にパーティへ行けて嬉しかった。その熱もすっかり冷めて、テクノっぽい音はたまに家で聴いたりするくらいで、今はこうしてゆっくり飲んでお喋りする方が好きになったけれど。
 ところで、Aちゃんは19歳の時はモデルクラブに所属しているくらい可愛かったのに、きっぱりやめて手に職をつける道――グラフィックデザイナー――を選んだ(私の個人の名刺は、彼女のデザイン)。
 その後の彼女も私も、なかなかに茨の道――ではあるけれど、こうしてたまに会えると楽しい。それに不思議とあまり年の差も感じない。

 というわけで、乾杯。
 私はギネス、Aちゃんは日本のエールを。グラスにはちゃんとクローバーのマークがついていた。可愛い!
 ギネスは、クリーミィな泡を堪能するには、やはりちゃんとしたパブでないといけない(この泡が旨いっ!)。その点、イニシュモアはとてもいいお店。恵比寿駅から遠いけれど(ほとんど住宅街のなかにある)、わざわざそこまで行く価値あり。Img_0306
  「○○でよろしかったですか?」と言うバイト君もいないし、叫ばないとオーダーを取りに来てくれないようなお店ではないから、安心してゆっくり寛げる。
 私たちが座ったのは地下のカウンター席。カウンターだけどゆったりしていて、とても心地よい。
 料理の素材もいいものを使っていて、例えばスモークサーモンはImg_0303アイルランド産の天然もの。
 ころころっとした形が可愛いマッシュルームのフライは、ギネスにぴったり。
 素朴なアイリッシュブレッドもおいしかった。

Img_0302Img_0305





 
 
 女ふたり、話は尽きず、喋って飲んで食べて、11時半くらいに解散。
 次回は、夏らしく某沖縄料理店へ集合(といってもふたりだが/笑)、ということになっている。

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2006年8月 3日 (木)

結婚できない男――食材ヲタ的視点で見ると

――昨日のさらなる補足――
 信介が茹でていた、あの素麺。
 黒い紙(黒帯?)で束ねてあったけれど、あれはきっと通常のより長く寝かせて熟成させた高級品のはず→揖保の糸素麺 手延そうめん古特級品 
 普通のは、赤帯なのだ。

 それから、その素麺が入っている引き出しに、パスタもちらっと見えたけれど、あれはディチェコ。歯応えがあってソースの絡まりがよく、おいしいブランド。別に高級品ではないけれど、よく選択してあるなあって。
 あれがママースパゲッティだったら、がっかりだもんね。

 と、食材ヲタ的視点からの補足でした。
 人それぞれの興味の持ち方で、気づくところが違うのがおもしろい。

 ところで、こんなHPもあるのご存じ?
 「ちょっと行くのが好きな」金田のHP→建築家 金田裕之
 何気に公式HPにあるんです、こんな仕掛けが。

 ところで、昨夜、せっせと「『結婚できない男』――桑野信介と私の共通点」を書いているうちに、ジョアン・ジルベルトの先行予約の締め切りが過ぎていた……。
 正にブログをUpした昨夜、2日の夜までだったはず……すっかり忘れていたのだ。
 もう大ショック。
 何をやっているんだ、自分。

 だからもう、来週は書かないっ!(……でいられるか?)

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結婚できない男――桑野信介と私の共通点

 今週の『結婚できない男』(第4回目)は、爆笑するシーン満載というより、密かにクツクツと笑いたくなるシーンが多かった。
 というわけで、自制するはずなのに、毎週報告レポートを読みたいというご要望などもあり……笑えるシーンがなかったら書かないぞ!と思うんだけど、絶対何箇所かあるのだよなあ(どーしてくれる、私の睡眠時間!)。

 今回は、桑野信介がクラシック音楽にのって、念入りにかつ軽快にお掃除にいそしむシーンで始まった。
 実は彼、料理も掃除もできるし、いい仕事をするし――これで、性格さえ素直なら結構イケてる男なのかも。
 しかし、その重要な部分がそうカンタンには変わりそうにない気配。

 さて、小うるさくてひねくれ者のウンチク男とこきおろしているけれど、自分との共通点もちょっぴり発見している。
 初回のコンビニでのシーン。
「――で、よろしかったでしょうか?」と言うバイトの女の子の言葉にむっとし、毎回毎回「スプーンはご入り用ですか? ポイントカードはお持ちですか?」の紋切り型の質問にうんざりするところとか。
 ひとりでいそいそとレンタルビデオ(DVD)屋さんに通ってしまうところとか。
 ひとりでもきっちりご飯を支度して、ひとりでもそれなりにご満悦状態で食事を楽しめるところとか。
 そして、まるで自分を見ているようだと思ったのは、今回の生姜のシーン! 
 信介は素麺を食べようとするのだが、生姜が切れていることに気づき、仕事が切羽詰まっているにも関わらず、スーパーに買いに出かける。
 Img_0342で、いったんチューブの生姜を手にするが、すぐに置いて、生の生姜を買う。そして、帰宅後、しゃかしゃかとおろす。おろしながら、「あれ、こんな時間あったんだっけ?」
 というようなシチュエーションに激しく共感!(笑)
 
←1.生の生姜を手にし、ほくそ笑む信介

 忙しい時はコンビニ弁当でもオリジン弁当でも何でもいいじゃないかと思うのだけれど、なんだか妙にこまめに料理してしまい、結局、あとで疲れ果ててしまったりすることが、私にもよくあるのだ。
 ひとりだから、いくらでも手抜きできるのに、誰においしいと言われるわけでもないのに、ちょっと病的になる時がある。

 ところで、このドラマ、こだわっているのは音楽やオーディオだけじゃないのだ(そちらの情報は、CLASSICAさん の日記に詳しく書かれていて、おもしろいです。ショルティとバレンボイムのこととか)。
 私の好きなッチン用具関係、そう、その生姜をすりおろすシーンで、おやっ!と思ったのだ。
Img_0343_1
←2.徹夜仕事を抱えながら、夜のキッチンで生姜をしゃかしゃかとおろす信介

 フツーのおろし器じゃないよ、これ。たぶん、わさびおろし用の通向きの――ていうか料亭で使うような――道具のはず。
 と思い、ネットで調べたら、やはり。鮫皮わさび専用おろし器 というもの。
 Img_0345手元がアップになるシーンがあったけれど、多分、間違いない。鮫皮ですよ、鮫皮!
 クリーミーにおろせるんだとか。ちなみに、私はクロワッサンの店で購入した陶器のおろし器を使用。生姜は、信介と同様、チューブではなく生を使うので、おろすのは一仕事(めんどくさいんだけど、添加物いっぱいのチューブはいやなの!)。
 まったく、ストーリー以外のところでも見るところがいっぱいで忙しい。

←3.こだわりの逸品ですりおろされる生姜

 というわけで、今回は視点を変えて、桑野信介と私の共通点(笑)を探ってみた。まあ、私も「結婚できない女」だしさ(笑/正確には、再婚できない……だけど)。
 独身でいると――それも結構長い間――男女の別なく、自分なりのこだわりというか生活スタイルが生まれてくるものなんだろう。それがまた、他人との共同生活をますます難しくさせる(結婚できなくさせる)面は、確かにあるかも。

 それにしても……自分はあそこまで完璧主義にはなれないし、頑固じゃないよなあと思うのであった。

その他、よかったところ
*「あなたがプロの建築家なら、私もプロの医者です。仕事をさせてください」と言う早坂先生は凛としていて素敵! 夏川結衣は昔から好きだったけど、このドラマもよいですね。かつて「青い鳥」でDV夫から逃げまどい、最後死んでしまう悲壮感のある役なんかもやっていたけど(相手役は、豊川悦司だった!――中年俳優としては、今は、トヨエツより阿部ちゃんの方がイケてるよなあ)。

*「桑野さんをこきおろす会をやりましょうよ」というのはおかしかった。
  私も「○○をこきおろす会」をよくやっています(○○に入る言葉はご想像にお任せします)。

 

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