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2006年4月11日 (火)

英国ワーキングクラス直伝 逆成功のルール

 

Wc_1 英国ワーキングクラス直伝 逆成功のルール (石原由美子著/ダイヤモンド社/2004年)という興味深い本を紹介します。
 
 ちなみに、以前のTea RoomでUpした記事(2005年7月10日付)を少々加筆・修正したものです。

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 イギリスは今でこそ好景気(一部の層で)のようだけれど、少し前までは、繁栄を経験しつつも、没落、不況、失業者の増加、そのうえ移民も多かったし、昔からIRAのテロもあったし、何かと問題山積の国だった。特に、働かない若者はイギリスにも大勢いた。そもそも、ニートという言葉を使い始めたのは、ブレア首相ではなかったか? そんな中で、パンクが出てきたり、不景気でもマンチェスターなどで新しい音楽の流れが出てきたわけだけれど、それはさておき、深刻な問題を抱えつつも、当時、イギリスで自殺率が高かったという話は聞かない。いろいろな映画や本のなかでも、追い詰められて自殺する人というのは、ほとんど出てこない。皆、逞しいというか、ふてぶてしいというか、日本人とのこのメンタリティの違いは何なんだろう?とずっと思ってきた。同じ島国とはいえ、やはり国民性も随分違うし、福祉の充実度も違うのかも知れない、くらいのことしか考えられなかったけど、この本に出会って、そうだったのか!とかなり腑に落ちた感じ。

「純然たる階級社会のイギリスで、ワーキングクラスといわれる労働者階級が、先祖代々伝わる財産を持つ貴族に逆転することは不可能です。そのため、厳しく過酷な境遇のなかに生まれ、自分で未来を切り開くルールが、ワーキングクラスの逆成功」というのがテーマ。著者(日本人女性)はイギリスで生活していたけれど、仕事で詐欺に遭い、すべてを奪われ、病気、離婚、借金とどん底に落ちたらしい。でもパブに集う人々を見て、ワーキングクラスの中でも人生の価値を高めながら、成功して生活を楽しんでいる人たちの存在に気づき、ひとりの「親方」(叩き上げの、人生の達人という意味合い)と知り合い、その秘訣を聞いたそうだ。それがこの逆成功のルールというわけで、アメリカ式のよくありがちな「勝ち組になるためには」的なノウハウ本ではないところがポイント。

 なるほどそうかと思ったのは、凄い階級社会でワーキングクラスの人たちは、初めから社会に甘い期待をしていないから、この世界は不公平なのだという覚悟ができている、ということ。つまり、絶望から始まる、ということ。 

 で、どうせダメもとだから、やりたいようにやるさ、みたいなタフさが身についているとか。その代わり、横のつながりが強くて(パブで知り合ったり、集ったりする仲間が大勢いる)、困ったときは助け合うネットワークが強固にできているそうだ。

「会社員なんて、オーナー社長にでもならなけりゃ、いつかは全員切られるのさ――自分をいかにも組織の中の重要人物だと思い込んでいる人間を時々見かける。でも錯覚だ。いくら優秀でも、みんな年をとるし、そのうち死ぬ。オレたちは全員、消耗品だ」(P48)

「仕事は中毒になりやすい。好きな仕事を選べば面白いし、やっただけ金が儲かるんだから、つい仕事優先になってしまう。でもオレはそれを警戒している―― 仕事だけで終わる人生が嫌なんだ。人間だからいろいろな能力を与えられているはずだ。それを探したい。あるものはできるだけ使いたい。生きているうちにな。まだ発見していないが、砂の中に埋まったダイヤがもっとあるかもしれない」(P64)

「世の中には、人との競争に向かない人間、競争を好まない人間、他人と競争しても必ず負ける人間もたくさんいる。でも一人ひとりの限界に届くまで何かをやり遂げることは大切だ。人を巻き込まなくていい――他人との競争を否定しているのではない。やりたい奴はどんどんやってくれ。でも競争しない人生だって、立派な選択だ。逃げているのとは違うのだから、他人が何を言おうと関係ない」(P100)

「身の上に不幸が起こった時――これは私に課せられた試練である。私はこれを乗り越えることを試されている――そんなふうにドラマチックに受け止めるのはやめとけ。――自分が停止していて、何かが自分に襲いかかってくると思うからますます怖くなるんだ。人生は障害物レースなんだ。自分が能動的に動いていると思え。自分の足でいろいろな状況の中を走り抜けていくように想像してみろ。泥に足を突っ込んだら、ファック!と叫べ。それでも走れ。景色は飛んで流れていく。困難も飛び越えていける。暗いトンネルの中を走ることもある。でも走り抜ければ、また新しい情景に出会える。トンネルは試練ではない。誰かに試されているわけでもない。たまたま暗いところを通過している、その事実だけだ」(P111)

「死ぬ時に何が一番悲しいって、カネ以外に持っていけるものがないってことだよ。カネを作るために生きて、金庫はカネで充満しても、自分自身は空っぽ、ってことだ。喜びを分かち合う友達は一人もなく、趣味もなく、熱中するものもなく、愛するものもなく、自然と戯れることもなく......」(P190)

 などなど、きっぱりしたわかりやすい口調で語られていて、結構元気が出る。この「親方」は大工からいつの間にかBBCの制作の仕事を請け負うようになり、今はまた大工に戻っているそうだが、しゅっちゅう海外旅行を楽しみ、ワイン通でもあるし、イタリア語も得意で、楽器も演奏して、人生を楽しんでいるそうだ。こういう、進歩的なワーキングクラスがイギリスには確かに存在しているらしい。そう言えば、会社で働きながら、夜間の大学に行っている人の話とかよく聞くし、今イギリスで人気の若手シェフ、ジェイミー・オリバーなんかが正にそうかなと思う。

 失敗してもやり直すことが難しい、お金に行き詰まっても社会的なぎりぎりのセイフティネットもなく、自殺に追い込まれる、という日本の話をしたら、「親方」は驚いていたそうだ。あと、日本の「過労死」についてもこんな言葉が。

「大の大人が死ぬまで過酷な仕事の量に気づかないとは変だ。自己コントロールができないのだろうか。そして周囲も何一つ相談を受けなかったのか、聞いた人間は何一つ手助けしなかったのか――会社の奴隷ではないのだし、責任というのなら、大人として自分の自由を守る責任も同じようにある。それが言い出しにくくて、流されてしまったのだ。家族や、守るべき大切なものがある人間は、自分を守ることによって周りのものも守れる。身内だから我慢してもらおう、あるいは周りにも一緒に犠牲になってもらおう、という考え方は間違いだ(P33~34)

 これには、本当に頷いてしまう。よく新聞でも記事になっているが、気の毒だとは思いつつも、なぜ逃げなかったのだ!といつも思ってしまう。だって、そこまでして自分が死んでしまったら、何にもならないし、家族のためにだって全然ならない。

 とはいえ、私も困難に直面すると、これは与えられた試練であり、学びの機会なのだ、と深刻に考えがちなのですが、「そんなふうにドラマチックに受け止めるのはやめとけ」という、その「やめとけ」という一言は、効いた。ポンと肩を叩かれて力が抜けたような感じ。意味を追求しすぎても、答えが出ないことが多いから、運が悪い、世の中しょせん不条理と受けとめて、しょうがないから前へ進もう、という方が健全な時もある、と思えるようになった。  さらにこんな一文も。

「自分に甘く、人にも甘く。それがフェアというものだ。あまりきちんとしすぎると、自分が疲れるだけでなく、周りの人も疲れさせる。お互い、リラックスでいこう」

 これが、日本人にはなかなかできないことかも知れない。皆、「きちんとしすぎて」自分も周りも疲れきっているのではないだろうか。

 若者にも「君たちには無限の可能性がある」だの「好きなことを仕事にしよう」だのと言うのはやめて、「絶望」から始めることを知らせた方がいいのではないだろうか。もうこの国には希望はありません、資源もありません、国際的にも孤立する可能性もあります(政治家が無力なので)、とかね。だからこそ、教育(学歴ではなく)は、これから自由に生きるための手段になります、ということを教えてあげればいいのに。

 また、借金についての話もこんなふうに展開される。

ほとんどの日本人はもっと罪悪感をもってお金を借りてます。借金は恥ずかしいことだから、一日も早く返して、一円でも少ないほうがいいと私も思ってます」(著者の質問)

「この国じゃ、教会の牧師でもそんなことは言わんぞ。カネを一刻も早く返すのがそんなに偉いのか? 借金ができる人間は、それなりの条件をクリアし、資質があるからできたわけで。一種の成功者だ。その点、借金ができない人間は、マイナスをたった1ポイントも作れない臆病者。自分を品行方正であると信じているだけの人間だ」(親方の答え)

「一銭の借金もせずに帳簿をきれいにしておこう、というような子供じみた潔癖主義は、失敗のはじまりだ」(親方の答え・いずれもP175~176)


 今、この国には、本当にお金のために自殺してしまう人が、たくさんいるので、書いてみた。今まで、私も安定した仕事につけないとか、お金がないとか、罪悪感や無力感にさいなまされて鬱になりがちだったけれど、この本を読んでやっと、うずくまっていても仕方ない、とにかく立ち上がるのだ、と思えてくる。 

 この本は今の日本人に必要なことがたくさん詰まっているのに、あまり話題になっていないのが残念。タイトルや装丁が地味だったからか。「イギリス人はなぜ自殺しないのか?」くらいの大げさなサブタイトルを付けてもよかったのじゃないかと思う。

 私自身も、このせちがらい日本の中でも、自分の居場所と生き方をつかんで、もっとタフにのびのびと生きたい……と切に思った。 

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